他人に気付かされる
「〜〜で、咲本さんはどう思いますか?」
「……へ?」
「保健医さんの事です。中学生達の練習の妨げになっていませんか?」
「え、あー……。わ、私は正直、保健医さんが何をしているか分からなくて。怪我した人にいち早く気付くところは凄いなって思います、けど」
「そうですか。確かに彼女の腕は評判が良い。ただカメラの映像を見る限り、練習中の中学生に毎日声を掛けに行ったり、用もないのに保健室に行く高校生が増えているんです。貴女も知っているでしょう?」
「そ、そうですね」
コーチ達に呼ばれやって来たが、話される内容は彼女のことだった。
忘れていたけどこの合宿所って防犯カメラが何台もあって監視されてるんだった。怖いなぁ、私も何か思われてないかな。
「特に彼の練習の邪魔をしているからね」
「彼?」
「幸村君。黒べぇが目を付けている子なんだよ」
「!!」
斎藤コーチがこっそりと教えてくれた。黒部コーチが……、そうだったんだ。やっぱりすごいなぁ幸村君は。沢山のモニターの中の一つに映る幸村君をじっと見つめた。
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「つまり、あの人がコーチから目を付けられてるっちゅーわけやな」
「良かったやん。出て行くかもしれんで」
「そ、ですね」
コーチ達との話が終わり部屋を出ると、偶然通りかかった白石と財前に話を聞いてもらった。二人に話を聞いてもらうなんて何だかそわそわしてしまう。保健医さんが来てから彼らとはよく話したり行動するようになったけど、慣れない。なんだろう、こう……出来る男感が溢れ出ていて近付けないんだよなぁ。
「部長、コイツ絶対今アホなこと考えてますわ」
「コラ財前、コイツとか言ったらあかん」
ヤバい、最近財前には思考を読まれてきている。気をつけなくては。
「おいお前、ちょっとツラ貸せよ」
三人の高校生が私の前に立った。急なことに驚いて声が出せないでいると、隣にいる二人が私の前に出た。
「この子に何か用ですか?」
「はぁ、めんどーやけど俺らも一緒に聞きますわ」
かかかっ、カッコいい……。少女漫画みたいだ。この二人、することもイケメンだ。
「お前らには用はねぇ。この女に話があるんだよ」
「中学生は引っ込んでな」
……一気に冷えた。馬鹿なことを考えてないでこの高校生達をなんとかしなければ。よく見るとこの前保健室で保健医さんの周りにいた人達だ。
「……保健医さんの、こと、ですか」
「チッ、そうだよ! お前コーチ達に先生のこと悪く言っただろ!」
「え、いえ」
「お前がコーチ達のところに行った後、先生が呼び出されたことは知ってんだ。お前がありもしないことをコーチ達に言ったに決まっている!」
「そんなんこの子が「私は何も言ってません!」」
「……コーチ達は監視カメラで保健医さんの行動を見てたんです。私がもし嘘をついても、あのコーチ達にはバレます。わ、私が彼女に対して良く思ってないのは事実だし、彼女もそうでしょう。だけど、私は臆病な人間なのでコーチに言うことも、貴方達のように自分で行動する事もできないんです。そんな人間なんです! もう用は無いですよね! ささっさようなら!!」
高校生達に背を向けて早足で歩く。彼らは何も言ってこなかった。もしかしたら言っていたのかもしれないが、私の耳には入ってこなかった。
「言い返せるやん」
「ナイスやな、咲本さん」
「……は、は、はい」
どどどうしよう、手の震えが止まらない。視界もグルグルしてきた。どこに向かって私は歩いているんだろう。
ーーギュッ
「!?」
「大丈夫? 手、震えてるで」
左手が白石の手に包まれる。動揺している間に右手も握られた。
「これで両手治ったやろ。情けないなぁ」
震える右手は財前が握ってくれた。暖かい二つの手に包まれて、安心する。でもこの状況って……。
「りょ、両手に、花……」
「ふっ、ほんま咲本さんおもろいなぁ」
「ほんまアホやわ」
「お二人共……、ありがとうございます」
手だけじゃなくて心も温かくなってきた。三人で手を繋いで歩いていると、前から歩いてきた謙也が口元に手を当て固まっていた。
「何三人で手繋いで歩いてるねん! どんな関係やねん!」
「謙也も入るか?」
「アホか! 嫉妬してるんちゃうわ!」
四天宝寺の人達ってほんと和むなぁ。
そして今日の夕方、保健医さんが合宿所から出て行くと伝えられた。私も必要ないと思われたらここから追い出されるのかな。でもまぁ合宿から皆が帰ってくるまでのんびり過ごすのも良いかもしれない。
練習に戻る中学生達と共にテニスコートに行く途中、保健医さんが歩いているのが見えた。後ろには大きな荷物を抱えた保健医さんの取り巻きの姿もある。絶対関わりたく無い、静かに去っていって下さいと願っていたのに声を掛けられてしまった。
「あら、凡子ちゃん。私ここを出て行く事になったわ」
「は、はい。聞きました」
「心の中で笑っているんでしょうねぇ。邪魔者が消えたって。ふふふっ」
「……そ、そんなことは」
「周りの人間を奪って一人にしてあげようと思ってたのに。特に貴女の本当に好きな人を奪ってあげたかったわ」
「本当に好きな人?」
「えぇ。柳くんが好きって言ってたけど、友達としてでしょう? 私が奪いたかったのは恋愛感情の方よ」
「??」
「……あぁ、分かってないのね。ふふっ、私の計画を邪魔された仕返し。最高の仕返しが出来るわ! あぁ〜他人から気付かされるのって最悪よねぇ。教えてあげる」
この人は一体何を言ってるんだろう……。話がついていけてないけど、彼女はとても楽しそうだ。
「自分では気付いていなかったんだろうけど、凡子ちゃんが恋愛感情を持っているのは
ーーーー幸村くんよ」
「…………へっ」
「ふふっあはは! 何その間抜けな顔! 傑作だわ。自分の気持ちに混乱しながらこの合宿で生き残ることね!」
そうして彼女は笑い声を上げながら山を下るバスに乗り込んで行った。私に大きな爆弾を残して。
他人に気付かされる
(おーい咲本さーん、大丈夫?)
(部長、また固まってますわ)
(もっかい手繋いだら意識戻ってくるやろか)
(多分無理やと思います)
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