私を苦しめる
ここ最近周りがおかしい。そしてやたら付きまとってくる男子がいる。
「ねぇねぇひなたちゃん。聞いてるー?」
休み時間私の前の席に座り、煩く話しかけてくる男子生徒である。テニス部でもなく全く知らない男子で、レギュラーの皆から立海ジャージを貰った次の日から、ずっと付きまとわれている。
チーちゃんによると、この人は江崎という名前で三年生らしく、テニス部程ではないがモテる人らしい。確かに顔は整っているし髪は明るくてモテそうだ。
「ひなたちゃん、俺の顔見てどうしたの?好きになった?」
……イラっ。これならまだ千石の方がマシだな、なんて思えてくる。あの人周りをちゃんと見てるし。
ジロジロと顔を見られても良い気分ではないので、「失礼します」といって席を立ち廊下に出る。が、しかし奴は笑顔で付いてくる。
「ひなたちゃーん」
『な、何ですか』
「あ、やっとこっち向いた。ってどこ行くのさ」
ガシッ、と肩を掴まれ動けなくなった私は立ち止まる。そして江崎が私の顔を覗き込んだ。
「ひなたちゃん……好きだよ」
『っ!!』
そんな言葉を普段から聞き慣れていないため、不覚にもときめいてしまった。
「ひなたは俺の事好き?」
『えっ、……と、その……私、だん、しが苦手、で』
私がそう言うと江崎はニコリと微笑み「そんなところも可愛いね」と耳元で囁いて私を抱き締めた。
ーーーーーーゾワッ。
『や、めっ!!』
ーーーー怖い、怖い、怖い。
ーーーー男子が、男が、異性が。
江崎の胸を押し、私は逃げるようにして廊下を走った。何でだろう、何で男子に触れることがこんなに怖いんだろう。トリップしてきて男子には前より少し慣れたと思っていたが、やはり苦手なことは治せないのだろうか。
呼吸が乱れ苦しくなり、屋上へ向かう。しかし、下を向いて走っていた私は勢いよく誰かとぶつかってしまった。
「咲本?」
『や、なぎ先輩……』
尻餅をついた私に手を差し伸べてくれるが、先程の感覚を思い出してしまい柳の手を無視し自分の足で立ち上がる。
「……何かあったのか?」
『な、何でも……ないです。すいません』
再び屋上へと向かうため柳の横を通り過ぎようとするが、柳に腕を掴まれる。
「三十五秒後にチャイムが鳴る。今教室に戻らないと遅刻するぞ」
『……っ、はい』
「私に触らないで」そう心で伝え、掴まれた腕を振りほどき、また走る。
この時、柳がどんな顔をしていたかなんて私は知らない。
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チャイムの音と同時に屋上のドアを開けると、誰一人いなかった。
そして幸村君の育てている沢山の花の前に腰を下ろし溜息を吐く。
『何であんなに怖かったんだろう……』
涙がポタリと花の上に落ちる。恐怖なのか自分の情けなさなのか、感情が入り混じって目から涙が溢れ出す。
柳や仁王に自分から抱き付いた時は、緊張はしたがそんなに怖くはなかった。しかし先程の江崎という男。あの人に出会ったのは二日前。まだ慣れていない人に抱き締められたり告白されたりするなんて私には恐怖でしかない。思い出すと怖くて鳥肌が立つ。
『はっ、……授業さぼっちゃった。一時間ゆっくりしよ』
端の何もなく広い場所に移動し寝転がる。すると急に瞼が重くなり私はいつの間にか意識を飛ばしていた。
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誰かに名前を呼ばれ目を開けると、私は自分の不幸に苛立ちを感じる。
「おはよ、ひなたちゃん」
江崎がニコリと微笑むと一気に目が覚め、今の状況を確認した。
私はこの人に膝枕されている。
『ひっ!』
私は上体を素早く起こし距離をとった。その時私の体にかけてあったと思われるブレザーが私と江崎との間に落ちる。江崎はブレザーを着ているからこの人のではない。そして私もブレザーを着ている。ということは他の誰かのブレザーである。
「誰のブレザーだろうね、コレ。まぁいっかそんなことは」
そして江崎は立ち上がり誰かのブレザーを手に取りグラウンドに投げ捨てた。
『えっ、』
どうしてそんな事するの。ブレザーを取りに行こうと屋上のドアに向かおうとするが、江崎に腕を引っ張られ腕の中に収まる。
「好きなんだよ、ひなたちゃんの事が。俺、ずっと前から見てたんだ君の事。他の誰かのものになるなんて嫌だ」
こわい……いや、だ。そんな甘い言葉を囁かれても私には怖いだけ。私を抱き締めないで私に触れないで近寄らないで。
『も、いや!怖い!!』
江崎の胸を強く押しその場から逃げる。そして急いでグラウンドに向かう。今の私は相当酷い顔になっているだろう。
外に出るといつの間にか放課後になっていて帰宅する生徒がちらほらいる。
ブレザーが落ちたと思われる場所に着くと、少し離れた所で落ちたブレザーをちょうど拾っている人がいた。近づくとその人は仁王だと分かった。
ーーーー男子、怖い。
私は足が動かなくなり、まるで金縛りにあったかのように体全体が動かなくなった。
そして仁王はブレザーを羽織り腕を通した。という事は、寝ている私にブレザーをかけてくれた人物は仁王だったようだ。
お礼、言わないと。
『っ、に……』
しかしまだ私の体は動かない。仁王は私に気付かずここを立ち去った。そのことに深く安心している自分がいた。
私を苦しめる
(また、男子が苦手になっちゃった)
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