「499……500! 凄いよ、ゾロ! 今日もナイス筋肉」
タオルを渡すとゾロはお礼を言いながらタオルを受け取った。そろそろお昼だし食事の準備を手伝おうかな、と思っていたら下からでっけー! とルフィの声が聞こえた。
「ルフィか?」
「うん、どうしたんだろう」
下に降りてゾロと一緒にルフィの方へ向かうと大きな海王類がサニー号の前にいた。
「こいつ捕まえて食おう!」
前もこんなことあったっけ、と思い出しながら今度は船から投げ出されないように、ゾロから離れて手すりにしがみついた。
「おい、渚」
「どうしたの?」
「……いや、何でもねェ。また落ちんなよ」
「うん」
「……」
「……?」
何か言いたそうだけど何だろう、と首を傾げる。しがみついている手すりと彼の様子を交互に見て閃いた。
手すりから手を離して揺れる船に足を取られそうになりながらも、ゾロの元へ駆け寄る。そして彼の服をぎゅっと握った。
「おれに掴まれよ、って言ってくれたら良いのに」
「んなこと思ってねえ」
「目が言ってた」
「言ってねえ!」
否定しながらも彼は私の手を振りほどこうとはしなかった。
「ゴムゴムのーーーー!」
一方でルフィは腕を伸ばして海王類に力強い拳を入れる。海王類が気を失ったところでルフィがゾロを呼んだ。
離れた方が良いかな、と思って手を離すとゾロは私の腰を持って自分の方に引き寄せた。ふわふわの大胸筋が私の顔に押し付けられて、胸筋と上腕二頭筋に挟まれる。
彼は私を支えていない方の手で抜刀し、風の刃で海王類をバラバラに切った。
刀を振る時に上腕二頭筋が硬くなって、それを間近で見れて……幸せすぎて死んじゃう。
ゾロは刀を鞘に納めて、私を支えていた腕の力を緩めた。
「今日はサービス精神旺盛だね、ゾロ……」
「はあ? 何言ってんだ」
船の揺れもおさまったので彼は私から離れた。貴重な経験をした私は体の力が抜けて膝から崩れ落ちる。
「サンジー! でっけー魚が捕れたぞ。飯だー!」
「おう、今日はご馳走だ」
荒くなった息を整えながら、散らばった魚の破片を回収してキッチンに向かうサンジに手伝うよと声をかけたら、彼は嬉しそうに振り返りお礼を言った。
「渚ちゃんは魚料理で何が好きかな?」
「何でも好きだけど、強いて言えばお刺身かな」
「了解。早速飯の支度をするか」
彼がご飯を作る間、甲板にテーブルを出したりコップを並べたりして料理が出来上がるのを待った。
中から運ぶの手伝ってくれとサンジの声がしたので、キッチンへ向かう。
「ありがとう、渚ちゃん。飲み物運んでもらってもいいかい?」
「これだけで良いの? もっと持っていくよ」
「あとは野郎どもに持って行かせるから大丈夫さ」
「ふふっ、分かった」
飲み物を両手に持ちながら、皆にご飯が出来たことを伝える。伝えたは良いものの、足元で絡まっている芝生に気付かず、足を引っかけて転んでしまった。
「いたた……」
「大丈夫か渚ー! この前の額の傷治ったばかりなのに」
「チョッパー、今日は額怪我してないよ」
「良かった。どこも怪我してないな?」
「うん、大丈夫……あれ、何か忘れてるような」
周りを見回すとゾロが頭からずぶ濡れになっていて、こちらを見ている。自分の両手を確認したら持っていたドリンクがない。彼の足元に転がるビンは私がさっきまで持っていたもの。理解するのに時間がかかったけど何が起きたのか分かった。
「ごめん、ゾロ。……ウッ!」
「渚、鼻血が出てるぞ!? やっぱり転んだ時に鼻をぶつけたんじゃ……」
「チョッパー、多分違うと思うわ」
「ロビン?」
「筋肉に張り付いたシャツ……いや、シャツに張り付いた筋肉……? さいっこう」
鼻を手でおさえても止まらない血。だって濡れた白シャツが透けて筋肉がくっきり見えてるんだよ。興奮しない方がおかしくない!?
興奮する私に周りは呆れながら食事の準備に戻った。
ずっと見ていたいけど彼をずぶ濡れにしてしまったのは私のせいだ。
「すぐ拭くもの持ってくる」
「先に自分の鼻を拭け」
「そうだ! 渚、ちょっと屈んでくれ」
チョッパーが私の鼻にティッシュを詰め込んだ。申し訳ない。
「ゾロ、風呂入って来いよ。ちょうど良かったじゃねえか、前に入ったの何日前だ?」
「……覚えてねえな」
ゾロとウソップの会話に疑問を抱く。
「何日前だってどういうこと?」
「ゾロ、全然お風呂に入らないのよ。ルフィもだけど」
「えっ、お風呂って毎日入るものじゃないの?」
「普通はね」
ナミから皆のお風呂事情を聞いたら、毎日入っているのは私達女性とサンジだけらしい。能力者はお風呂に入ると力が抜けるから入りたがらないらしい。でもゾロは能力者でもないし筋トレで汗をかいているし、毎日入らないと。
「私が背中流すよ! お風呂掃除もついでに出来るし。よし、今から行こう」
「行くわけねえだろ」
「洗ってあげた報酬に腹筋触らせてね!」
「話を聞け」
パコーンとゾロに頭を叩かれた。
「渚ちゃんが背中を流してくれる!? 何て贅沢なサービス! おれの背中を流してくれー!」
「アンタたち二人が行ったら風呂場が血だらけになるわ!」
パコーンとナミがサンジの頭を叩いた。
痛い頭を自分で撫でていると、同じく痛みを耐える涙目のサンジと目が合って笑いあった。
結局そのままゾロはお風呂に入らずタオルで身体を拭いてご飯を食べていて、余程お風呂に入るのが面倒なんだなと分かった。
食事を終えて船内を歩いていたら、ウソップに呼び止められて足を止める。
「ちょうど良かったぜ」
「なになに?」
「これやるよ」
渡されたのはペンのような小さな棒だった。ボールペンっぽいけど、どうして急にプレゼントを……?
