「島が見えるぞー!」
ルフィが大きな声でそう言った。ウソップとチョッパーが「おー!」と返事をする。私も返事をしたかったけど島が見えなくて何処だろうと探す。
「どこどこ!?」
「あれだ!」
まだ見つけれない私にルフィが腕を伸ばしてきた。お腹にぐるぐる腕を巻かれて、船首に座る彼の前まで運ばれた。拾われた時と同じ感覚だ。
目を開けると前には島が見える。
「わー! 見えたー!」
「うめェ肉食うぞー!」
「おー!」
それから島に着くまでルフィと一緒に船首に座っていた。ここに座るのは初めてで、ここから見える景色は最高だねと彼に言えば、そうだろおれの特等席だと太陽のような笑顔で返された。眩しい。
「渚ちゅわーん! おれと一緒に回ろう」
「うん、約束してたしね。買い出し行こ!」
ナミからお小遣いを渡されて、サンジと一緒に船を降りる。今回の島は平和そうな島だった。服や雑貨、食材が売っている通りを2人並んで歩く。
隣の彼を見ると新しい煙草に火をつけていて、その仕草に色気を感じた。年下なのにこんなにも色気が溢れ出るとは。
じっと見つめていると不意に目が合って、何故か彼は眉を下げた。
「……もしかして、顔に何かついてる?」
「ふふっ」
「えっ!?」
「デートみたいで楽しいね」
「デートォォォ!?」
「あれ? 違うか」
「ちッッがわないさ! さァプリンセス、二人きりのデートを楽しもう」
……可愛いな。
それから肉や魚やら沢山必要な食材を買っていく。荷物が増えていくのに、彼は決して私に荷物を持たせようとしない。紳士だ。
「食材を選んでるサンジってとても真剣でかっこいいよね」
「えっ!? そう言ってもらえるなんて光栄だな」
「あ、そうだ。お酒も買っておこうっと」
ちょうど酒屋の前を通り、足を止める。何本か買って夜飲みたくなった時に飲もうかな。
「渚ちゃん、この島限定の酒があるぜ」
「島限定!?」
限定のものは買わないと。きっと美味しいはずだ。酒屋の奥から店主らしきおじさんが出てきて、笑顔で島限定の酒を指差した。
「お嬢ちゃん、飲める口かい? それならこの酒は気に入ると思うぜ。ちょっと味見していくかい?」
「良いんですか!?」
なんて親切な方なんだと感心しながら、お酒を試飲する。飲んだ事のない変わった味だが、まろやかで美味しい。サンジも試飲して、美味しいねと言い合った。
「このお酒、買えるだけ買います」
「はっはっは! 相当な酒好きだな。じゃあこの一番大きいのはどうだ?」
「お願いします!」
お金を渡しておじさんから瓶のお酒を受けとる。重いのでサンジが持ってくれようしたが、流石に自分のものなので断った。
「お酒、どこに置いておこうかな。キッチンに置いてても良い?」
「あァ、良いよ」
一度荷物を置きに船に戻ろうかと話していたら、サンジが突然私の腕を引いて街の端へと連れて行った。
「どうしたの、サンジ」
「……渚ちゃんは隠れる必要ねェんだが」
彼の視線の先には正義の文字が書かれたコートを着ている人達が歩いていた。多分、あれが海軍。初めて見た。彼らが去っていくのを確認してサニー号に向かう。
「この島ではゆっくり出来そうにないな」
「そっか、残念」
曲がり角からまた別の海軍が歩いてくるのが見えた。サンジは綺麗な女の人にメロリンしていて気付いてない。咄嗟に彼のネクタイを引っ張って店の中に入った。
「うぉッ!?」
海軍がこちらに気付かず歩いていくのが見えて、ホッと息を吐く。サンジの両手が荷物で塞がっていたので思わずネクタイを引っ張ってしまった。
「ごめんサンジ。大丈夫?」
「……ハイ」
サンジの顔は驚いているのか照れているのか多分両方だと思うけど、真っ赤に染まっていた。
「もう町の女性は見ない。君しか見ないよプリンセス」
「戻ろっか」
サンジがおかしくなってしまったけど、放っておいたらそのうちいつもの彼に戻るだろう。
サニー号に戻って、買ってきた食材を運んでいく。お酒もキッチンに隠しておいた。
「お酒、ここに隠しておくから飲んじゃだめだよ」
「了解」
「間違えて料理に使っても駄目だからね」
「ははっ、そんなに心配しなくても大丈夫さ。君の大切なものだからね」
何やら外が騒がしくてキッチンから出て街の方を見ると、ルフィ達がこちらへ走ってきているのが見えた。後ろに海軍を連れて。
慌ててサンジに声を掛けて船を出す準備をする。
