寄せ付けぬ 黄色き高嶺 海に咲く
パコーンパコーンとラケットでボールを打つ心地良い音が、コートに鳴り響く。大会が終わったばかりだというのに、テニスがしたいという私の願いに皆賛成してくれた。
一人一人とテニスがしたくて、私がサーブを打ち一人ずつレシーブをしてもらうことになった。まずは真田から。
「たまらん球だ。上達したな咲本」
『ありがとうございます!』
真田は熱い人だった。何事にも真面目で自分にも他人にも厳しかった。でもどこか抜けたところがあって優しい。テニス部で私と付き合っているという噂が流れた時もあって、迷惑をかけたなぁ。
『なっ!? 綱渡り……』
「これが見たかったんだろぃ」
『まぁ、はい』
ブン太を見ると何故か逃げたくなって、いつも怒られてたな。ケーキバイキングに一緒に行ったりもした。たまに見せるお兄ちゃんっぽい一面にドキッとした事もあった。
「まぁまぁだな」
『ま、マネージャーですから!』
初対面での赤也は近寄りがたかった。勉強を教えたのがきっかけで仲良くなったから、初めは年上に間違えられたな。仲良くなってからは大阪で迷子になったり思い出が多い。
「レーザービーム!」
『お、おぉ……!』
柳生との出会いは勘違いから始まって最悪だったな。でもちゃんと誤解も解けて謝ってくれて、それからはいつでも優しいジェントルマンだった。
「普通に返してごめんな。俺の強みは体力だからさ」
『いえ!』
私がジャッカルにテニスボールをぶつけてしまったのが初対面での出来事だった。いつも優しくて、私が部室前で転んだ時に、真っ先に気付いて駆け寄ってくれたのが彼だった。
「破滅への輪舞曲!ナリ」
『す、すごい……』
この詐欺師にはいっぱい騙された。でも優しい一面がある事を知っている。変な男子に付きまとわれていた時に、屋上で寝ていたらブレザーをかけてくれた。沢山騙されたけど沢山優しくしてくれたし沢山助けてくれた。ありがとう仁王。
「あと2センチ上に打点を置いた方が良い確率92%だ」
『分かりました!』
この世界のお母さん。柳といると本当安心する。生まれて初めてこんなに男子と親しくなって、甘えさせてもらった。
そして最後に幸村君。彼とは屋上で出会い、そしてテニス部みんなと仲良くなるきっかけを作ってくれた人だ。水族館でデートした時はドキドキが止まらなかった。
「咲本さん!」
『は、はい!』
「テニス部は赤也と君に任せたよ」
『……っ!』
思わず動きが止まる。飛んできたテニスボールが後ろのネットフェンスの穴にはまる音が聞こえた。
「咲本さん?」
『……あの! 私、先輩方に伝えなくちゃいけない事があるんです!』
そう叫ぶと皆は不思議そうに私を見た。
『私はこの学校に来るまで極度の人見知りで、男の人が苦手でした。でも皆さんのお陰で少しづつ友達が出来て、男の人ともまだ少し怖いですけど話せる様にもなりました。ここに、この立海にこれて私は本当に幸せです。私は皆さんが大好きです』
「急にどうしたんだよ、ひなた」
『なので!』
「っ!?」
いきなり大声で叫んだ為、此方へ近付いてきていた赤也が足を止める。
『私は元いた世界、ここではない別の世界にこれから帰る事になると思います。先輩達のお陰で自分を変える事が出来たから』
「……変わったから、帰らないといけないのか?」
「待てよ、柳! ひなたが何言ってんのか分かんのかよ」
『柳先輩は薄々気付いていたと……思います』
「咲本さんがこの世界の人間ではない。あり得ない話ですがその事は理解、できました」
「でも何故帰るって分かるんだい?」
『多分自分を変えることが、この世界にきた本当の意味だと思うんです。変わったと自覚した時自分の影が消えました。今も、影がありません』
そう言って自分の足元を見た。夕方なのにやはり私だけない。皆は信じられないとでも言ったような顔をしていた。
『……何も言わずに消えたくなかったから。消える前に本当の事を伝えました』
この世界に来た時は、家族も友達もいない世界に一人でとても心細かった。テニス部のマネージャーにならなかったら、私は今までやってこれただろうか。今までの楽しかった日々ももう終わる。
「俺たちと一緒に居たくねぇのかよ!!」
『いたいに決まってます!! ずっとここに居たい! でも、無理なんです』
本来私はこの世界にいるべき人間ではない。それは当たり前のことだ。今此処に居ること自体不思議であり得ないこと。
皆の辛そうな表情を見て、必死に堪えていた涙が溢れ出る。
「待って!! ひなたちゃん!」
何処からか知っている声がして周りを見渡す。木の影から飛び出し姿を現したのは思ってもみなかった人物だった。
『ち、チーちゃん!』
「ごめん、盗み聞きしちゃった」
「今日大会の応援行って私も学校に戻って来たの。それでテニス部を覗いたらひなたちゃんが叫んでて……。ねぇ、今の話本当なの?」
コクリと頷くと、チーちゃんは口をへの字にしてポロポロと涙を流した。
「帰ってほしくない……行ってほしくないけど、ひなたちゃん今までありがとね。大好きだよ」
『チーちゃん、ありがとう。私も大好き……!』
チーちゃんと抱き合うとテニス部の皆は私達を囲むように集まって来た。
「なぁ、ひなた。此処に来て幸せだったか?」
ブン太の問いにコクリと頷くと、皆は微笑んでいた。ふと足元を見ると、影がないだけじゃなく、体が消えかかっていた。
『多分、私が此処から居なくなると皆さんの記憶から、私という存在が消えます。でも……』
大好きです。元の世界に戻っても。
ーーおい!
ーー咲本さん!
ーーひなた!
ーー咲本!
「忘れてしまうかもしれないが、お前と俺達の過ごした時間や思い出は完全には消えない」
「いつでも戻ってこい。待っているぞ」
「退部届貰ってないから、戻ってこないと許さないよ」
あはは、そんなの、書けないじゃないですかーーーー
視界が真っ暗になっていく。あぁ、本当に皆とお別れなんだな。そう実感した。
寄せ付けぬ 黄色き高嶺 海に咲く
(あれ、俺たちなんでこんなところで集まってんスか)
(確か全国大会が終わって……あんまり記憶がはっきりしねぇな)
(何か忘れてる気がするぜよ)
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