始まりはこの世界
ピピピピッピピピッ
ーー目覚ましの音が聞こえる。
「ひなた! そろそろ起きなさいよー」
ーーあ、お母さんの声。
重い瞼を開けベッドから降りると少し肌寒い。
『おはよー』
目をこすりながらリビングに入り母の姿を目にすると、何故か懐かしい気持ちになる。ジッと母の姿を見ているとそれに気づいた母は不思議そうに私を見た。
「ひなたどうしたの」
『何かお母さんに会うの久しぶりな気がする……』
「何馬鹿なこと言ってるの。それより早く学校行く準備しなさいよ。今日から大学の授業始まるんでしょ」
『え、あっ、そうなの……?』
そう返すと母は首を傾げて朝食の支度をした。
大学……。 何故か記憶がふわふわしていて何か忘れているような気がする。
********************
大学に着くと教室は人でいっぱいだった。空いている席に座ると横に座っていた女子が声をかけてきた。
「一年生だよね?」
『う、うん』
「良かった。私も一年。よろしくね」
『うん、よろしく。声掛けてくれてありがとう』
「友達は早めに作っとかないとね。あ、それ……」
そう言ってその子が指差したのは、私の筆箱についたテニスラケットのストラップ。黒いラケットにピンクのラインが入っていて可愛い。でもこのストラップいつ買ったんだろう。
「テニス好きなの?」
『あ、うん。高校まで軟式テニス部で』
「私もテニス好き! とは言ってもアニメの影響でプレイは出来ないんだけどね」
『アニメの?』
「うん。テニスの王子様って知ってる?」
ーーーードクン。
心臓が大きく音を立てた。テニプリってそこまで詳しくは知らないはずなのに、親しみを感じるのは何故だろう。
『あ、えっと知ってる。アニメを少し見ただけなんだけど……すごく、好き』
そう言うとその子は「そっか」と嬉しそうに微笑んでいた。
大学の初授業が終わると、私は先ほど話しかけてもらった女子と分かれ、寄り道せずに家へ帰ろうとしていた。大学は家から電車を使わずに通えるほど近くて、楽だ。人通りの多い横断歩道を渡るとき、金色の髪をなびかせたとても綺麗な子とすれ違った。ふと、彼女の鞄からハンカチが落ちた。
『あの! ハンカチ、落とされましたよ』
「えっ? あ、ありがとうございます。……?」
『……』
ハンカチを渡した瞬間、目が合う。こんな綺麗な人と知り合いな訳あるはずがないのに、知っている気がする。
「私たちどこかで会ってませんか?」
『えっ』
「あ、ごめんなさい。変なこと言って」
『いいえ!私も、何故だかそう思ってて……』
「ふふっ、変ですね」
最後に再びお礼を言われ、そして名前を名乗り彼女は去っていった。水無月 綺乃さん、かぁ。何故かしっくりきている。今日は不思議なことが多いなぁ。私どうしたんだろ。
********************
夜、スマホの画面を見つめていると知らないアドレスからメールが来ていた。不思議に思いメールを開けてみると、文章は書かれておらずURLだけが貼ってあった。迷惑メールだと判断し、そのメールを削除しようとするとクリックもしていないのに、何処かのサイトへと飛ばされた。
そこに書かれていたのは、
『戻りたいですか……?』
イエス・ノー
『戻るって一体どこに、』
ポロポロと目から涙が溢れる。どうしてこんな悲しい気持ちになるのだろう、そしてそれと同時にやってくる嬉しい感情。
このボタンを押さなければならない。何故かそう思った私はイエスのボタンを押した。
『あれ、急に眠く……』
********************
何だろう、この感じ。空気に包まれているような、いやむしろこの感覚は……。
『落ちてるっーーー!?』
必死に周りを見渡せば雲、雲、雲。重力に逆らえないまま、下へと落ちていく。このまま私死ぬのか、そう思った時、景色が変わった。
雲しか見えなかった視界が、複数のテニスボールへと変わった。え?テニスボール?とは言っても落ちていることには変わりない。段々と地面へ近づいて来た私はある事に気付いた。下に沢山の人がいる事に。
このままじゃ私に潰されて、死んでしまう人がいるかもしれない。
『退いてぇぇーーー!!』
「人が上から落ちてくるぞ!」
「なんだ!?」
「あれって」
「あれは……」
「咲本さん!?」
ざわざわとする声が下から聞こえてきたと思ったら、私の名前を誰かが呼ぶ。しかし既に地面との距離は短く、私はぎゅっと目を瞑った。
「咲本!」
「オイ! ひなた!」
『……はっ、い、生きてる』
私は黄色いユニフォームをきた複数の男子に受け止められたみたいだ。この人達って、あれ……あれ?
「咲本、俺たちの事を覚えているか?」
『あ、えっと……や、柳先輩。あれ、何で』
「よかった。戻ってきたんだね」
「心配しましたよ」
あっ……思い出した。いや、寧ろなんで今まで忘れていたのだろうか。私は元々このテニプリの世界にトリップしていたんだ。周りには立海の皆に、訳のわからないような顔をした、青学、氷帝、四天宝寺、他にも今まで関わってきた人達がいた。
「咲本 ひなた。直ちに本部へ来なさい」
『は、はい!』
どうして私の名前を……って私、上から落ちてきたし此処から追い出される!? 寧ろ警察に引き渡されるのかも。不安になりながらも本部の方へ足を運ぶと、黒部と名乗った男性が口を開いた。
「貴女の事は母親から聞いています。此処で主に中学生達の監視役として、働いていただきます」
『えっ、母から?』
もしかして、お母さんも一緒にトリップしてるの? 透かさずポケットに入っていたスマホを取り出し、お母さんに電話をかける。
「もしもしひなた?」
『おっ、お母さん!』
「もしかしてもう着いた?」
『ちょっ、ちょっと変なこと聞いてもいいかな。お母さんとお父さんって今どこにいるの? あ、あと私って今何歳だっけ』
「お母さんもお父さんも、神奈川の家にいます。昨日ひなたを送り出したばかりでしょう。あと貴女は春から大学生です。それよりも、黒部さんにちゃんと挨拶しておきなさいよ。お世話になるんだから。じゃあね」
『あ、はい……』
つまり、今度のトリップは両親も一緒。というか、元からこの世界に住んでいた設定になってる、のだろうか。それに今の私は元の年齢と殆ど変わりない。前のトリップは中学一年生の設定だったみたいだけど、今回は違うみたいだ。……という事は、当たり前だが皆よりかなり歳上だ。
そして高校日本代表合宿の、中学生の監視役をするのが私の役目。テニスコートへ戻り、会いたかった立海の皆の元へ走る。
『あ、あの……!』
「咲本さん、久しぶりだね」
「何故上から落ちてきたんだ」
『えっと……私もよく分からなくて』
「ここの監視役をすることになってんだろぃ」
「何があったか知らんが、お前さん大学生なんじゃろ」
『はい。ほんと私も混乱してて』
前のトリップとは違う点を皆に伝えると、変な話だと皆笑っていた。またみんなと一緒に居られる。そう思うと、嬉しさでいっぱいで泣きそうになった。
でもーーーー
『まさかまたトリップするなんて……』
始まりはこの世界
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