迷子
白石と千歳と行動を共にしていたのにいつの間にかはぐれてしまった。この施設大きすぎて迷いそうだな、と思っていた矢先迷うなんて……運が悪すぎる。
周りに誰もいないというわけではない。ただいるのは初対面の二人、比嘉中の平古場凛と甲斐裕次郎。多分二人も皆からはぐれた。
うわぁー! めっちゃ見てる。こっち見てる。もう穴があったら入りたいしウサギの被り物があったら被りたいし、柳がいたら柳の後ろに隠れたい!
「こんな所に女がいるんばーよ」
「ほんとだ」
「…………えっと、コーチから、きっ聞いたと思い、ま、すが……か、監視役の……」
「あぁ、確か咲本?」
「は、はい」
凛に名前を覚えられていたみたいでホッとした。相変わらず二人ともジロジロと見てくるけど。
「わったーの監視役なんて別に必要ない」
「……っ」
甲斐君の一言がグサッと心に突き刺さる。この環境にもいっぱいいっぱいなのに、キツイ言葉を吐かれると耐えれなくなる。
「わ、私だって……この状況、訳わかんないし、テニス観たいだけなのに、監視役なんて……出来るわけないし、もう、もうっ……」
「わぁぁ! ひーひー泣くな」
「あーあ、泣かせたー」
「そうやって、さっき永四郎が言ってただけやっしー」
顔を包むように両頬に甲斐君の手が添えられて、少し乱暴に涙を拭われた。こんな事をされるとは思ってなかったから、驚いて涙が引っ込んでしまった。
「だだ、だっいじょうぶ、です……」
大丈夫だと言っているのに、甲斐君は私の顔をペタペタと触ってくる。止めてほしくて凛に目で訴えるけど、初対面の相手にそれが通じる事はない。
「やーの頬、モチモチしてるさー」
「し、してないです!」
「わんも」
何故か二人に頬を突いたり引っ張ったり好きなように触られて、もうどうにでもなれと抵抗するのを諦めた。しかし恥ずかしい。
「あつっ! ……顔真っ赤だ」
「本当だ。って裕次郎、こんな事してる場合じゃなかった。やーも迷ったんじゃないんば? 一緒に探すさー」
「えっ、良いんですか?」
「いいから早くするんばーよ」
甲斐君に右手首、凛に左手首を掴まれてグイグイと引っ張られる。この人達、乱暴だけど優しい。でも何故引っ張る。
「やーはマネージャーしたことあるのか?」
「はっ、はい。立海でしてました」
「じゃあテニスは好きか?」
「はい! 比嘉中の方はみんな縮地法ができて、他にも技が魅力的ですよね!」
甲斐君に質問されて勢いよく答えてしまった。恥ずかしい……。
「お、おう。それコーチから聞いたんば?」
「いえ。えっと、柳先輩から……」
ひぇぇ、あんまりペラペラ喋りすぎると墓穴を掘りそうだ。危ない。早く話題を変えなければ。
「えっと、お二人の沖縄の好きな食べ物とか、あ、ありますか?」
「沖縄はなんでも美味いさー。ミミガーサラダなんか特に美味い」
「わんはちんすこう!」
「そ、そうなんですか」
聞いてもあんまりわかんなかった。沖縄行ったことないからなぁ。沖縄料理といえばゴーヤチャンプルーのイメージがある。確か二人はゴーヤは苦手なんだよね。
「やーはゴーヤ食べたことあるか?」
「ゴーヤは、にっ苦手です」
「そうだよな! わったーも苦手なんばーよ」
「ゴーヤは勘弁」
ゴーヤがここにあるわけでもないのに、苦そうな顔をする二人に思わず笑みがこぼれた。
「やーは笑ってる方がいい」
「えっ」
「裕次郎の言う通りさー。もっとこう口角上げて笑えよ」
凛に頬を上に持ち上げられて無理矢理笑顔にさせられる。また恥ずかしくなってきた。顔の熱が上がっていき凛は「また熱い!」と言って手を離した。
それにしてもまだ皆の姿が見当たらない。誰か見つけてください。お願いします。
「貴方達、何しているんですか」
「おぉ! 永四郎!」
「やっと見つけたさー」
うわぁぁ、キャプテンきたー! 逃げるべし!
「何逃げてるんですか?」
「ヒィ!」
なるべく気づかれないように走って逃げたのに、何故追いつかれて肩を掴まれてるの!? ハッ!縮地法!
「二人ともこの方はどなたなんです?」
「監視役の咲本さー」
「ほー、あなたが」
「……」
どうしよう。怖くて泣きそう。目が合ってから怖くて逸らさないから、ずっと木手の目を見てます。目で人殺せるよこの人。確か殺し屋とか呼ばれてたっけ。
「怯えないとは、あなた中々やりますね」
怯えてますー! そう見えないだけなんです。感情が顔に出ないから。
「あああぁあの! 私仕事があるので、ししっ失礼します!」
「あっ、オイ!」
「迷ったんじゃなかったんば?」
「……何だったんですか?」
「「さぁ?」」
良かった。次は縮地法で追いかけてこなかった。それにしても木手が怖い。怖すぎる。
迷子
(仕事なんてないのに)
(逃げてきてしまった)
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