うらやましい
ハンガーにかけていたブレザーに袖を通すと、インターホンの音が耳に届いた。髪を整え玄関のドアを開けると、きっちりと制服を着た幸村君が立っていた。
『おはようございます』
「おはよう」
『えっと……』
「もう用意出来てる?一緒に学校行こうか」
『は、はい』
今日は朝からテニス部は練習がある為、マネージャーの私も朝練に参加しなくてはならない。荷物を持って家を出ると幸村君が微笑んだ。ジャージではなく制服を着てくるあたりこの人は真面目だなと思う。
「休日はゆっくりできた?」
『はい。……あ、土曜日は近くの商店街で四天宝寺の人達に会いました』
「へぇ、神奈川に来てたんだ」
こんな普通の会話をしながら私達は学校へ向かっていた。以前は普通の会話すら出来ていなかったな、と自分が少し変わったのを感じた。学校に着き部室に入ると既に中には真田ときのちゃんがいた。
「早いね二人とも」
「あぁ、幸村に咲本。おはよう」
「おはようございます」
「おはよう。何してるんだい?」
「水無月にテニスのルールを教えていてな」
「へぇ。熱心だね」
凄いなぁ……きのちゃん。こんな早くに部活に来てテニスのルールを勉強してるなんて。
「真田先輩教えて下さってありがとうございました」
「いや、大丈夫だ」
「ひなたちゃん。マネージャーの仕事教えてもらってもいいかな?」
『う、うん』
そして私はきのちゃんにマネージャーのする事を教えた。勉強は苦手だと思っていたのだが記憶力は良いらしい。私が言ったことは直ぐに覚えていった。
部活の始まる十分前、ジャージに着替え、ネットやボールの準備を終えると次々と部員がコートにやって来た。
「おはようございます。お二人とも準備ありがとうございます」
「おはようさん」
「いえ。おはようございます」
『お、おはようございます』
「仲良うやっとるん?」
『はい』
「ひなたちゃんには迷惑かけっぱなしですけど、仲良くしてるよね!」
『め、迷惑だなんてそんな……。その仲良くさせてもらってます』
「私達仲良いもんねー」と笑うきのちゃんにつられて頬を緩めると仁王と柳生も笑顔を見せた。すると少し離れたところで大きな欠伸が聞こえた。
「おい赤也、練習中に寝るなよ」
「大丈夫っスよ。……ふぁーあ」
「まーた欠伸してるぜぃ、ジャッカル」
「あぁ、今にも寝そうだな。……咲本、冷たいタオルあるか?」
『へっ、取ってきます』
「ここにタオルあるし私水で冷やしてくるよ」
『あ、ありがとう』
「悪いな水無月」
「いえ」
タオルを片手に小走りで水道へ向かうきのちゃん。私もきのちゃんみたいに頭の回転も行動も早ければなぁ……。
その後も審判はきのちゃんがしていたしドリンク作りもいつの間にかやっていて、部員に笑顔でタオルを渡していく。そんな光景を見て私は自分の手際の悪さに溜息を吐いた。私より彼女の方がマネージャーに向いている、なんて考えているとあっという間に朝練は終わっていた。
『何も、出来なかった……』
今日は溜息を吐いてばかりだ。放課後の練習はしっかり働かなければ。
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「水無月さんそれ取ってー」
「はい」
「ごめん水無月さーん」
「はい」
「水無月審判お願い」
「はい」
『…………』
放課後の部活では、部員の皆はさっきからきのちゃんを呼んでばかり。いいもんいいもん。どうせ頭の回転が速い美人さんにはかなわないもん。
ーーーーポン。
誰かの手が私の頭に置かれた。この優しい手はお母さん。何故か目尻が熱くなった。
「フッ、拗ねて泣いているのか」
『なっ!違います』
「ほう。じゃあこれは何だ」
『っ、』
頬を伝う雫を手で拭われる。泣いてない。こんな事で私は泣かない。
『ちが、違います……泣いてないっ』
「精市。咲本は具合が悪いようだ。部室で休ませてくる」
「大丈夫かい?柳、よろしく頼むよ」
柳に手を引っ張られ部室へと向かう。幸村君を見ると眉を下げていたので申し訳ない気持ちになった。
部室に入ると椅子に座らされタオルを差し出された。タオルを受け取り目をゴシゴシと拭く。目を開けると私の少し前に柳が座っていて驚いた。
「話してみろ」
話すって何を話せば良いのだろう。先週入ってきたきのちゃんの方が部員に頼られているから?きのちゃんより何もかも優れてないから拗ねていた?
ーーそんなの私の勝手な嫉妬だ。言えない。言いたくない。
『何でも……ないです』
「何でもないという顔ではないな。まぁお前の事なら大抵想像がつく。先週入部したばかりの水無月の方が部員に頼られているから嫉妬していたのだろう」
『っ!』
「だが『違います!!』……咲本っ!」
勢いよく立ち上がり部室を飛び出す。図星を指されたからって逃げるなんて格好悪い。まるで子供じゃないか。
私は何も考えずに走り、部室から……彼等から離れた。
うらやましい
(その性格が)
(容姿が)
(才能が)
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