爆発
今日は試合や練習はお休みらしい。自由に過ごして下さいとの事だ。きっと自己練習をしている選手達もいるだろう。しかし私はずっとしたいと思っていた壁打ちをしたい!
以前、忍足に選んでもらって買ったラケットはケースごと部屋にあった。少し恥ずかしいけど立海ジャージに着替え、ラケットを持って壁打ち出来そうなところを探す。ボールは草むらに転がっているのを偶々見つけたので借りた。
「そのジャージ着てんの久しぶりに見たぜ」
赤也がラケットのフレームでボールを上にポンポンと跳ねさせながら近づいてきた。
「す、すごっ」
「簡単じゃん」
私はこれぐらいしか、とガットでボールを上に跳ねさせる。硬いフレームの上じゃボールを上手く上げるのは難しい。
「握り方はこう持った方がやりやすいぜ」
「っ!」
私の手の上からグリップを握る赤也の手。温かい体温が手から伝わり顔も近くて身体の熱が上がる。
「それでボールを当てるところは……っと、どうしたんだよひなた。真っ赤だぜ?」
「……」
近い近い! 真っ赤なのはあんたのせいだよ! この子天然だったっけ!?
「ねぇ何いちゃついてんの?」
後ろから声が聞こえて二人して驚いた。振り向いた先にはラケットのフレームの上で三つのボールを跳ねさせている、リョーマの姿があった。
「こんなのも出来ないの? まだまだだね」
リョーマの生まだまだだね、が聞けた!! 感動する! と同時にやってくる苛立ち。彼の言葉はいつも癪にさわる。
「馬鹿にしてんじゃねぇ! それぐらいコイツも練習すれば簡単に出来るっての」
「へぇ、まぁどうでも良いけど」
「じゃあさっさとどっか行けよな」
「別にどこに行こうが俺の勝手じゃん」
待って、何故喧嘩が始まったんだ。私のせいなのか? 持っていたラケットとボールを置いて、喧嘩をおっぱじめる二人に注意するが聞こえていないようで私はそっちのけだ。
ーーーーそして事件は起こってしまった。
どちらがやったかは分からない。私のラケットは折れていた。
「?」
「!? これ、ひなたのじゃ……」
「「……」」
二つに折れた自分のラケットを拾い上げた。さっきまで言い争って騒がしかった二人はしんと静まっていた。
「……これ」
「アンタが騒ぐからじゃん」
「お前がだろ! ひなた、弁償するっ!」
また言い合う二人。怒りが募り身体が震えた。
「何で謝れないの……。別に弁償してほしいわけじゃないの!」
「「っ!?」」
「いつもいつも……リョーマは意地悪だし赤也は自分の事ばっかりだし! 私の大切な物なのに壊すなんて信じられない! 人の話は聞く耳持たずで二人とも言い合いしてばっかり!! この間も喧嘩してたし、いつまでも子供みたいに喧嘩するんだったらこの合宿から出て行ってくれる!?」
思ってない事も口から溢れる様に出てきてしまって、怒りと悲しみで頭がくらくらしてきた。
「ずっと打ちたかったのに……これじゃ……打て、ないっ」
視界がぼやけてくる。 ラケットを抱えて二人から逃げるように走った。
柳の後ろ姿が見えて、無我夢中で彼の背中に飛びついた。
「っ、俺の背中にぶつかってきたのは何だ」
「んー、咲本ぜよ」
「咲本、急に何……」
「わたっ、わたし……思ってもないことを……」
背中にしがみついたまま、堪えていた涙をポロポロと流す。彼の背中が離れたかと思うと黙ったまま柳に肩を掴まれ、仁王には折れたラケットを取られた。そしてラケットをじっくり見た後に私を見て口を開いた。
「誰じゃ?」
「え、えっと……切原先輩と越前君?」
「ちょっと行ってくるぜよ」
「あぁ、頼む」
「へ、えぇぇ……」
黒いオーラを纏った二人に驚いて思わず涙が引っ込んでしまった。仁王はもしかして二人を叱りに行ってくれたの……かな? 嬉しい様な申し訳ないような……。
「あぁなったことに大体予想はつくが、思ってもないことをと言うのは何を言ったんだ?」
「喧嘩ばかりするなら合宿から出て行って、と。他にも色々と」
「怒ったのか、二人に対して」
「まぁ結構……。頭に血が上ってしまって」
「そうか、驚いたな。データに書き加えておこう」
そんなこと書かないで……。
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後で聞いた話だと、仁王が二人の元へ行く前に幸村君が既に二人をこっ酷く叱っていたそうな……。
そして十分に反省していた二人に更に追い討ちをかけるように、仁王は幸村君に変装しダブル幸村君で彼等を小一時間説教したらしい。
次の日の赤也とリョーマは五感を奪われたかのようだった。
爆発
(私もしかして)
(二人のこと下の名前で呼んじゃった……?)
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