ハートの海賊団にお世話になってから数週間が経った。ローは私が日本から来たことを信じてくれているらしく、この世界の事を教えてくれる。ロビンから色々教えてもらっていたけど、まだまだ知ることはたくさんあるようだ。
一人で船内を歩いていると、食堂のテーブルに新聞が置いてあったので、手に取って記事を確認する。その中の写真の一つに目がいった。マフラーで口元を隠した男が写っている。
「……ッ、」
美しすぎて思わず息を呑んだ。まるで……彫刻のような筋肉。
上腕二頭筋と上腕三頭筋、大胸筋、腹筋もすごいし、腹斜筋がこんなに鍛えられているなんて。
すごい、すごい、なんて綺麗な筋肉なの……!
こんな素晴らしい筋肉の人は滅多にいない。とりあえず両手を合わせて拝んでおこう。この記事を保管しておきたいけど、誰かに聞いてみようかな。出来ることなら生で見てみたい。
不意に人の気配を感じて不思議に思って目を開けると、目の前には見たことがあるハートの刺青の胸筋があった。
「あれ、どうしてここに?」
「一応聞くが、何をしていた」
「素晴らしい筋肉を拝んでました」
彼は頭に手を当てて大きく溜息をついた。感動するものが目の前にあったら拝んでしまう。それは仕方がないことだと思う。新聞を手に取って呆れるローに話しかける。
「この新聞って貰ってもいい?」
「何に使うつもりだ」
「鑑賞用に部屋に飾りたくて」
「ダメだ」
「じゃあ、この人の記事だけでも……!」
彼は私から新聞を取り上げてもう一度ダメだと言った。背伸びをして手を伸ばすが届かない。ジャンプしたらさらに高く上げられたので諦めることにした。
カメラがあれば素敵な筋肉を取って毎日眺めることが出来るのに。そういえばこの世界のカメラってどんなのだろう。
「この記事の男を知らないのか?」
「有名人なの?」
「手配書を見たことないのか」
「うん」
「手配書を見せるから来い。それとこの男はビッグ・マム海賊団のシャーロット・カタクリ。億超えの賞金首だ」
手配書の存在は知っていたけど、実際見たことがあるのは麦わらの一味のものだけだった。この素晴らしい筋肉の人も賞金首なんだ。……ってことは手配書があるということだよね。手配書がゲットできれば筋肉鑑賞が出来るのでは。
ローの後ろをついて行きながら考えていると、不意に彼は立ち止まったので背中に顔をぶつけた。痛む鼻を擦りながら顔を見上げた。
「ど、どうしたの?」
「手配書に写ってるのは顔だけだ」
「そんな……」
それだけ言って彼はまた歩き出す。ショックを受けている私を見て鼻で笑っていた。
ローの部屋に着き、机の上に並べられた手配書を確認する。怖そうな顔ばかりだけど、麦わらの一味の手配書を見て彼らは手配書から優しさが溢れ出てるよなァなんてほっこりしながら思った。
手配書の中にはこの間会ったシャンクスさんもいて手に取った。
「この間、赤髪海賊団の人たちと一緒に飲んだの」
「四皇だぞ。勘違いじゃねえのか」
「……」
「……なんだ」
彼から目を逸らした。全然信じてくれない。きっとルフィだったら「すっげーな!」って信じてくれるのに。……でもまあ信じすぎる方が珍しいのかもしれない。
「キャプテーン。いるー?」
「ああ」
ガチャリとドアが開き入ってきたのは、ベポだった。部屋の中の雰囲気にベポは首を傾げた。
「あれ、何かあった? キャプテンすっごいへこんでる」
「えっ、へこんでるの?」
「別にへこんでねえ」
長い付き合いのベポが言うんだ。分かりにくいけど彼はへこんでいるらしい。でも何故。悲しいのは私の方なのに。
「何の用だ」
「ハクガンがちょっと見てほしいってー」
「分かった。ベポ、渚に手配書を見せてやってくれ」
「アイアイキャプテン!」
ローはスタスタと部屋を出ていき、ベポと部屋に残される。返事しているベポを見て、可愛い返事だなと思った。アイアイキャプテンと小さく呟くと、私の声が聞こえたのかベポが振り向いた。
「渚も言いたいの?」
「うん、言ってみたい」
「じゃあ次から一緒に返事しよー」
「うん!」
じゃあ練習、と言って何度か一緒に返事の練習をした。ここでの癒しの存在は間違いなくベポだな、と思った。
「渚ってキャプテンのこと好き?」
「え? うん好きだよ。でも何考えるのか分からないことが多いかも」
「キャプテンって渚のこと大好きだから分かりやすいと思うよ」
「嫌われてないのは分かるけど、大好きってほどじゃ……。お願いは聞いてくれるけど」
「そうだ、ガルチューしたらきっと喜ぶよ」
「ガルチュー?」
