まだ
「何で逃げんのー?」
「アーン?お前が追いかけてくるからだろうが!」
「じゃあ俺が止まったら二人とも止まるー?」
「それは無理やわっ!」
「Aー!?」
何故か突然始まった追いかけっこ。私の体力はそろそろ限界のようです。
ジローとブン太の後を追いかけるも、二人との距離は離れていくばかり。
『むぐっ!?』
いきなり後ろから口を塞がれ、建物と建物の間の道に強引に連れ込まれた。暗くてよく見えないが、周りには複数人がいるみたいだ。
……どうしよう。ブン太達は私に気付かず行ってしまったし、口を塞がれて身動きがとれない状態。これは自分で何とかするしかないか。
そう思い私の後ろにいる人の鳩尾を肘で狙おうとした瞬間、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「咲本」
『えっ……柳先輩である確率、96%?』
「否、100%だ」
『えぇ!?』
私の口を押さえていた手が離れ、すぐさま後ろを向く。後ろには本当に柳がいた。一気に緊張が解け周りを見渡すと、柳の他に幸村君や赤也、仁王と柳生がいた。
『えっ、えっ?……なんで?』
「ふふっ、実は俺達咲本さんを尾行してたんだよね」
『びっ……こ、う?』
皆の顔を見渡すとにっこりとした笑顔で頷かれた。そういえば柳生も赤也もさっき会って話したよね。いつから尾行してたんだろう。
「もっと邪魔してあげる予定だったけど、変更だね。ブン太を騙してあげようか」
「プリ」
……ん?もっと邪魔する予定だった?という事は今まででもう何かしていたってこと?
「邪魔されてたっけ」と一人で首を傾げていると、ニヤニヤした顔の仁王が近付いきた。
「ケーキ屋で老人おったじゃろ?」
老人……?あ、ケーキ選んでる時にぶつかってきた……。
こくりと頷くと仁王は自分を指差し、「あれは俺じゃ」と話した。驚いたがとりあえず仁王にはお礼を言わないとなぁ。
『その時はありがとうございました』
「おっ?邪魔したのにか?」
『えっと、丸井先輩との距離が……近くて。困っていたと言うか……』
「ほう」
そう言うと仁王は自分の顎に手を添えてニヤニヤと笑みを浮かべた。その行動が何故かからかわれているように思えたので、透かさず柳のところへ逃げた。
「あ、ほら。焦ってるよ」
少し離れたところにいるブン太は私がいないのに気付いたのか、キョロキョロと辺りを見渡している。そしてジローに声をかけ、跡部と忍足も一緒に騒ぎ出した。
「このままどこかに遊びに行くかのぅ」
『え、えぇー……』
「それもいいけど、あっちをからかう方が面白そうだ」
焦った顔のブン太達の方へ歩いて行った幸村君は皆に何を吹き込んだのか、その後は大変だった。
跡部はヘリコプターを呼ぶし、ブン太とジローは何処かへ走り去って行くし……。幸村君は悪戯が過ぎる。
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「ふふ、楽しかったね」
「……大変だったっス」
辺りが暗くなり、皆で会話しながら通学路を歩く。
「咲本、話がある。少し時間はあるか?」
『えっ?大丈夫です』
「皆、すまないな。先に帰っていてくれ」
「分かった」
「了解っス」
皆が去って行ったのを確認すると、柳は私と向き合う体制になった。この時私は嫌な予感がした。そしてその嫌な予感は的中した。
「前に聞きたい事があると言ったな」
『……は、い』
ーーーードクン
「お前は……」
ーーーードクン
「一体何処から来た」
『わっ……わ、私は、』
駄目だ声が震える。
「本当の親は何処にいる」
『……え、とっ』
ーーーードクン。ドクン
「お前は突然立海にやって来た。しかも幸村の家の正面にだ。神奈川に来る前は何処にいた?」
『え、と……東京、に』
「本当に両親はいないのか?」
『……い、いないです』
「この世界に、か?別の場所にはいるんじゃないのか」
『……そ、れ……は』
ーーーードクン。ドクン。ドクン
「……すまない」
柳の手が私の頬に触れた。
「泣かせるつもりはなかったんだ」
私、泣いてるの?普通に質問に答えればいいのに。このままじゃ怪しまれる。早く誤魔化さないと。
ーーそれとも私が異世界から来た人間だと言ってしまおうか。
『っ!?』
……あれ?今夕方だよね。柳のはあるけど私のはない。影が……ない。
ーーもしかして異世界からトリップしてきたことが誰かにバレれば、私はこの世界とさよならしなければならないのかな。……それは嫌だ。
涙を拭いて柳を真剣に見る。そしてゆっくりと息を吐き口を開く。
『すいません、取り乱してしまって。……その、ここに来る前は東京で暮らしていたんです。でも去年、交通事故で両親は二人とも亡くなりました』
「……」
『母方の祖父母は既に亡くなっていて、私を引き取ることが出来るのは神奈川に住む父方の祖父母しかいませんでした。父方の祖父母とは上手くいかず、お金を毎月送ってもらう代わりに別々に住むことになったんです』
「そうか。変に勘繰ってしまったな」
『いえ。自分で言うのも何ですけど、こんな年で一人暮らしって普通は変ですから』
「……。フッ、帰るか」
『はい』
歩き出した柳の後ろを歩く。恐る恐る後ろを振り向き、自分の影があるのを確かめるとさっき消えていた影はちゃんとあって、ホッと息を吐いた。
まだ
(ここにいたい)
(帰りたくない)
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