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花の匂い

「ふふふーん。ふーんふふーんっ。えへへへへ……」

ここ数日、ずっとにやけが治まりません。すれ違う人に引かれていたとしても今は全然気にならない。何故こんなに浮かれているのか、その理由はこのラケットにある。跡部様に貰った、私専用のラケットに!

そして今日は午後から自主練習の時間だ。仕事も特に言われていないし、端の方で良いからこのラケットで打ちたい!

「えへへ、たのしミィッ!?」

浮かれていたら曲がり角で誰かとぶつかってしまった。ぶつかった感じ多分身長が高い……人。

「あ?」

痛む鼻を押さえて上を見上げると目の前には…………亜久津仁ンンンン!!!? この状況、デジャヴなんですけど!!

「何だ、テメェか」
「すっ、すみません!」
「ちゃんと前見て歩け」
「はっはい!」

……あれ? 言葉は相変わらずキツイけど、なんだか亜久津前より柔らかくなった? 気のせいかな。でも何か今ならいける気がする。彼の右手に持っているラケットを確認し、勇気を出して声を掛けた。

「亜久津さんっ……! よよっよかったら、その……」
「……」
「い、いいいっ……」

言葉が上手く出てこない。一緒にテニス……。テニス教えてもらえませんか!!

「いっしょ、に……てっ「暇なら付き合えや」」

暇なら付き合え? も、もしかしてついて行って良いのかな!? 多分今から練習しに行くんだよね。亜久津は行くぞと言ってスタスタと早足で歩いて行く。口角が上がるのを止められないや。ラケットを抱きしめ彼の後を追う。自然に足はスキップしていた。

「珍しく浮かれてやがんな」
「えっ、いや、ごめんなさい」
「そのラケットか?」
「はっはい! この前頂いて……。とても打ちやすいんです!」

めちゃくちゃ怖いけど、こうやって会話してくれる彼はとても優しいと思う。怖いけど。
足を止めた先にはコートがあった。彼がいつも自主練で使ってるコートだろうか。そこには既に千石がいた。

「亜久津ー! 待ってたよ、相手してよ。アレ? ひなたちゃんもいる。ラッキー!」
「チッ。ひなた、打ちたかったんだろ。アイツと打ってこい」
「え?」
「……走ってくる」

亜久津はそのまま走って行ってしまった。取り残されてしまい、仕方なく千石の元へと向かう。

「やっほーひなたちゃん」
「こ、こんにちは。あの……亜久津さん、走り込みに行ってしまいました……」
「えー。……ん? ひなたちゃんそれラケットだよね? 打てる?」
「ほぼ初心者ですけど……」
「ラッキー! 軽く打ち合いしたくってさ、付き合ってよ」

首を縦に振る。私で良ければって感じだけど。
ボールを持ちコートに立つ。予想外の出来事だけど、まさか私と打ち合ってくれるなんて嬉しくて堪らない。

アンダーサーブで向かってきたボールを打ち返す。良い音を立てて相手のコートへボールが入った。やっぱりこのラケット今までで一番自分にフィットする。打ちやすい。

次に返ってきたボールはさっきよりもスピードが上がっていた。それも打ち返す。徐々にスピードを増して返ってくるボールに嬉しさを感じながら、ラリーを続けた。




********************


千石と打ち合いをして数十分後、そろそろ休憩しようかという彼の一言で休憩に入った。

「ひなたちゃんって運動出来るんだね、意外だなぁ」
「えっ、意外……」
「アハハ。楽しそうに打つもんだからこっちまで楽しくなっちゃった」
「へ、あっ……そう、ですか?」
「それにコートの外見て。俺達が打ち合ってる間にギャラリーが集まってるよ」
「えぇ!?」

彼の言う通り、数人がコートの外から私達を見ていた。その中によく知る顔がある。……仁王だ。彼はドシドシと音を立ててベンチに座る私達に近付いてきた。
そして千石を指差すなり、こう言った。

「勝負ぜよ」
「「えっ」」

千石は私と同様仁王の発言に困惑していたが、理解したのか否かすぐに口角を上げコートへ向かった。


そして何故か始まったシングルス。私はベンチで二人を見守る事になった。何で? 何故仁王は千石に勝負を持ち掛けたの?

「…………うーん」

疲れたし寮に戻ろうかな。ベンチから腰を上げると、後ろから誰かに肩を掴まれ腰を下ろされた。

肩に置かれた手から香る、優しい花の匂い。

「だーれだ」

幸村先輩。振り返りながらそう答えると珍しくきょとんとした表情をしていた。なんか、可愛いな。

「あれ、分かっちゃった?」
「はい、匂いが」

匂いかぁ、と幸村君は自分の腕を嗅ぐ。眉を下げて困った顔をしていたので、何か誤解されてる気がする。

「……そんなに匂う? 汗臭いかな」
「えっと、お花の香りがします」
「俺っていつもそんな匂いしてるの?」
「はい。だからすぐ分かり……ま、す。あっ」

待って、私すごい恥ずかしい事言ってない!? ぶわっと顔から汗が吹き出る。

「ふふ、ほんと君って可愛いね」
「ハッ、えっ……かわっ!?」

駄目だ、顔の熱と心拍数が上がって視界がグラグラしてきた。行こっか、と手を引っ張られた瞬間、ぐらついていた視界も治まり、寧ろ目の前にいる幸村君の周りはキラキラして見えた。
そして私達は仁王と千石が試合するテニスコートを後にした。




花の匂い


(咲本はどこに行ったぜよ……)
(さぁー? ていうかそもそも何で勝負持ちかけたのさ。何となく分かるけど)


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