保健医さん
「はーい。怪我した人はこっちねぇ」
怪我した選手を集め、手当てをする女性。選手の皆の表情はだらしない。なんて言ったってあの女性は昨日からやって来た、美人で綺麗な保健医のお姉さん。分かる、分かるよ。私も昨日までは彼らと同じ気持ちだったもん。
コーチ達に保健医さんを紹介されてその人と二人きりになった途端、彼女から私に向けた第一声が「平凡女」だったからね。
そりゃあ平々凡々が似合う女だって自覚してますよ! ボンキュボンスタイルの女性じゃないですよ! そんなの、そんなの……。
「お母さぁぁん……!!」
「咲本、離れろ」
柳の背中にくっつくと引き剥がされる。折角最近自分からスキンシップがとれるようになって来たのに、拒絶されるなんて泣きそうだ。
「柳くん、手当てするからこっちに来てくれるかしら」
「はい。ありがとうございます」
手当て……? よく見たら柳の腕にはかすった後があってそこから血が出ている。柳が怪我していることに気付かないなんて、私は馬鹿だ。酷い人間だ。
手で顔を覆うように隠した。
そして溜息を吐いて顔を上げると、視界いっぱいにジローがいた。その横に岳人。
「ブワうえっ!?」
「ひなたちゃん何してんの〜?」
「驚き方変わってんな」
「ねー」
この二人は何しに私の元へ……。私は今落ち込んでいるというのに。ジローはキョロキョロと辺りを見渡していて、何かを探している様だった。
「丸井君知らなE?」
「あー、あの、保健医さんの……と、ところへ行きました」
「Aー? そうなんだ。ラリーしてもらう約束だったのにな〜」
「あの先生良いよなぁ」
「うんうん。美人だC」
ハイハイそうですね、美人ですねぇ。私も昨日まではそう思ってましたよ。いや美人なことには変わりないけど。
「咲本はあの先生と話したりすんの?」
「……いえ、全く」
「人見知りだもんねー」
何歳なんだろうな、若いよなー、と二人は何処かへ行ってしまった。ハァ、お母さん早く帰って来ないかなぁ。怪我したの気付かなかった事謝りたい。
大きなテントの下で保健医さんを囲む中高生達を遠くから眺める。私の仕事って中学生の監視で、これと言って何かする事があるわけでもない。出来ることもない。手当てもできたら良いんだけど医療の知識もないしなぁ。自分の無能さに溜息が出る。
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昼休憩の途中、施設内のベンチに寂しく一人で座っていると保健医さんが遠くから歩いてくるのが見えた。うわっ、目が合ってしまった。
「あら、凡子ちゃんじゃないの」
「ぼ、ぼんこ……?」
それはもしかして私のことでしょうか。ぼんこってギャグか何かですか。
「平凡の子、略して凡子。うふふ、ぴったりぃ」
「は、はぁ」
「本当パッとしない子ね。存在感薄いし。今日も何処にいるのか分からなかったわ。ずっと部屋にいたのかしら?」
存在感薄いことは認める……。でもわざわざ言わなくても良くないですか。
「そ、外に……いました」
「あぁ。そういえば柳くんと一緒にいたわね。嫌がる彼に抱きついて」
「やっやっぱり、嫌がって……」
「そうよ。すぐ離れようとしてたでしょう? 貴女彼が好きなの?」
「えっ!? まぁ、はい」
「付き合ってるの?」
「えっと、付き合ってないです、けど……」
「へぇー、そう」
じゃあ私は忙しいから、と去って行った。はぁぁ怖いぃぃい! 何なのあの人!? ていうか今の会話は何だったんだ……。
すると私の少し後ろで、噴き出す声が聞こえた。振り向くと口許を手のひらで覆い隠し、肩を小刻みに揺らしている財前がいた。
「な、なんですか……」
「ブッ……ぼ、ぼんこ、やて……、おもろすぎやろ」
「そんなに笑います!?」
そしてまた彼は噴き出した。どうやら私のあだ名がツボに入ったらしい。どうせブログのネタにされるんだろうな。
「にしても女の裏の顔ってこわぁ。何か言い返さへんの?」
「その……言ってることは当たってますし、何とも言えない」
「せやなぁ」
「……そ、そこは否定してほしかったです」
「俺正直者やし」
そうですね。まぁお世辞言われるのも嫌だから全然良いんだけど。時間を確認するとそろそろ休憩時間が終わりそうだったので、腰を上げた。財前も一緒についてくるようだった。
「あの先生に虐められたら見ものやな」
「こっ、怖いこと言わないで、下さい……」
「けどあの会話からしてあんたのオカン、先生に取られてまうで」
「えっ!? そそそそうなんですか!?」
「いや明らかにそうやろ。素直に答えんと適当に白石さんが好きです〜って言っとけば良かったんちゃう」
成程、さっきの質問はそういう事だったのか。財前って頭良いな。でも私の好きな人を取るって、あの人に何のメリットがあるんだろう。
保健医さん
(聞こえてんで財前。何の話やねん)
(うわ、部長)
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