始まりました
放課後約束通りジャージに着替えてテニスコート付近に来たわけだが、どうすればいいのか分からない。
レギュラーでない一二年がテニスコートでネットやボールの準備をしている。
とりあえず部室に向かえばいいのかな。階段を上っていると、数人のテニス部員とすれ違う。部員ってやっぱり結構いるんだな……。今から緊張してきた。心臓の音がバクバクいっている。
よし、深呼吸……。
『すー……はー……。すー「何しとるん?」!?……げほっ!』
「おーおー、落ち着きんしゃい」
息を吸おうとしたら目の前に仁王がいていきなり声をかけられた為、噎せた。落ち着けと言ってる割には心配している様子はない。
『……はぁ』
「ほら、行くぜよ」
行くってやっぱりテニスコートだよね。階段を下りる仁王の後を追うと、仁王は一二年から挨拶を受けていた。わぁ、こんな大人数から挨拶をされるなんてかっこいいな。……なんて思っている場合じゃない。その大人数の視線が今私に向いているのだから。
部員の方からボソボソと「仁王先輩の彼女か?」とか「いや大人しそうだから柳生先輩じゃね?」なんて言っている。何で聞こえてしまったんだ。あぁ、違うよ。私なんて誰の彼女でもありません……。
もしかして仁王も聞こえているのだろうかと申し訳ない気持ちいっぱいで見上げると、少し口を尖らせて何か考えている素振りを見せた。
「こいつは俺の彼女でも柳生の彼女でもないぜよ」
うんうん、ちゃんと否定してくれた。って私と付き合ってるとか嫌だもんね。
「えぇ!?じゃあ誰の女っすか?」
勇気ある一人の部員が仁王に質問する。周りの部員も興味津々のようだ。しかし何故誰かの女にしたがるのだろうか。
「副部長ナリ」
『えぇ!?』
ななな、何で真田!?私の驚きの声は大人数の部員の声に紛れて消えた。部員からは「真田副部長って女と付き合うんだ!」や「でもあの女子も凄いよな副部長となんて」等と聞こえてくる。横にいる仁王はニヤニヤしてるし……。あぁ、どうしようこの誤解。
「準備はできたかい?」
『!?』
刹那、幸村君の声がテニスコートに響いた。決して大声ではなかったが、しっかりと聞こえた。部員は一斉に返事をし、この場に整列した。流石幸村部長。
来たのは幸村君だけではなくレギュラー全員が揃っていた。
「この子は今日からうちのマネージャーをすることになった。はい、咲本さん。一言」
『えぇ……、咲本ひなた……です。が、頑張りま、す』
いきなり現れたかと思いきやいきなり自己紹介をさせるなんて、私の寿命が縮まるじゃないか。
「じゃあレギュラーは部室でミーティング、他はいつものメニューをするように」
はい!と元気の良い返事がテニスコートに響く。あれ?私はどうすればいいんだろう。
「咲本さんも部室ね」
あ、はい。了解です。
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「?」
「どうしたんスか?真田副部長」
「部員に良かったなと言われたんだが、何が良かったのか理解出来ないのだ」
『あっ!それ……むぐっ!』
真田に先程の誤解を解こうとしたら後ろから口を塞がれた。目を後ろにやると犯人はやっぱり仁王で。自分より大きい手にドキドキしつつも、恥ずかしいのでジタバタと暴れる。仁王の手から逃れ周りを見ると、他の部員は部室の奥の方へと進んでいたので後を追う。
部室にはロッカーの他に机と椅子、ホワイトボードがあり皆が椅子に腰を下ろしていくので余った椅子に私も腰を下ろす。
「じゃあ始めようか。咲本さんにマネージャーの仕事を教える役目は……」
「それなら俺が教えよう」
お、お母さん……!良かった柳で。
……あれ?ちょっと待って私さっきの事で怒ってるんだけど。
じゃあ頼むね、と幸村君が言う。変えてもらおうかと考えたけど私にそんな勇気はないので言えなかった。何で自分こんなチキンなんだろう。
「それと日曜の事なんだけどレギュラーが氷帝、レギュラー以外が立海で練習試合する事になったから」
「ひなたはどっちのマネージャーすんの?」
ブン太の問いに「勿論レギュラーの方だよ」と笑顔で答える幸村君。初対面の大人数か、それともまだ顔見知りのメンバーがいる少人数かで選ぶなら、勿論後者ではあるが、どちらにしても緊張の連続である。
「他に誰か報告ある?……ないようであれば俺達も練習を始めようか」
短いミーティングだったなぁ。この話は別にコートでも出来たんじゃ。なんて考えていると柳以外の部員は部室から既に出て行っており、いつの間にか柳と二人きりになっていた。
「お前がする事は休憩時間にタオルとドリンクを出すことだ」
『……はい』
「フッ、まだ休み時間の事を怒っているのか?」
『だって、……酷いですもん』
「大丈夫だ、二割は冗談だ」
『……』
残りの八割は本気ですか。柳を軽く睨むといつもの微笑みが返ってきて頭を撫でられた。
「そうふてくされるな。部活帰りにケーキを買ってやる」
『……私丸井先輩じゃないので』
「そうか。ならレギュラーの弱みを教えるというのはどうだ?」
『許します』
即答すると柳はまた笑いノートにメモをした。そしてドリンクの入れ方を教えてやる、と歩を進めた。
始まりました
(マネージャーの仕事)
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