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事情を察して、学は龍を医療棟の三階にある第一救護部隊の隊長室へと通した。耀はあっさりと龍と別れたが、まだ何か企んでいるようだった。
別に、耀に何か秘密を握られたからといってどうということはない。寧ろ彼はどちらかといえば信頼できる人間だ。ただ、事が落ち着くまで、琉奈の存在をあまり人に知られたくない―――それが迅らの考えなのだ。特に琉奈自身を思いやってのことである。
「ああ、聞いてるよ。美人のネエちゃんを保護したんだってな」
学はタワーに提出する龍の「健康診断書」をサラサラと適当に書きながら、言う。
「地球人だったんだろ? そりゃあテメエらでしっかり護ってやらねえとな。……お前、血液型何型だ?」
「O型だ。
言われるまでもねえよ。ただ面倒なことになってる」
「面倒なことって何だ。さっそく手ぇ出しちまったのか?」
「実際は秋が砂里に行って琉奈を発見したんだが、俺たちが勝手に任務を取り替えたことをタワーに付け込まれねえように、俺が砂里に行って琉奈を保護したってことになってんだ」
「はあ、なるほどな。で、お前が件の失踪事件に巻き込まれた、と」
―――言って、学はペンを握る左手を止めた。そして暫し思考する。
「……ちょっと待て。それじゃあ辻褄が合ってねえだろ」
頭脳明晰な彼には何か引っ掛かるものがあったらしいが、龍は全然ピンと来ない。
「何がだ」
「お前は砂里に行って琉奈を保護して失踪したのか? それとも、失踪した後に琉奈を発見したのか? ―――前者なら、彼女もろとも失踪≠オたってことになっちまうだろ」
「いや、そうじゃねえ。俺は危うく失踪事件に巻き込まれるところを何とか脱け出して、そこで初めて琉奈を発見して保護した、ってことにしてる」
「……失踪事件に巻き込まれるところを、何とか脱け出して?」
自分の言葉を繰り返されて、龍は確かに、それがなんだか意味不明であると気付いた。失踪というのは、居なくなって初めて失踪≠セ。すぐに帰ってきてしまったら、それはもう失踪≠ナはない。
例えば護豪業人の失踪が幽云の仕業だとすれば、その幽云に出会した、戦った、砂の中にズルズル引き込まれた―――ところを何とか這い上がって難を逃れた、というのなら、筋は通っているだろう。しかし、砂里での失踪事件の原因はまだ判っていない。幽云の仕業とも言い切れないのだ。
「お前、そんなんでタワーを言いくるめられたのか?」
「言いくるめるのは迅の仕事だ。タワーが何も追及してこねえってことは、上手くやったんだろうよ」
「……ここだけの話だが、タワーは今朝になって砂里での失踪事件を組織の重要機密事項に加えたんだよ。もしかしたら、お前らのでっちあげた情報を鵜呑みにして、勝手に調査を始めちまうかも知れねえぞ?」
「……いいじゃねえか、調べれば」
「馬鹿野郎。十中八九、迅はタワーに、失踪事件には幽云が関わってると言ったんだろう。しかも、スキルドマスターであるお前がヤられちまうほど強い幽云……ってことになってんだ。すると自然、調査団は実績のある護豪業人どもで構成される。―――だが実際は敵が幽云だとは限らない」
「……幽云以外に、敵が居るか」
「わかんねえだろう」
学は懈げな眼をちょっと引き締めて、睨むように龍を見た。
「まあ何にせよ、お前ら一味が阿呆みてえなヘマさえしなけりゃ、保護権を剥奪されるようなことはねえだろう。タワーはお前らを買ってるし、ここいらじゃ信頼がある。俺も協力してやる」
窓の向こうに、小鳥の飛んでいるのが見える。どこかに巣でもあるのか、何羽もいた。その内の一羽が十数メートル先の木に留まったかと思うと、ガサッと木の葉が揺れて、小鳥が墜ちた。小鳥だけではない。葉っぱに紛れて、小さな獣も一緒に落ちた。
なんてことはないただの捕食の光景に、龍はやたらと胸糞悪くなってしまった。嫌なものを見た、と思って、すぐに視線を逸らしたが、どうもあの墜ちる獣≠ェ頭から離れそうにない。―――そして、突然消えた仲間を捜して、虚空を躍り狂うように羽ばたく他の小鳥たちの姿もまた、龍の脳裏によく焼き付いた。
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