赤髪の子の名前
昨日の夜は大変だった。中学生のほぼ全員が集まり、皆で枕投げをしていた。それはもう遊びではない、本気の枕投げだった。巻き込まれる前に自室に戻ったのでその後は見ていないけど、聞く話によると乾と柳の作ったドリンクを飲んで気を失う人が何人もいたそうだ。そして暴れすぎて皆、朝まで目を覚さなかったらしい。早いうちに戻っていて正解だった。
今日は試合もなく皆の練習もお休みだ。この世界にトリップしてきたんだから、この世界にしかない色んなものを写真に残そうとスマホを持って外に出た。いつ元の世界に戻ってしまうかは分からない。ただ、また元の世界に戻ってしまった時にその画像は残っているのかが不安ではあるけど。
まずはテニスコート。パシャリとシャッターを切ると自然と頬が緩んでくる。それにしても凄い数のテニスコートだなぁ。
施設の外観も撮っておこう、と振り向いた瞬間スマホを落としそうになった。何故なら画面いっぱいに金ちゃんが映っていたから。
「何してるん?」
「えっと、写真……撮ってます」
「写真ー? なぁなぁそれよりテニスしようやぁ」
腕を掴まれてブンブンと上下に振られる。そういえば前から一緒にテニスをするって約束してたけど全然出来てなかったんだよね。
「私じゃ相手にならないと思う、けど……」
「楽しく出来たらそれで良いやん!」
「そ、だね。ラケット取ってきます!」
「ここで待ってるわー!」
金ちゃんって本当明るい人だ。素直でポジティブだから、ネガティブな発言をしてしまう自分を叩きたくなる。自室にあるラケットカバーを背負って、先程の場所に走る。
しかし途中で誰かにぶつかってしまった。やってしまった……。誰もいないと思って曲がり角を走りながら曲がったから。
「おっと」
「すす、すみませ……っ!!」
「大丈夫やで」
「咲本やん。走ったら危ないで」
だ、ダブル忍足だ。どうやら私は侑士の方にぶつかってしまったらしい。謙也からの注意を受けてしまった。恥ずかしい。
「あの、お怪我は……なかったでしょうか」
「おん。全然。それよりそない慌ててどないしたん?」
「えっ、えーと、テニスする約束をしてまして」
「ラケット持ってるもんな」
謙也が私の背負っているバッグをチョンと指で触れた。すると忍足が誰と、と聞いてきたので答えようとしたが言葉が詰まる。
…………金ちゃんって名字なんだっけ。確か名前は金太郎だった気がするんだけど名字が出てこない。そんなに親しくないのに金ちゃんっていうのもおかしいし。ていうかほんとに金太郎だったっけ。それも分からなくなってきた。
「ええっと、髪が赤色の……」
「立海の丸井?」
「あっいえ……背が小さい、一年生の」
「あぁ、金ちゃんかいな!」
「そそそそうです!」
謙也がクイズ番組の回答者のように答える。私も出題者の様に思わず彼を指差してしまった。
「ひなたちゃん、名前知らんかったんかいな」
ギクッ。図星を突かれて思わず肩が上がる。でも金ちゃんってあだ名は覚えてるもん。
「まぁ侑士しゃーないやん。俺ら中学生だけでも何十人もおるんやし。ち、因みに俺の名前は……?」
「忍足謙也さん」
「おぉ。覚えててくれた」
「じゃあ俺は?」
「……忍足侑士さん」
名字同じだし二人のフルネームは覚えている。ぶつかっておいてなんだけど、もう行っても良いかな、と思って二人の顔を見れば忍足が口角を上げている。あ、嫌な予感がする。
「ひなたちゃんって俺らの事何て呼んでるん?」
「あー、確かに誰かの名前呼んでるイメージもないし気になるなぁ」
「えぇ……ふ、普通に、忍足さん」
「俺は忍足さんな。じゃあ謙也は?」
「……お、忍足さん」
「こうやって二人でおったらややこしいなぁ。あ、俺良い事思いついたで」
「ふふ、フルネームで! フルネームで呼びます!」
「いや名前で呼んだ方が楽ちゃう?」
「じゃあ侑士は忍足で、俺は謙也でいいで」
「何でやねん!」
呼べるかー! 名前呼びなんて出来るわけないじゃないか。話が逸れてしまったけど、それよりも私は金ちゃんのフルネームを知りたい。
「と、とりあえず、二人とも忍足さんで! あの、それより……金ちゃん、さんのフルネームが知りたいのですが」
「あぁ、金ちゃんはとう……」
「謙也、シーー。名前知らんかったらそう呼ぶしかないやんな?」
「おっそうやな。金ちゃんって呼んだり。きっと喜ぶと思うで」
「えっ、ええ……」
********************
二人と分かれて金ちゃんの元へやってきた。金ちゃんは手すりに乗って足をぷらぷらさせていた。
「お、お待たせしました」
「おー! 待ってたでー!」
「…………金ちゃん」
「……? おん。ワイやけど」
「……」
「早よ行こうや!」
よよっ呼べたーーーっ! 何も気にしてないようだし何かこのまま呼べる気がする。
それから二人でテニスをして、金ちゃんの技を見せてもらって感動したり打ち方を教えてもらったりとても楽しかった。
赤髪の子の名前
(結局フルネームは分からなかったけど)
(金ちゃんって呼べるようになったからいっか)
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