「何かあった時、自分を守れるアイテムだ。まっ、何もないのが一番なんだけどよ」
「私のために?」
「おう! このスイッチを押すと目の前にシールドを張ることが出来て、どんな強い衝撃も一度だけ防げるようになってる」
「すごい! ありがと。ナミの武器もウソップが作ったんでしょ? 発明家なの?」
「フフンッ! 天才発明家と呼んでくれ」
「天才だと思う。ほんとすごい!」
素直に褒められると照れるな、とウソップは人差し指で鼻の下を触っていた。
「試しに使ってみるか?」
「うん! 使いたい!」
甲板に出てウソップが私に向かってパチンコを構えるので、ペンのスイッチを押す準備をして身構えた。
「ななななにしてんの!?」
焦った様子でナミが二階から下りてきて、私とウソップの間に立った。
「新しいアイテムを発明したから試そうと思ってよ」
「渚が怪我したらどうすんのよ馬鹿!」
「大丈夫だよ。強い衝撃も防げるんだって」
「アンタは信用しすぎ! ちょっとは疑いなさい」
「ええ……。だってウソップだし」
「渚……」
「ウソップだからよ!」
「ひでェなオイ!?」
ナミは私がウソップの作ったアイテムを使うのは反対らしい。大丈夫だと思うけど、彼女は心配性なんだなァ。
「一回やってみようよ。どんな感じで防御されるのか見てみたいし」
「じゃあ……、ゾロ!」
甲板で昼寝していたゾロをナミが指を差しながら呼んだ。
「なんだ」
「代わりにこれ使って。ゾロなら何があっても大丈夫でしょ」
「ええ!? 私が使ってみたい!」
「あー、じゃあゾロは渚を守って!」
「んだそれ。心配ねェだろ」
「念のためよ、念のため」
「よーし、じゃあ撃つぞー」
ウソップが再びパチンコを構える。ゾロは面倒くさそうに私の隣に立つ。ウソップの掛け声と共にパチンコの弾がこっちに向かってくるので、ペンのボタンを押したら目の前に半透明のシールドが出てきた。
「わっ!」
弾はシールドに当たり、衝撃を受けた反動で風が起こる。風圧で後ろに吹き飛ばされそうになるのを必死に耐えるが、ズルズルと足は後ろへ下がる。横にいたゾロが私の背後へまわり、私の体を支えた。
後頭部に彼の大胸筋が当たる。これはまるでふかふかの枕。思わず目を閉じると、気を抜くなと後ろから怒られた。
少しすると風圧はおさまって、ウソップにハイタッチしに行った。
「すごいすごい! ちゃんと防御出来た」
「おう! でも改良が必要だな。また持ってくるぜ」
「うん、ありがと」
ウソップはペンを持って船内に入っていった。ナミとゾロにもお礼を言うと、ナミは「ヒヤヒヤさせないでよね」とため息を吐きながらみかんの収穫をしに戻った。
「ゾロの胸筋って安定感あるね」
「それ褒めてんのか?」
「勿論! しっかり鍛えられている証拠だよ」
「よく分かんねえな。……何だその手」
手をわきわきさせながらゾロににじり寄って行くと、彼は眉を顰めた。
「胸揉ませてー!」
「お前はエロ親父か!!」
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翌日、ゾロが通った後石鹸の香りがした。クンクンと彼の身体に鼻を近づける。
「ゾロ、今日はいい匂い」
「あー、さっき風呂入ったからな。……って、ちけェ」
「広背筋に抱き着いていい?」
「やめろ」
「いい匂いのシャンプー使ってるから明日貸してあげる」
「女物のシャンプーなんざ使えるか」
「ええ……いい匂いなのに」
自分の髪を持ち上げて匂っていると、自分の上に影が出来た。不思議に思って見上げると、ゾロの顔が近くにあった。彼の方からこんなに接近してくるのは珍しくてドキリとする。
「び……っくりした。どうしたの?」
「確かにそうだな」
「な、なにが」
「匂い。いいな」
「そうデショッ。だから貸してあげるね」
「ブッ、声裏返ってんぞ」
「ゾロのせいでしょ」
人には近いって言ってくるくせに、自分から近づいてくるんだもん。背後に立たれてるから筋肉さわれないし何もできない。
「シャンプー持ってくるから、明日もちゃんとお風呂入ってね」
自分から近づくのは何とも思わないけど、近づいてこられたら緊張する。もしかしてゾロも同じだったり、……しないか。
火照った顔を髪で隠しながらに逃げた。後ろから「いらねえぞ」と聞こえたけど、聞こえないふりをした。