負けない
顔を洗い用意をしてコートに向かうが、額の熱はまだ引かない。何故赤也は額にキスを……いやいやそのことは今は深く考えないでおこう。
ドリンクやタオルはきのちゃんが既に準備していて、私は少し離れた場所で部員の姿を見守る。しかしレギュラー達の写真やデータが何故私のロッカーの中に入っていたのだろうか。どちらも全く覚えがないが、皆に疑われている以上早く誤解を解きたい。それに……柳とも仲直りしたい。謝りたい。
不意にきのちゃんを見るといつもの様に部員に囲まれていた。あの子は私の靴箱を綺麗に掃除してくれた。チーちゃんは疑っていたけれど、私はきのちゃんを悪い子だとは思わない。
私は特にする事もなく、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
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部活が終わり、ぞろぞろと部員が帰っていく。私は制服に着替え自分のロッカーの中を見る。ロッカーに鍵は付いていないが、部室に入るには鍵が必要だ。テニス部に気付かれずに私のロッカーに写真やノートを入れるのは難しい。
『そう部室の鍵が必要で……。あれ』
ーー部室の鍵、どこにあるんだっけ。
制服やジャージのポケットを確認するが、何も入っていない。昨日は部活の途中で帰ったので、部室の鍵を閉めたのは私ではない。じゃあ一体私はいつから鍵を無くしていたのだろう。確か部室の鍵を閉めたのはきのちゃんと帰ったあの日。
部室の鍵は一部の人しか持っていない。幸村君が私を信用してくれた物なのに、無くすなんて……。早く見つけないと。
部室にはまだレギュラーが数名残っている。「お疲れ様です」と言いながらそそくさと部室を出た。学校から家までの道に落としたのか、それとも家の何処かにあるのか。私は道に鍵が落ちてないか懸命に探した。
結局昨日はずっと鍵を探していたが、見つけることはできなかった。今は体育の時間で誰かとペアを組まなければならないのだが、チーちゃんと喧嘩中で組む相手がいない。一人でいる他の子に思い切って声をかけペアを組むことになったが、改めて自分には友達がいないことを実感した。
体育が終わり教室に戻ると、テニス部のジャージの入った鞄が無くなっていた。
『っ、まさか……』
私は教室を飛び出しゴミ集積所へ走った。そこには私の鞄とボロボロになった立海ジャージ。ジャージはカッターか何かで破られ、もう修復することは不可能だ。
体の力が抜け地面に膝と手をつく。溢れ出す涙を止めることはできなかった。
誰が、どうしてこんなことを……。皆にどう説明すればいいのだろうか。部室の鍵は無くし、ジャージはボロボロ。私、立海のマネージャーをやめた方がいいのかもしれない。
いや寧ろここから居なくなった方がいいのかも……
「ひなた!!」
『っ!?』
ブン太が此方に向かって走ってくる。いつもなら逃げ出すが、体に力が入らない。下を向いていると両肩を掴まれた。
「お、おい。どうしたんだよ。教室からひなたが見えて走って……って泣いてんの?」
首を横に振るとブン太は私の両頬に手をあて、私の顔を上にあげた。ブン太は真剣で心配そうな顔。
「泣いてんじゃん」
『……泣いて、ない……で、す』
「ひなた、最近変だぜぃ。何かあったんだろぃ」
『……』
また首を横に振るとブン太は溜息を吐き、私の頬に添えていた手を離した。
ーーあぁ、またこうやって私から人が離れていく。
「これさ、どうしたんだよ」
ブン太を見ると手にはボロボロになった私の鞄とテニス部のジャージ。
「強がってないでさ、言えよ。ちゃんと言わなきゃ分かんねぇだろぃ」
迷惑だって分かってる。でもこの世界のたった一つの居場所がなくなるのは嫌。皆が離れていくのは嫌だ。
私は息を少し整えて手にぐっと力を入れ、口を開いた。
『……体育から教室に帰ってきたら、無くって……。探しにきたら、こんな』
「誰かがやったって事だな」
コクリと頷くとブン太の優しい手が、私の頭の上にポンと置かれた。この感じ久しぶりだ。前は柳がよくやってくれていた。
「じゃあ犯人、探すか。やっぱ探すってなると柳を頼った方が早く見つけれるかもな」
『……あ、の、他の人には……言わないで、ほしいです』
柳とは喧嘩中だし、部室の鍵を無くしている今、幸村くんも話しかけずらい。そして他のみんなも……。それに犯人は自分で見つけたい。
「でもよぉ」
『お願いします……』
「……分かった」
納得のいかない表情をしていたブン太だが、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。上を向くといつもは見せない大人っぽい顔。不覚にもときめいてしまった。
誰がこんな事をしたのかは分からないが、必ず見つけてやる。私はまだこの世界にいたい。皆とまた仲良くなりたい。
負けない
(年上をなめないで)
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