王様にタオルを
お腹はいっぱいだし昼からも頑張るぞ! ……って私何もしてなくないか?
私って結局ここで何をすればいいのだろう。コーチに聞きに行った方が良いのかな。
「咲本」
声を掛けられて振り向くと手塚がいた。何の用事だろう。手塚に声を掛けられると緊張する。
「黒部コーチからこれを咲本に渡してくれと言われて持ってきた」
「えっ、あっありがとうございます」
「俺達中学生の監視役を一人でするのは大変だと思うが、いつでも頼ってくれて良い」
「は、はい!」
「これからよろしく頼む。お互い油断せずに行こう」
「こっこちらこそ、よろしくお願い、しっします」
手塚が去り渡された紙に目を通すと、書かれていたのは今疑問に思っていたことだった。
私の仕事は、中学生達の監視。具体的には規則を破った変な行動をとっていないか、ちゃんと食事や休息を取っているか等を監視するらしい。また必要であれば選手のメンタルケアもするようにと書かれている。
「明日からその日の予定はメールに送ります。選手には教えないように、か」
簡単なようで簡単じゃない。どうしよう、私には荷が重過ぎる気がしてきた。そういえばお母さん! 柳どこ行ったの!? またいないパターンですか。
とりあえず午後からはテニスコートで練習。いっぱい皆の技が観れる!
「す、素振り……。まぁそうなるか」
技が観れると期待していたものの、コートに来てみれば皆がしていたのは素振りや筋トレだった。そうだよね基礎練習、大事だよね……ハァ。
基礎練習してる間は私、特にすることないよね。暇だなぁ、私も自分のラケット持って軽く打ちたい。壁とお友達になって壁打ちしたい。
********************
練習時間が終わり部屋に戻り、部屋の風呂に入った。一人にしては大きめの部屋だから部屋の風呂が嫌だとか文句を言ってはいけない。
でもお風呂は私も温泉が良かったな。仕方ないか、男の人ばっかりだもの。…………アレ、ここって女の人、いる? 確か料理人に女性がいたはず。ほ、他は? 今日見た三人のコーチ皆男性だった。選手に女性は多分いないだろうし、一体どこに……。
よし、探しに行こう。
バンッとドアを開けると、廊下を歩いて来たのは真田だった。片手にラケットを持っている。もしかしてまだ練習するつもりですか。
「おぉ、咲本か」
「もしかして、練習ですか?」
「あぁ、今日は少し打ち足りなくてな。室内にコートがあったからそこへ行く」
「でっでもしっかり休まないと」
「今日はまだ大丈夫だ」
「そ、そうですか。私も行っても良いです、か……?」
「別に構わん」
室内のコートかぁ。メールで送られた施設内の地図を見たけど、まだ回れていないところがたくさんある。コートに行くついでに施設内を覚えよう。タオル、何枚か持って行っておこう。
コートでは跡部が機械から出てくる球で練習していた。熱心だなぁこの人も。大量の汗をシャツで拭いベンチに置いていたドリンクを取りに行く。このタオル渡したほうがいいかな。跡部様に渡すの気が引ける。
「渡しに行ってやれば良いんじゃないか?」
「へっ、は、はい!」
「俺はあっちのコートで打ってくる」
真田に背中を押されて跡部の方へ駆け寄る。
「ああ、あっの……!」
「……、咲本」
「タオル、どっどうぞ!」
「……っ! ありがとな」
「は、はい!」
跡部はタオルを受け取って汗を拭いた。渡したからどこか行った方がいいよね。頭を下げて真田の方へ戻ろうとすると、腕を掴まれた。
「俺様のテニス、ここで見てろ」
「ははははいっ!」
ひぇぇぇ、俺様! 王様に命令されたので大人しくベンチに座った。跡部はフンッと鼻を鳴らして練習を再開した。機嫌良いのか悪いのか全く分かんない。
にしても、テニスをする跡部はいつも以上にキラキラしてる。普段の跡部の背景が薔薇だとすれば、今はキラキラ背景。うん、そんな感じ。汗を掻いても疲れた顔をしててもイケメンはイケメンなんだなぁ。
ベンチで跡部を見てて三十分ぐらい経った頃、彼の練習は終わった。こっちに近付いてくるので思わず身構える。
「どうだった? 俺様のテニスは」
「きっ、きらきら……でした」
「アーン? キラキラ? そうか、戻るぞ」
「は、はい!」
真田はまだ練習をしていたので、近くのベンチにタオルを置いて跡部の後ろに駆け寄った。その時、躓いて彼の背中にダイブしてしまった。
「ブッ!? す、すみません!」
「あぁ大丈夫か?」
「はい。……ってひぇ!?」
跡部の綺麗な顔が私に近付いてくる! ぎゅっと目を閉じると跡部は私の髪に鼻を近付けた。
「良い匂いがするな。風呂に入ったのか?」
「いいい、い、えすです……」
汗を掻いても良い匂いがする貴方には負けます。ひぃぃぃ、緊張して変な汗掻いた。
「じゃあな、咲本。また明日」
「はい、また……明日」
跡部は温泉に向かった。何だろう今のやりとり、とてもドキドキした。女の人探しはまた今度でいっか。今日はもう部屋に戻って寝よう。
********************
「まずは二人組を作ってください!」
誰もが今からするのはダブルスであると予想するであろうこの状況下、私は齋藤コーチから聞いていた。今からするのはダブルスではなく、シングルスだと。
王様にタオルを
(渡した)
(とても緊張しました)
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