「……っ」
朝起きたら声が出なかった。熱っぽくはないから風邪ではないだろう。声を出そうとしたら喉が痛くなる。そういえば昨日どうやってサニー号に戻ってきたんだろう。誰かが運んでくれたのだろうか。申し訳ない。
喉は後でチョッパーに診てもらうとして、朝食の時間までにお風呂に入りに行こう。身体を温めたら喉も治るかもしれないし。
静かな船内を歩き、大浴場へ向かう。まだ日が昇っていないからまだ皆寝ているだろうなと思っていたら、後ろから声を掛けられて心臓が飛び出そうになった。
「起きるにはまだ早ェんじゃねえか?」
ゾロはこの時間起きているんだった。びっくりしてまだ心臓がドキドキしている。
「声出ねえほど驚いたのか」
首を縦に振り、持っているタオルと着替えを指差して今からお風呂に入ること伝えると、ゾロは理解したようで男部屋に入っていった。
お風呂で体を温めて声を出そうとしてもまだ喉は痛いだけだった。女子部屋に戻ると、ドアの開く音でナミが目を覚ました。
「おはよう。お風呂行ってたの?」
「……」
「渚?」
ナミが不思議そうに私を見るので、喉を指差すと彼女は目を丸くしていた。
「もしかして、声出ないの?」
コクリと頷くとナミは私の手を引っ張ってチョッパーのいる医務室に向かった。
「チョッパー! 渚のこと診てあげて! 声が出ないのよ」
「えっ!? 渚、診せてみろ!」
チョッパーの前の椅子に腰を下ろして口を開ける。ナミ達の声が聞こえたのか、ルフィが医務室に顔を出した。
「なんかあったのか?」
「ルフィ。それが……渚、声が出なくなったの」
「なにーー!? 大丈夫か!? 大丈夫だったら返事しろ!」
「だから声が出ないって言ってんでしょ!」
喉以外身体は元気なので大丈夫だと頷くと、ルフィはホッと肩を撫で下ろした。
「チョッパー、渚は大丈夫なのか!?」
「喉が炎症してるな。でも大丈夫だ。この薬を飲めば炎症を抑えられるからな」
そう言ってチョッパーは薬を私に渡す。粉薬かァ。あんまり好きじゃないな……なんて子供っぽいことも言ってられない。
「チョッパー、渚はこの薬イヤだってよ」
「!!」
ルフィが私の顔を見てそう言った。なんで分かったの。驚いてルフィの顔を見ると彼は二ッと笑った。
「そんな顔してたから分かる」
流石船長だ。
「そうだろ!」
「でも薬飲まなきゃ治るのに時間がかかるぞ?」
錠剤だったら良いんだけど……。指で丸を作ってチョッパーに見せるが彼は首を傾げた。
「治らなくても良いのか?」
「やっぱり飲むってことじゃない?」
……私ジェスチャー下手なのかも。
「これくらいの大きさのやつが良いって言ってる」
「錠剤か!」
頭を縦に振った。意思疎通出来ることが嬉しくてルフィの手をギュウと握ったらキョトンとされる。
「なんだァ? 急に」
「おーい、飯が出来たぞー」
「めしーーーー!!」
サンジの声が聞こえるとルフィは目を輝かせてダイニングに走って行った。
「……動物的本能ね」
「誰の事だ?」
「船長の事よ」
心の中でナミに同意しながら小さく笑った。私達もダイニングに行き、席に着く。
「ナミすわァん! 渚ちゃんおはよーん! 今日も女神の様に美しい。ああ、こんなに素敵な女神達を毎日拝むことが出来るなんておれは何て幸せ者なんだ……」
「ハイハイおはよう」
薬は飲んだもののまだ声は出ないので、にこりと笑うとサンジは胸を押さえた。
「!! 朝からそんなに可愛い笑顔を向けてくれるなんて……!」
「うるせえ」
「なんだとクソマリモ」
ゾロとサンジの喧嘩が始まってしまった。二人とも朝から元気だな。騒がしい中、朝食を食べているとチョッパーが私の声が出ないことを皆に伝えてくれた。
「渚ちゃんの可愛い声が聞けないだと!?」
「しっかしなんで喉が炎症してるんだ?」
頭を抱えて叫ぶサンジを横目にウソップが私に問いかける。首を傾げるとブルックが口を開いた。
「昨日強めのお酒を飲んだって言ってませんでした?」
「ああ、それでか」
朝食を済ませて甲板に出ると、ルフィとウソップ、チョッパーが走り回っていた。相変わらず元気だ。
「渚、身体冷やすんじゃねえぞ!」
私に気づいたチョッパーが走りながら言う。今日は暖かいから体が冷えることはないだろうから大丈夫、と握り拳を作って胸の前で上下に振るとチョッパーは考える仕草をした。そこへウソップが来て口を開く。
「一緒に走りたいんじゃねえか?」
「そうなのか!?」
違うと顔の前で手を振ると、二人は私に手を振り返した。可愛いけど違うの、バイバイじゃないの。
「面白れェこと思いついたぞ! ジェスチャーゲームしようぜ!」
「「なんだそれ面白そうだな!」」
ウソップの提案に、チョッパーとルフィが食いつく。そしてどこから取り出したのか、ウソップは私にまるばつ棒を渡した。三人はとてもキラキラした目で見てくるので断ることが出来なかった。
誰かの真似をしたらいいかなと思って、腕を伸ばすルフィの真似をしてみせた。
「えーっと、筋肉大好き。触らせてー?」
棒を使ってウソップに不正解だと伝える。そもそも私そんなこと突然言わな…………言うか。
それから皆の真似をしてみたけど、ルフィにも分かってもらえず落ち込んだ。早く声が出るようになりたい。
「麗しのプリンセス、喉に良いドリンクをお持ちしました」
サンジがドリンクを持ってきてくれた。お礼を言いたいが私の下手なジェスチャーじゃ伝わらないので、口パクで話そうとしたら、ルフィ達にドリンクを配っていてこちらを向いていなかった。服の裾を軽く引っ張り、サンジの視線が私に向いたところで口元を見てほしくて自分の口に指をあてた。
「ん? ……!!」
お礼を言おうとしたらサンジは目を丸くしていて、思わず口を閉じた。何に驚いているのだろう。
「そんなご褒美をもらっても良いのかい!?」
……ご褒美?
