テニスって楽しい
昨日の柳との話は我ながら上手く誤魔化せたと思う。ピンチになる時、咄嗟に嘘をつける自分に感謝だ。
昨夜は幸村君からメールがきて、今日テニスを教えてもらえるということらしい。なので前に忍足と一緒に買ったテニスラケットを持ってきた。
そして皆に貰った立海のユニフォームを着ている。嬉しい気持ちと少しコスプレしているみたいで恥ずかしい気持ちで、思わず口元が緩む。
部室のドアをノックしドアノブを回そうとした瞬間、ガチャリと開いたドアに避けきれずドアに顔面をぶつけた。「いてっ!」と声を上げると、柳生と仁王が驚いた顔で部室から出てきた。
「申し訳ありません、咲本さん。大丈夫ですか?」
「ほれ、痛いの痛いのとんでけ〜」
『うぅ……痛い』
自然と出てきた涙を拭いて立ち上がると、私のラケットケースを見る二人の視線に気付いた。
「それは……「こんにちは咲本さん」」
部室の中からひょこりと顔を出したのは、幸村君だった。開いたドアから部室の中を覗くと、レギュラーは全員揃っていて私が最後だったようだ。
部室の中に入り荷物を置くと、「あれ?」という疑問の声が聞こえた。
「咲本さんテニス経験者だっけ?」
「咲本は初心者だったが、以前他校のテニス部とストテニで打っている」
「へぇ。ラケットはどうしたんだい?」
『ラケットが欲しくなったので……買いました』
改めて思うと私金遣い荒いなぁ。少しの間反省していると、ジャッカルが質問してきた。
「まじか。一人で買ったのか?」
『あ、いや……氷帝の忍足先輩と』
「そこは俺を誘えよ!」
「俺たち、だろぃ?」
赤也とブン太がもめてどうしようかと悩んでいたら、いつの間にかコートにいた真田が「早くせんかー!」と叫んでいたので、急いでコートに向かった。
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「咲本、フォームが乱れてきているぞ。腕も5センチ下がっている」
「ボールをしっかり見て打たないと」
「目を瞑るなどたるんどるぞ」
『は、はいー……』
テニスを教えてもらって早三十分、三強がスパルタ過ぎて私の心は折れそうです。他のメンバーも哀れみの目でこっちを見てるし。
「次はレシーブの練習だ。俺がサーブを打つ」
『えっ!えぇ……』
真田のサーブを受けろと!?むむむ無理だよ無理!何てことさせるんだ。
答える暇もなく、真田は向かい側のコートへ行きサーブを打つ。手加減をしてくれているのか、いつものサーブよりスピードが遅い。しっかりボールを見て打ち返そうとするが、ボールが重過ぎて真っ直ぐ飛んでいかず、斜め後ろに飛んでいってしまった。
そういえば私の斜め後ろにいたのは確か…………
「咲本さーん?」
『ははははっ、はい!』
黒いオーラを放つ魔王様。幸いボールは当たらなかったみたいだが、幸村君の顔の横を凄いスピードで通ったようだ。
『わわ、わざとじゃなななないんです!!すすす、すいませんでした!』
幸村君から逃げようと走り出せば、ブン太に後ろから襟首を掴まれ身動きがとれなくなった。
「まぁまぁ、逃げんなって。ひなたは何かやりたい事ねぇの?」
『やりたい事……あ!』
「言ってみろぃ」
『皆さんの技を、目の前で見たいです……!』
「天才的妙技見せてやるぜぃ。いいよな!幸村君」
「ハァー、全く。いいよ、皆順番に咲本さんとラリーして」
溜息を吐きながらも、幸村君は口元を緩め皆に指示を出してくれた。にやけるのを抑えながら、コートに立ち皆の技を受けた。
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『ふー。ありがとうございました』
ラリーに夢中になっていると、あっという間に時間が過ぎており、すっかり日が暮れていた。
「あんなにテンションの高い咲本さん、初めて見たよ」
「フッ、データに加えておこう」
「丸井先輩!綱渡りもう一回!!もう一回!!……プリ」
「さっきのひなた、クリソツだぜぃ!」
「じゃろ」
『えっ、私……そんなでした?』
「あぁ、すごかったな。面白かったぜ」
『おもしろ……えっ?じ、ジャッカル先輩……』
私は皆の技が目の前で見れるのが嬉しくて嬉しくて、自分がどんな反応をしていたかなんて全然覚えていない。
夕日に照らされた道を皆で笑いながら歩く。こんな夢のような日々がずっと続けばいいのに、と願っていた。
いや、いつまでもこんな時間が続くと信じていた。
「咲本ひなた……絶望を見せてあげる」
「咲本。何か言ったか?」
『えっ?私は何も』
これから起こる悲惨な日々を私は想像していなかった。
笑い合う彼らの後ろ姿を見つめ、一人の女は口角を上げた。
テニスって楽しい
(嫌な予感が当たる確率85.8%……)
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