こうするんだよと頬ずりをされる。ふかふかの毛が気持ち良くてうっとりして目を閉じた。ミンク族は頬ずりしながら挨拶をするらしい。でも嫌われてないとはいえ、ミンク族ではないローにそんなことをしたら怒られて船を下ろされるんじゃ……。
「まだ船を下りたくないのでガルチューは却下で! ロー相手に出来るわけないよ」
「すいません」
「ええ!? ごめん、怒ってないよ!」
頭を下げてしょんぼりするベポの腕をポンポンと叩いた。打たれ弱いのかもしれない。
「じゃあキャプテンが喜ぶこと教えてあげるよ」
「ほんと?」
すると用事を終えたローが部屋に戻ってきて、ベポが私の手を引いた。
「キャプテン、ハグしよー」
「何だ急に、やめろ」
ベポと一緒にローに抱き着く。再会した時に感極まって抱き着いてしまったから、彼に抱き着くのは二回目だ。前回はすぐに離されてしまったが、ベポと一緒だからだろうか、何も言わない。
彼は胸筋が見える服を着ているため、抱き着くとちょうど頬に胸筋が触れる。ほっそりしているように見えてしっかりと鍛えられている。胸筋に触れているだけでうっとりして幸せな気持ちになる。
小せェなと上から聞こえた。怒ってはなさそうだけど、これはどういう反応なのかベポに視線で訴える。
「喜んでるよ」
「……ベポ」
ローがベポを睨んだ。ベポは何とも思ってないみたいだけど、この空気に耐えられなくて口を開いた。
「言葉足らずですれ違うのって嫌だし、もっとローの事教えてほしい」
そう言うとローは一瞬目を見開いて次の瞬きで目を逸らした。そして長く溜息を吐き、何かを決心したのか真剣な目の彼と目が合う。
「……心臓に悪ィ」
え、今心臓に悪いって言った? 聞き間違いかと思って首を傾げてベポを見ると、彼も首を傾げていた。
「お前が落ち込むところを見るのも、そうやって首を傾げるのもおれの心臓に悪い」
「えっと……」
「その戸惑ってる顔もだ」
指をさしながら言ってくるけど、どうしよう混乱してきた。彼が何を言っているのか分からない。
考えて考えて導き出した自分の答えに嘲笑する。以前、彼に自分の事が好きなのか聞いたことがある。肯定も否定もされなかったけど、彼の態度でなんとなくわかった。だけど自分を好きになる要素が分からない。
嫌われていないなら少し揶揄ってもよさそうだ。
「とりあえずローは私の事が大好きってことが分かった」
「おれの言った通りでしょ」
「うん、そうみたい」
「んなこと誰も言ってねえ!」
「キャプテンは素直じゃないね」
「これはツンデレって言うんだよ、ベポ」
「誰がツンデレだ!」
怒っている彼を横目にベポと笑いながら部屋を出ようとしたら、ローに名前を呼ばれた。椅子に座るように言われたので説教かもしれない。
「手配書ちゃんと見たのか」
「説教じゃなかった」
「は?」
「手配書は何となく見たよ」
「何となくじゃ駄目だ。覚えておいた方が良いやつらだ。目を通しておけ」
四皇と王下七武海、最悪の世代、億越えの奴の手配書だと言って並べられる。危険な人物だから、と。見知った顔はバギーって人を除いて皆優しい人で、他の人も良い人なんじゃないかって錯覚を起こしてしまう。実際、ここにいる彼だって見た目は怖いけど、優しい。
「一通り目は通したよ」
「そうか」
「部屋に戻ってもいい?」
「……」
「あれ、聞こえてない?」
本を読むローに再び話しかけるが無視される。本に集中してしまったのかもしれない。静かにドアを開けると、ベポがドアをノックするところだった。
「あっ、渚。おれと食事当番だってー」
「そうだった。ごめん、すぐ行くね。……そうだ、ローは何食べたい?」
「米と魚。それと飯の前に全員に話があるから伝えてくれ」
「「アイアイキャプテン!」」
「ウッ!」
突然ローは胸をおさえて背中を丸めた。一体どうしたのかと、ベポと一緒に彼の元に駆け寄る。
「どうしたのキャプテン! 心臓痛いの!?」
「渚、心臓に悪ィからやめろ。止まったらどうすんだ」
「えっ私!? ベポと同じように返事しただけなんだけど!」
ローがおかしくなってしまった。頭のネジが外れてしまったみたいに。これはきっとブルックのスカルジョークのようにスルーするのが一番だ。うん、きっとそう。
夕飯を作りにキッチンに行き、ベポからキャプテンはおにぎりと焼き魚が好きなんだよと教えてもらったので、和食を作った。夕食時に彼の前に料理を出すと何となく目が輝いているように見えて思わず笑みがこぼれる。
よく見たらローは分かりやすい人なのかもしれない。