05
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頭が真っ白になっていた。
正気を取り戻した時にはもう、黒い獣は地に臥していて、赤とも黒とも見分けのつかない血液を辺りに撒き散らしたあとだった。
ひどく鼻につく
鉄のにおい。
ああ。私の頭はいつからこんなにもファンタジックな『夢』を描くようになったのだろう。
「……大丈夫か、あんた」
ああ。英雄みたいに刃物を翳すこの彼の顔に見覚えでもあったなら、馬鹿げた『夢』により磨きがかかったに違いない。
「でもさ、ここ一応立入禁止区域≠ネんだよ。一般人でもそのくらい知ってるよな?」
英雄みたいな少年は、いかにも「呆れました」という声色でそう吐いた。
そんなことはどうでもいい。
さっきからずっと、鼓動が煩くてたまらない。心臓が宙返りでもしているのかと思うほど。
「アンタが此処に居たことは黙っといてやっからさ、取り敢えず立ってくンねェかな」
覚めない夢はないだなんて、いったい誰の名言よ。
「………………シカト?」
覚めて。
覚めて。
早く覚めてよ。
「───……りたい」
かえりたい。
私の居るべき場所へ。
私が迎えるべき朝へ。
私が、
知っている世界へ───。
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