「逃げるぞー!」
大慌てで皆が船に乗り込み、海軍から逃げた。追われる身って大変なんだなと実感した。次の島ではゆっくりできると良いなと思いながら、小さくなっていく島を見ていた。
数日後、取っておいたお酒が無くなっている事に気づいた。
「ここに隠しておいたお酒がない……」
「昨日の夕飯の時まであったのは見たけど」
「どこか転がっていったのかな。それとも誰かが……いやそんな、隠しておいたのにまさか」
「じゃあキッチンはおれが探しておくよ」
「ありがと! 聞き込み調査行ってくる」
「おう、行ってらっしゃい」
お酒がなくなったのは昨日の夕飯以降。昨晩、船は大きな揺れはなかったし転がった可能性は低いと考えられる。お腹を空かせたルフィが食料庫に侵入することは以前にあったらしいが、ルフィはお酒を好んで飲まない。一番可能性が高いのはやっぱり……。
「ゾロ、昨日の夜……お酒飲んだりしてない?」
「酒? あー、昨日の晩に飲んだな。酒を探してたらキッチンに1本あってよ。変わった味だったが美味かったな」
「えーーーーーーー!?」
大声を上げた私の元へ何だ何だと皆が集まってきた。ナミ達にどうしたのか尋ねられるが答える余裕はなかった。
「バカバカバカバカゾロのバカ!」
握り拳を作ってゾロの胸をポカポカと叩いた。
「何だよ急に!」
「……ったく、やっぱりお前だったか。教えてやるよクソマリモ。お前が昨晩勝手に飲んだお酒はな、渚ちゃんが飲むのをずっと楽しみにしていた島限定の酒なんだよ」
「島、限定……」
「可哀そうにな。あんなに楽しみにしてたのに」
「サンジー!」
一緒に怒ってくれるのが嬉しくて、サンジの胸を貸してもらって泣きつくと彼は鼻血を出して倒れた。仕方ないので自分の腕で目を隠して泣いた。
「それはゾロが悪いわ」
「そうね」
「ゾロだな」
「謝れゾロ」
「おれも楽しみにしてた肉取られたら嫌だもんなー」
ナミとロビンに続いて皆の言葉が続く。皆から言われてゾロはばつの悪そうな顔をしていた。
「ガキじゃあるめェしそんなに拗ねることじゃねェだろ。酒ぐれェ次の島で別の買ってやるから」
ブチッ
「何だ? 今の音」
「多分渚の堪忍袋の緒が切れた音ね、チョッパー」
「うおっ!? 渚の後ろに黒いもやもやが見えるぞ! 渚は能力者だったのか!? 何の実だ!」
「んなわけあるかルフィ。これはスーパー怒ってるぞ」
皆の声を聞き流しながら、私は目の前にいるゾロに怒っていた。
「ゾロなんて知らない。筋トレしすぎて筋肉爆発しちゃえば良いんだ」
「んだそれ」
謝るまで許さないんだから。すっごく楽しみにしてたのに。まさかあの量を一人で飲んじゃうなんて。
「次の島でちげェ酒買うっつってんだろ」
「あの島限定のお酒が飲みたかったの!」
「もうねェんだから無理なもん言うな。お前おれより年上なんだろ。酒飲まれたぐれェで騒ぐなよ」
「……っ、私が我儘言ってるみたいじゃん」
「そっ……」
「もう、ゾロなんてだいっき……」
「それは言わねェ方が良いと思うぞ」
突然ルフィの腕が伸びてきて、掌が私の口を塞ぎ言葉を遮る。一気に頭が冷えた。ルフィが止めてくれなかったら、ゾロに大嫌いだと言ってしまっていた。ルフィの真剣で大人な顔に、自分の言動が恥ずかしく感じてきて顔が熱くなる。
言い合いしたところでどうしようもないのに。ただお酒を飲まれただけでこんなに怒って馬鹿みたい。皆に申し訳なくて、ごめんと謝って女子部屋に逃げ込んだ。
「あーあ、泣かせたわね」
「ちゃんと謝ったほうが良いと思うぞ、ゾロ」
「……」
ナミとウソップに言われ、ゾロは頭をかいた。
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渚が怒ってから数日が経過した。クルーは2人の様子を見守っており、2人とも食事の時間になれば顔を出すが、2人が話すところを見た者はいなかった。
ゾロが甲板で筋トレしている様子をウソップとナミは椅子に腰を下ろして見ていた。
「まだ喧嘩続いてるのかよ。ゾロも早く謝れば良いのに」
「まあゾロだからね。渚も意外とあんな一面があるなんて驚いたけど」
「怒ったところ初めて見たな。それにしてもゾロ、どことなく元気ないよな。最近は甲板で筋トレしてることが多いし、トレーニングルームに行ってもボーっとしてるぜ」
