タイムリミット
試合後、立海に戻ってきた私達テニス部は、いつも通り練習をしようとしていた。しかし突然の大雨で外での練習は不可能。体育館やトレーニング室で自主練をすることになったが、私は幸村君に手を引かれ何処かへ連れられていた。
手を引かれるままに幸村君の後をついてきたが、いきなりの事で頭がついていかない。
「着いたよ」
『は、はい。……ハイ?』
目の前にあるのは水族館。どうしてここに連れてこられたんだろう。
「雨降ってるし、室内の方が良いだろう?」
『はい……ってどうして水族館に?』
「デートだよ」
『デートって、私達がですか?』
「ふふっ、他にだれがいるんだい」
『で、ですよね』
でででデートかぁ……! 何で急にデート? なんて疑問は今は置いといて、幸村君と二人きりなんて緊張する。大丈夫かな私の心臓。
「実はここのチケット貰ったから、咲本さんと来たかったんだよね。嫌だった?」
『そそそんな! 水族館なんて久しぶりでとても嬉しいです』
「よかった」
天候が悪い為かどうかは分からないが、中に人はあまりいなかった。壁に貼られたイルカショーの宣伝ポスターを見て、雨だとイルカショー見れないなぁ、なんて思っていると、肩をポンポンと二回叩かれた。
「イルカショーは見れないけど、ほらあっち。綺麗だよ」
『わぁ……』
水槽がキラキラと光ってて、魚達がいる方へと吸い込まれそうだ。
『幸村先輩! あっちの方も見に行きたいです』
「ふふ、行こうか」
久しぶりの水族館に興奮して、幸村君を連れ回してしまった。これじゃどっちが年上か分からないや。今は私の方が年下だけど。
水槽のトンネルを二人で歩く。大きなエイを下から見上げると、やっぱり大きいなぁと感動する。上を向いて歩いていたので、幸村君が立ち止まっていたことに気付くのに遅れてしまった。
『あの、どうしたんですか?』
「こんな時間がいつまでも続けばいいのにね」
水槽のガラスに手をつけ、切なそうに笑う顔と目が合った。きゅーっと胸が締め付けられる。
「夢を、見たんだ」
『……?』
「君が俺たちの……俺の前から消えてしまう夢」
『えっ』
心臓がドキリと跳ねた。
「ただの夢なのに、本当に君が消えてしまいそうな気がするんだ」
『……っ』
そんな訳ないじゃないですか、と笑って言えたらどんなに良いだろうか。いつ消えるのかどう消えるのか分からない。幸村君に嘘を言いたくはない。でも本当の事は言えない。
ずっと此処にいたい。でもきっといつか戻らないといけない日がくる。
「……」
『えっと……』
「どこにも行かないと言ってはくれないんだね」
ーーだって私もいつまでここにいられるか分からない。
それから少しの間沈黙が流れ、幸村君は一歩一歩私に近づいて来て、私をぎゅっと強く抱き締めた。そして耳元で、「少しだけ、このままで」と小さく呟いた。
それからどれぐらい経っただろう。恥ずかしくて耐えられなくなった私は、幸村君に声をかけようやく解放された。心臓がドキドキして口から飛び出しそうだ。
「なーんてね」
『!?』
「さっきの事は気にしないで」
不意にむにっと両頬を摘まれた。顔を上げると幸村君の微笑んだ顔。冗談だよとでも言っているかのよう。本当に冗談だったの……?
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若干気まずい空気が流れながらも水族館内を回り終えた。先程のことはあまり気にしないでおこうとは思っていたものの、それは出来ずにぼんやりと館内を回っていた。なのでどんな魚を見ただとか殆ど覚えていない。
斜め前を歩く幸村君について行けば、彼はお土産コーナーで足を止めた。テニス部の皆にお土産買った方がいいかな。でも試合前に練習もせずに遊んでいたなんてバレると怒られそうだな。真田には特に。
「はい、これ」
『えっ? ……か、かわいい』
不意に手に置かれたのはイルカのキーホルダーだった。私の手の上に一つ、幸村君の手にも一つ。これってもしかして、お、お揃いというやつですか。
「イルカショー見れなかった代わりに、ね」
ふわりと微笑んだ彼の周りには花が見えた気がした。
『大切にします!』
「うん」
そうして水族館を出た私達だったが、外はまだ大雨だった。水族館で買った傘を差しながらのんびりと歩く。
「次のデートはあれに乗ろうね」
そう言って幸村君が指を差していたのは観覧車だった。コクリと頷くと嬉しそうに微笑んでいたので、こちらまで嬉しくなった。
「今日はデート楽しかったね」
『はい! 楽しかったです』
「また来ようね」
『はい!』
「次はお弁当、よろしくね」
『はい!……ってえ?』
「プッ、あはは! 約束だよ」
いつ元の世界に戻ってしまうかは分からない。幸村君が夢で見たってことはタイムリミットが迫っているのかもしれない。何故そう思うのか、自分でも分からない。でも、元の世界に戻る時は後悔しないよう戻れたらいいな……。
タイムリミット
(イルカのキーホルダー、家の鍵にでも付けようかなぁ)
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