サンジは私の手を取って自身の背中を丸めたかと思えば、顔と顔の距離が近くなる。もしかして、キスのおねだりしたみたいになってた!? サンジの胸筋を押して頭を横に振ると眉尻を下げて笑っていた。冗談だったらしい。彼の事だから拒否らなかったらそのまましていた気もする。
ドリンクを飲んで一息つく。先程まで遊んでいた三人はいつの間にかどこかに行っていた。
急にゾロの筋肉が見たくなってジムに向かったが、そこには誰もおらず花壇の近くで刀の手入れをしているのを見つけた。気配で気づいたのかゾロはすぐにこちらに視線を向ける。
「危ねえから近寄んなよ」
コクリと頷いて少し距離をあけて腰を下ろした。
「ここにいんのか?」
またコクリと頷く。そういえば声出ねェのかと思い出したかのように彼は一人納得したように私を見た。
「……今朝」
「?」
「本当に声出なかったんだな」
「……」
「暫く酒は飲めねえな」
「!?」
「ブハッ、目飛び出しそうだったぞ今」
声を上げて笑うゾロを見て可愛いな、と口角が上がる。いつも私ばかり話している気がしていたので、ゾロから話してくれるのがとても嬉しかった。
「もうすぐ終わるから大人しく待ってろよ」
「……」
「トレーニングジムに行きてェんだろ?」
「!!」
ぶんぶんと頭を縦に振ると頭を撫でられた。……なんだか今日のゾロは、甘い。
刀の手入れが終わるのを待ち、ジムに向かうゾロの後をついて行く。トレーニングを始めた筋肉の動きを見ていたら幸せな気持ちになってきた。重そうなダンベルを持ち上げ盛り上がる上腕二頭筋、前腕筋、大胸筋……鍛え上げられた全身の筋肉が動いていて目が足りない。
すると突然筋肉の動きが止まり、疑問に思いゾロの顔を見ると目が合った。
「……」
「?」
首を傾げると「何でもねえ」と言って目を逸らされる。飲み物かタオルか何か欲しかったのかな。最近のゾロは何でもないが多い気がしてモヤっとする。
「……言ってくれなきゃ分からないよ」
「!!」
「あれ? 声が出る!」
「チョッパーの薬が効いたか」
「そうみたい」
早速チョッパーに報告しに行こうかと思ったけど、その前にゾロに聞きたいことがあった。
「ゾロってもしかして大人しい子が好きなの?」
「突然なんだよ」
「今日はいつもより優しかった気がするから」
「渚はいつも通りでいろよ」
「うん? ……って違う! ゾロの好きな子のタイプを聞いてたの」
「それを知ってどうするんだ?」
「そんな子がいたら協力してあげようかと」
「……」
「な、なに……?」
眉をひそめてジリジリと近づいてくるゾロに思わず後退りする。ああ、筋トレ後の筋肉はいつもより魅力的で目が離せない。しかしそれよりもゾロの顔が怖い。
「その鈍感な頭を何とかしろ」
「ど、鈍感?」
「おれの事をもっと意識しろって言ってんだ」
「いたっ!」
涙が出るほどの強さでデコピンされた。年下扱いされて怒った? 怒ったゾロはさらに言葉を続ける。
「胸筋だの腹筋だの、身体ばっか見てんじゃねェ。おれを見ろ」
「え、はっはい……」
「それと好きなタイプだったか。鏡でも見れば分かるんじゃねえか?」
「かがみ……?」
「……言っておくがもう遠慮しねえぞ」
私が頷くとゾロは私に背中を向けて歩いて行った。筋肉を見すぎて嫉妬した?
でもおれのこと意識しろってまるで……。
「……」
ボンッ。顔が爆発した。