口を滑らせる
「これからここにいる全員で打ち上げパーティをする」
マイク越しに跡部が喋ると地面が揺れ、会場は空を飛んだ。
そして会場にいる皆で跡部の家に行き、豪華なパーティが開催されたのだ。
……というのが一昨日までの話。私は大事な事をすっかり忘れていたのだ。次の日が学校だということにーーーー
『はぁー、もう無理……筋肉痛が』
「ひなたちゃん、大丈夫?」
『うぅ……チーちゃん』
机にうつ伏せになっている私の背中をチーちゃんはポンポンと軽く叩く。
一昨日は大変だった。ショッキングカップルに出て喫茶店もやって、最後はレギュラー皆とキャンプファイヤーで踊って。おかげで今日すごく筋肉痛に苦しんでいます。それに跡部の家に行ってパーティして、終わりかと思えばそのまま泊まりになるし。
「まぁまぁ。もう今日の授業は終わったわけだしさ!」
『ぶ、部活が……』
「そういえばテニス部のマネージャーだったね。頑張れ頑張れ」
『うん』
チーちゃんと別れ立海ジャージに着替えて部室に向かう。
部室のドアを開けると、レギュラー皆が揃っていた。しかし何やらもめている様子。
「えー、バスケで俺達優勝したのに何もないんスかー!?ご褒美とか!」
「残念だがリレーで優勝しないと賞品は渡されない」
『……あの、こんにちは』
「やっほー、ひなた。さっきから赤也あんな感じなんだぜぃ」
「早くどうにかしないと真田の雷が落ちるぞ」
「そうだなぁ。じゃあ咲本さんからのご褒美っていうのはどうだい?」
ニコリと笑う幸村君と目が合ったと思えば、難題を押し付けてくる。「えっ」と声を上げれば赤也が期待の目を向けて此方を見る。
これは何かしないといけない流れになってる気がする。
「ご褒美って何してくれんの!ひなた!」
『えっ、えー……。私に出来ることなら?』
「じゃあ手料理っ!」
『それならまぁ……「手料理ならいつでも食べれるし、他」』
「部長!いつでも食べれるってどういうことっスか!?」
「咲本さんがこの間作りたいですって俺の家に来たんだよ。ねー、咲本さん」
『ん?えーと、はい』
ちょっと違うけど、あの黒い物体を退治してもらう代わりに私が晩御飯を作ると言ったのは間違いないし、コクリと頷くと赤也は目を見開いた。
「ずりぃ!」
「近所の特権ってやつぜよ」
「じゃあ…………頬にキス、なんてどうだい?」
「「「「!?」」」」
『っ!?……い、いやいや!むむむむ無理です!』
「そうだぜぃ!それにご褒美はバスケに出場してた三人だけだろぃ」
「接吻などたるんどる!」
「弦一郎焦り過ぎだ」
「俺は別に気にせんナリ」
「と言って真田君に変装しようとしているのはどこのどなたですか」
「ピヨ」
「無理なら無理とはっきり言った方が良いぞ」
柳に耳打ちされ頷き、幸村君に無理だと伝えた。幸村君は少し考える仕草をして、何か思いついたのか口を開いた。
「じゃあ咲本さんからハグ」
『えぇ!?む、無理です』
「ダメだよ。無理は一回まで」
『えっ』
「じゃあ交換条件にしよう。それで文句ないだろう?」
文句大有りですよ!でも交換条件かぁ……。ハグは恥ずかしいけど交換条件なら……っていやいややっぱり恥ずかしい。
あ、でも……
「決まったかい?」
『あの、テニス……教えてほしいです』
「ふふ、それでいいのかい?」
何回か首を縦に振ると幸村君はまた笑った。他の皆は驚いた顔をしたかと思えばすぐに笑顔になった。
「テニスならいつでも教えてさしあげるのに」
「プリ」
「じゃあ交渉成立だね」
「なっ!皆は何も思わねぇのかよ!」
ブン太が焦った顔で柳や仁王を見る。
「嫉妬かのぅ?」
「丸井が嫉妬している確率75.8%だな」
「ちっ、ちげぇよ!」
「別に俺と参謀は嫉妬しないぜよ。前に抱き締めてもらったからのぅ」
「んだよそれ!初耳だぜぃ」
「じゃあ咲本さん。ご褒美をくれるかい?」
もめている三人を無視し、幸村君が私の前で両手を広げる。
『……っ』
は、恥ずかしい。さっきから心臓がうるさい。どうしよう。…………あ、良い事思い付いたかもしれない。
幸村君を女の子と思えばいいんだ。ちょっと背が高いだけどふわふわな髪に可愛くて綺麗な笑顔。もう私の目に映るビジョンでは綺麗なお姉さんだ。
ぎゅっと抱き締めると周りから驚く声が聞こえたが、私は綺麗なお姉さんに抱きついている。
数秒間抱き締め幸村君から離れると、きょとんとした幸村君の顔があった。
「あれ?慣れてるの?」
『いえ、先輩を綺麗なお姉さんだと思って…………あ、いや何でもないです』
「……咲本さん?」
『は、はい!!』
幸村君から真っ黒なオーラが見える。つい口を滑らせてしまった数秒前の自分が腹立たしい。
「俺、男だからね?」
『はい!分かってます!』
ため息を付きながらやれやれといった表情をする幸村君。でも一人クリアしたぞ。頑張った私。
「じゃあ次は真田だね」
「いや俺はいいぞ!」
「えいっ!」
『わっ!?』
悪戯な顔をした幸村君が私の背中を押して真田に勢い良く抱きついてしまう形になった。
「咲本っ!」
『わわわ!すいません!!』
「い、いや大丈夫か?」
『は、はい』
いきなり抱きついたのにも関わらず、真田はしっかりと私の体を支えてくれた。そして焦りながら
二人同時にバッと離れた。
「ひなた!俺も俺も」
赤也に腕を引かれ、キラキラした目で私を見る。だからこのキラキラ目には弱いんだって……。
と俯いていると、痺れを切らしたのか赤也から抱きついてきた。
『わわっ!』
赤也の頭が私の肩に乗っかるように抱き締められ、ふわふわな髪が頬に当たりくすぐったい。
『ふっ、ふふ』
「なに笑ってんだよ」
『犬みたいで可愛いな……って。あ、』
あああ!また口を滑らせてしまった。赤也は口を尖らせて拗ねてしまった。
こうやって皆と騒いで、時にはドキドキして……こんな日々が大好きだな、と改めて思った一日だった。
口を滑らせる
(部活が始まってもブン太は)
(ブーブーと、とてもうるさかった)
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