残ったのはわたしだけ
柳と話した次の日の放課後、私はきのちゃんを中庭に呼び出した。きのちゃんは私をどう思っているのか、何故こんなことをしたのか知りたい。同じトリップしてきた者同士、仲良くしようと言ってきたのはきのちゃんだった。彼女のハイスペックに嫉妬はしたけど、勿論仲良くしているつもりだっだ。
目の前に立つのは、真剣な表情をしたきのちゃん。きっとこれから話す内容を察したんだろう。因みにテニス部の皆は呼んでいない。皆がきのちゃんが今回の件に関わっていることを知らなければ呼ぶべきだったかもしれないが、その必要はない。私一人ときのちゃんで話した方がきっと本音を口にしてくれるはずだと思うし、それに皆がいては、私達は消えてしまうかもしれない。何故ならトリップした者は恐らくこの世界の人間に、異世界から来た人間だとバレてしまうと、私達はココから消えてしまうからだ。
「私ね、元の世界で居場所がなかったの」
『えっ? う、うん』
「嫌いな子をいじめて消えたら、また嫌いな子を作っていじめて……。誰かをイジメの標的にして周りの子と一緒にいじめることでしか他人と仲良くできなかった。友達はどんどん減っていくの。当たり前よね」
他人と仲良くする方法が分からないの、と呟いたきのちゃんの表情は酷く悲しそうだった。
「……ジャージをボロボロにしたのも私。ファンクラブの人達に貴女の事を悪く言ったのも私。ドリンクを不味くしたのも私。部室の鍵だってここにある。部活終わりに、偶然当たったかのように見せかけて、ポケットからこっそり取ったの。レギュラーの写真もノートもぜーんぶ私」
全て打ち明けたきのちゃんの表情はどんどん歪んでいく。そして狂ったかのように両手を広げて口角を上げる。
「分かった?私は嫌な女なの。貴女が邪魔で邪魔で仕方なかった」
わたしが、邪魔……。そっか、私はきのちゃんにとって邪魔な存在だったんだね。
「この世界に来た時、私はとても喜んだわ。キャラ達を見れて会えて話せて、幸村先輩と同じ立海に通えるなんて夢みたいだった。なのに……それなのに、立海に行ったら、テニス部にいないはずのマネージャーがいる。その事を知った時は、絶望した。私が、貴女みたいに皆にちやほやされたかった。貴女より私の方が先にこの世界に来ていれば……、貴女なんていなければ。そう何度も考えた」
私より先にきのちゃんがこの世界にトリップしていれば、確かに変わっていたかもしれない。私に何も言わせないようにしているのか否か、きのちゃんは更に言葉を続ける。
「この世界にどうやってきたかなんて知らない。元の世界に戻る方法さえ分からない。だからせめて貴女にマネージャーをやめてほしかったのよ。皆から嫌われて……。自分のしている事が最低だって分かってた。だけど一度やったら止まらなかったの。罪悪感より満足感の方が私の中で大きかった」
仮にそれが上手くいったとしてもきのちゃんは、幸せだったのかな。私が消えればきのちゃんは……ううん。他人を虐めることに生きがいを感じているなんておかしい。駄目だ。きっときのちゃんは友達の作り方を知らないだけで、本当は優しい心を持っている。
「……ふふっ、あはは! 元の世界でもこの世界でも居場所がないなんて、私って哀れね。どこにいても孤独」
『そんな事ない、きのちゃんの居場所はあったよ』
「なに言ってるの?」
『私にはきのちゃんは皆と仲良くしているように見えた。この世界に居場所はあったんだよ。それに私には分からないけど、元の世界にもあるんだよ。きのちゃんが友達を友達だと思っていないだけ。もっと周りを見て!』
「…………っ」
『きのちゃんが優しくて努力家で何事にも真っ直ぐな良い子だって事は、分かってる。私にはないものをたくさん持っているし、正直羨ましかった。私もきのちゃんみたいになれたらなって思ってた』
「そんなの、嘘に決まってる」
『きのちゃん、私と友達になろう。もう一度ちゃんと友達になろうよ』
差し出した手を取らずにきのちゃんは首を横に振る。先程までの歪んだ表情ではなく、すっきりしているように見えた。
「元いた世界でひなたちゃんと出会ってれば私は変わっていたのかもしれないなぁ。貴女と友達になりたかった。でも私は元の世界に帰るね。もうココには居られない」
『えっ、きのちゃん……?』
目に涙を溜めながら、きのちゃんは微笑んで消えていった。最後に何か言っていたように見えたが、言葉はもう此方には届かなかった。
残ったのはわたしだけ
(ーーありがとう、ひなたちゃん。)
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