「渚もよ。前は筋肉がどうたら言ってたのに最近は大人しく本を読んでるし。そのうちどっちかが折れるでしょ」
「そうだな。長く続きそうならおれが手を貸してやるか」
一方、アクアリウムバーで読書をしていた渚の元へ、サンジがやって来た。
「渚ちゅわーん! ティータイムにしようぜ。今日のお菓子は紅茶のシフォンケーキさ」
「……」
「渚ちゃん?」
「あっ、ごめん。イチゴのショートケーキ?」
「いや、紅茶の……」
途中で話すのをやめて静かに去っていったサンジに疑問に思いながらも、アクアリウムバーでボーッとしていると、イチゴがのった紅茶のシフォンケーキを持ってきてくれた。
甘くて美味しかったけど、1人で食べるのは悲しかった。サンジ、いつもティータイム誘ってくれるのに。
魚を眺めるのも読書をするのも飽きて、外の空気を吸いに行く。釣りをしていたルフィを見かけて声をかける。
「ルフィ」
「おう、渚。どうした?」
「この間のお礼言えてなかったと思って。それに謝らないと」
「んー、何かあったか?」
「私がゾロに大嫌いって言おうとしたの止めてくれてありがと。それに雰囲気悪くしちゃっててごめんなさい」
「まあおれも嫌いって言われたら嫌だしな。早く仲直りしろよー」
「うん、ごめんね」
「おれはお前らが楽しそうにしてる方が好きだ」
彼は私の頭に手をポンポンと乗せた後、また釣竿を持って海を眺めていた。
仲直り……しなきゃいけないんだけど。そもそも喧嘩というよりかは私が怒っているだけで。でも流石にお酒飲まれただけで怒りすぎた。元の世界で言えば学生と社会人の年の差だし。
もう何日もゾロと話してないし、どうやって話を切り出せば良いのかも分からない。
頭を抱えてまたアクアリウムバーに戻った。
「ロビン」
「あら」
バーにはロビンがいて、声を掛けたら彼女は微笑んでこちらを見た。
「元気ないわね。まだ喧嘩中かしら」
「うん。どうしよう、どうしたら良いんだろう」
「そうね。貴女が逃げていたら謝りたくても謝れないと思うわ」
「そんな、私逃げてる?」
「最近食事を終えたら部屋にこもるか、ここに来るかじゃない? いつも甲板かジムかダイニングにいるのに」
確かに言われてみればそうだ。アクアリウムバーに来ることなんて、前はほとんどなかったのに最近毎日ここに来てはボーッとしている。部屋でも時間を忘れて読書していたし。
「引きこもって逃げてたね、私」
「元気のない貴女より、目を輝かせているいつもの貴女が良いわ」
「うん……、ありがと、ロビン」
「ええ」
また甲板に来た。バーと甲板とを行き来してばかりだなと思いながら、空を見て上に身体を伸ばす。
後ろからおい、と声をかけられて思わずびくりと肩上がった。黙ったまま逃げ出そうとすると手首を掴まれる。
後ろから掴まれた手を振り解こうとしてもびくともしない。黙ったままの彼は何だか怖くて泣きそうになる。
次の言葉を待つしかなかった。何を言われるんだろうと怖くて後ろを振り向くことも出来ずに下を向く。
ゾロは消えそうな声で悪かった、と呟いた。私より身体は大きいのに、まるで子犬のような弱々しい姿にキュウと胸が締め付けられる。
溜め息を吐くと掴まれていた手の力が弱くなったので、手を振り解き彼の正面に立った。
「…………、もう人のお酒飲まないでね」
「おう」
「次の島でお酒買ってね。絶対だからね」
「おう」
「あとお店でも飲むからね、付き合ってね」
「わかった」
「……ごめん、私も言い過ぎた」
「……」
やっと、数日振りにゾロと目を合わせた。目が合った時の彼の目は少し戸惑っていたように感じた。
「大人気なかったね」
「おれも言い過ぎた」
肩をすくめて微笑むと、ゾロも口角を上げた。
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次の日、甲板で騒ぐ2人の姿を見てウソップとナミはあっ、と顔を見合わせた。
「ゾロ、筋トレ行こう!」
「行こうって渚は鍛えねェだろうが」
「私は見る専門なんですー。見てくれる人いなくて寂しかったでしょ。今日はじっくり見てあげるからね!」
「うるせェ。涎垂らすなよ」
「先に上に行くからね」
「この間まで一人で行けなかったくせによ」
「全く。やっと仲直りしたみたいね」
「ゾロ、寂しかったの否定しねェんだな」