近づかないで下さい
部屋を出ると変な生き物が歩いていた。こ、この生き物は何だ……。驚き過ぎて体が動かない。緑色の生き物。トカゲ、とはまた違うのかな。でもどこから侵入してきたんだろう。やっぱりここ山の上だし野生の動物がよく入ってくるのかな……。
「ヒィッ!」
目が合って思わず声が出てしまった。どどどどうしよう。逃げても追いかけられないかな。めちゃくちゃ足が速いとかないよね。カエルみたいに跳ねたりしないよね。
「ちょっと君、そこに立ち止まっていては通行の邪魔ですよ」
「ひっ、す、すみません!」
私に文句を言ったのは観月だった。邪魔したくてしてるんじゃないのに、彼にはこの生き物が見えていないのか。
「おや、君は……。この合宿ではよろしくお願いしますね」
「ははははいっ!」
「先程から動きがぎこちないようですが、何かあったのですか?」
「へっへへんな、いきものが……」
「変な生き物? ……なななな、何ですか! この生き物は! 一体誰のペットなんです!?」
「わ、分からなくてっ」
突然変な生き物は目の前から消え、観月の頭に飛び乗った。その瞬間私も観月もサーっと顔が青ざめ、彼はショックからか気を失った。私じゃなくて良かった……でも次はあれが私の頭に? 考えただけでも気を失いそうだ。
「おったおった」
観月の頭に乗っていた生き物を難なく持ち上げたのは、忍足だった。私の存在に気づくと彼は私の名前を呼んだ。
「すまん、コイツなんか迷惑かけてなかった?」
「み、観月、さんの頭に乗った……ぐらいで、す」
「良かった。特になかったみたいやな」
あれ? 私の声届いてなかったのかな? でもこの生き物、忍足のペットだったなんて。びっくりするから目を離さないでほしい。
「コイツ、謙也から世話頼まれてるイグアナくんやねん」
謙也ー! 忍足謙也の方のペットでしたか! あとこの生き物、イグアナって言うんだ。イグアナ、初めて見た。
「触ってみる?」
「いっ、え、遠慮します……」
爬虫類系は苦手なんです。たとえこのイグアナが大人しい生き物だとしても苦手なものは苦手なんだ。
「遠慮なんていらんで。ほらほら」
「っ!?」
ずいっとイグアナを近づけられる。こわい、私本当無理なんだって!! 爬虫類は! 視界が段々滲んできて緑色しか見えなくなった。
「すまん。ちょっと苛めすぎたわ」
良かったイグアナを遠ざけてくれた、とホッと安心する。
「苦手な子もおるわな。コイツには悪いけどしゃーないな」
そのまま部屋に戻ってくれるのかと思ったら、イグアナに話しかけてる忍足。イグアナも心なしかしょんぼりと元気がないように見える。そ、そんな顔しても可愛いなんて思わないから!
「やっぱちょっと触ってみぃひん?」
「むむむむっむりです」
またイグアナを近づけてくる。何なの、いじめですか? 柳お母さん帰ってきてー! この人がお母さんなんて嫌だよ!
「ひぃぃぃ!!……っ!?」
逃げようと思って走り出した瞬間、足元で倒れていた観月につまづいて……転けた。それも大きな音を立てて。観月がいるのすっかり忘れてた。
今、後ろから吹き出す音が聞こえたんだけど。
「ぶっは、大丈夫か? ひなたちゃん」
「だっ、大丈夫……じゃない、です。それ、苦手です」
部屋戻っといてやー、と言って忍足はイグアナを離した。大丈夫なのだろうか。一人で……いや一匹で帰れるのかな。忍足は転けた状態のままの私の前で膝をついた。そして赤くなっているであろう私のおでこを撫でる。
「痛いの痛いの飛んでけー」
「……」
「飛んでった?」
「……い、いえ」
「あ、頬っぺたも赤くなってきた。痛いの痛いの飛んでけー」
や、やめてほしい……。恥ずかしくて照れる。おでこだけじゃなく顔全体が熱くなってきた。転けたままなのも恥ずかしいので立ち上がろうとするが、またもや観月に足が引っかかり前に倒れる。
「おっと」
「っ!?」
「さっきから大丈夫? ちょっと落ち着きぃ」
「だだっだいじょ、ぶです」
忍足の胸にダイブしてしまった! いや正しくはまた転けそうになった私を忍足が透かさず受け止めてくれたんだけど。体が密着してるから恥ずかしいんだけど、それ以上に耳元で囁くのやめてほしい!! 低音ボイスは心臓に悪すぎる。
受け止めてくれたことにお礼を言いながら、忍足の胸を押して足に力を入れる。
「ひなたちゃんって……抱き締めやすいなぁ」
「なっ!?」
ど、どういうこと。意味が分からないけどなんか危ない気がするから逃げよう。そしてもうこの人には近付かないでおこう。うん、そうしよう。
近づかないで下さい
(ひなたちゃん?)
(何で逃げんのや?)
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