優しさ
「うさぎさん、立海生だったんですね」
『あ、はい』
制服に着替えた後、桃城と海堂の二人と別れ鳳と廊下を歩く。
すると此方を見て立ってる二人が目に入り、誰か分かった瞬間駆け出した。
『柳先輩!』
「宍戸さん!」
私は柳に、鳳は宍戸の前までダッシュ。
「お前ら子供かよ!……って、長太郎。誰だよそのうさぎ。大体予想はつくけど」
「はい!さっき知り合ったばかりのうさぎさんです」
「は?」
鳳は私だと気付いてなかったんだ。宍戸は気付いたっぽいけど。
「咲本、そのうさぎは何だ」
柳はうさぎの被り物を私の頭から取り、じっと私の顔を見る。
『さっきの喫茶店の服が恥ずかしくて、目立ちたくなかったので倉庫からうさぎの被り物を』
そう説明すると呆れたように柳はハァと溜息をついた。
「これを被っている方が余計目立つのが分からなかったのか?」
『えっ、そうなんですか?』
「馬鹿だなお前」
横にいる宍戸にもつっこまれてしまった。うさぎの方が目立つのか。でも顔を見られないからか恥ずかしくはなかった。
「えぇぇぇ!咲本さんだったんですか」
『は、はい』
「俺、全然気付かなかった」
しゅんと落ち込んだ鳳の頭には犬の耳らしきものが垂れているのが見えた……気がした。
「馬鹿なことを考えてないで行くぞ」
何故ばれた。柳には私の脳内を見透かす力があるようだ。
「あ!俺もバスケの試合があるんでした」
「そうだぜ。忘れてると思って呼びに来たんだよ」
「では失礼します。咲本さん、俺と回ってくれてありがとう」
『いっ、いえ』
「じゃあな」
そして鳳はうさぎの被り物を気に入ったのか、被り物を抱き締めながら宍戸と共に去って行った。
『あ、何処に行くんですか?』
「ドームだ。もうすぐバスケの決勝戦で精市達が試合をする」
『おぉ、決勝戦。……あれ?てことは鳳先輩は幸村先輩達と?』
「そうだ。決勝戦は立海対氷帝だ」
ドームの方へ足を進めながら柳の後ろを歩く。身長に差がある分、歩幅が違うが柳との距離は長くならない。きっと計算してるんだろうなぁ。
「文化祭楽しんでいるか?」
柳が私の横に来て此方を見て聞いてくる。
『はい。色々ありましたけど楽しんでます』
「フッ、バスケの決勝戦の後は他校のテニス部同士がスポーツ競技で競う」
『先輩は何するんですか?』
「一番始めのリレーだ」
『リレー……。頑張って下さい!応援してます』
「あぁ」
そう言って柳は微笑み、私の頭を撫でた。
『? ……どうしたんですか?』
「いや、普通に話すようになったなと思ってな」
『えっ。まぁ、そりゃあ慣れましたもん。特に柳先輩はこっちのお母さんですし』
「こっちの?」
『あっ、えっと……いやぁ、私両親いないから、です』
「……そうか」
危ない危ない。一瞬怪しまれたよね。こっちの世界のお母さんみたいな存在って言う意味だったんだけど、全部言わないで良かった。ていうか気を抜きすぎて口が滑ってしまった。気をつけないと。
『うわ〜!』
「五分二十秒後、決勝戦が始まる。席に行くぞ」
『はい』
ドームの中は思ったより大きくて思わず声を上げてしまった。下の方に降りて行くと観客席の一番前でジャッカルの頭が光っていたので、多分あそこに行くのだろう。
「連れてきたぞ」
「おっ、柳! もうすぐ始まるぜぃ」
空いた席に座ると隣にいる仁王からの視線を感じた。
『?』
「何処行っとったん?」
『喫茶店終わって、私誰とも回る約束してないなと思って……』
「携帯があるじゃろ」
『その、皆さん楽しんでいるかなーって』
「そんなん気にせんでえぇ。迷惑とか思わんぜよ」
ぷいっとそっぽを向く仁王が可愛く見えて頬が緩んでしまった。
『そうですか。じゃあ今度は連絡します』
「おん」
そういえば私、仁王に言わないといけないことがあったような……あ。
『あの、仁王先輩』
「なんじゃ?」
『前に……私が屋上で寝てる時にブレザーかけて下さって、ありがとうございました』
「おん」
『それと、すいませんでした』
「屋上から投げたことかのぅ?全部知っとるけぇ、謝らんでいいぜよ」
仁王のお姉さんが仁王に全部伝えてくれたのかな。
『ありがとうございます』
「それと」
一拍置いて仁王はまた口を開いた。
「参謀ばっかり頼らんと、俺にも頼りんしゃい」
『! ……はい』
仁王は素っ気なくそう口にしたが、優しさが見えて嬉しかった。
何だろう。すごく胸が温かい。嬉しくて泣きそうになったが、ぐっと耐える。
「決勝戦は立海から幸村、真田、切原。対して氷帝から向日、鳳、樺地!!」
ドーム中にマイク越しの審判の声が響く。
「おーい! 応援してるぜぃ!」
「頑張れよー」
ブン太とジャッカルが三人の注意を引き付ける。不意に幸村君と目が合い、何か言っている様に見える。
ーーか つ ね。
その三文字の後のふわりとした微笑み。
『頑張って下さい!!』
席を立ち大きな声で応援する。はじめは皆驚いていたが、幸村君や真田、赤也は拳を此方に向けてくれた。観客席にいる皆もいつの間にか席から立ち上がっていて一緒に応援した。
優しさ
(……咲本、)
(さっきのはどういう意味だったんだ)
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