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 ―――どういうことだ。


 耀(ヨウ)は、タワーのエントランスホールに備え付けられた報告書提出用≠フコンピュータを睨みながら、眉根を寄せた。

 彼は、喉に刺さった小骨みたいに鬱陶しい何か≠、きのうからずっと腹に抱えていた。それは一概にコレだとは言い切れない、とても複雑でこまごまとしたものだった。秋の態度や〈砂里〉での事件、そして治安警備隊―――。一つ一つは、そうたいしたことじゃない。秋にだって隠し事の一つや二つはあるだろうし、こんな世の中のどこで神隠し≠ェあったって不思議じゃなかろう。治安警備隊との衝突だって日常茶飯事と言っていい。

 ただ、耀には、これらに何かしら関連性があるように思えてならなかったのだ。少なくとも、迅が〈砂里〉について調べていたことと、秋の隠し事≠ノは恐らく何らかの繋がりがあるだろう。

 きのうの朝、耀は龍にも会った。しかし、その時、彼には変わった様子はなかった。だからきっと、そのあと、彼ら一味に何か≠ェあったのだ。それで秋は隠さねばならない事情を抱えてしまって、一味の中で最も賢明な迅がそのことについて調査しにタワーにやって来た。―――推測だが、多分そんなところだろう。剰えそれに政府直属の治安警備隊が絡んでいるとすれば、ずいぶんと大層な話になるのだが。

「何だってのさ」

 とにかく、それらを紐解く鍵は〈砂里〉にあると見て、耀は今朝もまた監理システム≠フ機密情報を拝読していたのだった。

 ―――が。

 午前九時過ぎにページを開いた時にはきのうと全く同じことが書かれていたのだが、それから二時間弱経った今、見ると、情報が書き換えられている。

 ―――否、そこには『砂里護豪業人失踪事件』という、新たなページが加えられていたのだった。

 なにが耀を驚かせたって、それは彼も見たことのないレベル8≠ニいう、でたらめに重要でべらぼうにナイショのページに指定されていたのだ。パスワード入力フォームは、ちょっとした日記が書けるぐらいのスペースがある。

 耀は口笛を吹くように口をすぼめた。これは、深く思考する時の彼の癖である。切れ長で涼しげな目元は、次第に鋭い光を帯びていく。彼は時間切れ≠ナコンピュータがスリープ状態になるまで、ずっと考えていた。

 ―――この二時間の間に、何かあったに違いない。タワーは〈砂里〉に関する何かを掴んだのだ。しかし、それは事態の悪化≠ヘたまた事実の脅威≠孕んでいて、いよいよ危険視したタワーは失踪事件の旨を丸々機密情報庫の奥のさらに奥へとしまい込んだ。

 ならば、たった二時間で何があったという。失踪していた護豪業人がふらっと帰って来て、「いやぁ、大変な目に遭ったぜ」なんてことを言ったのか。


 耀はスリープしていたコンピュータを叩き起こした。そして、今度は護豪業人専用の情報交換場である〈共有センター〉にアクセスした。そこには様々な噂や憶測、誰も知らないくだらない事実とか、ただの近況報告とか―――デマも含めて多くの情報が、他でもない一介の護豪業人によって書き込まれている。


 『霞巽(カソン)一味』


 耀は、そう題されたスレッドを開いた。〈霞巽〉を拠点とする秋らの一味のことだ。彼らは一味の全員が若くしてスキルドマスターということもあり、もはや知らぬ者はいないと言ってもいいほど名を馳せている。
 そんな有名人≠ナある彼らの実績(斃した幽云の数や獲得した報奨と、それらから推測される護豪業人としての地位≠ネど)が無断で晒されるのは、至って自然な流れであろう。この〈共有センター〉にもそのような個人情報が溢れかえっているのだ。

 与えられた任務を遂行すると、護豪業人にはそれに見合った報酬が出る。タワーは「誰にいくら支払ったか」をちゃんと管理しているのだが、これが実のところ、ちゃんと♀ヌ理できていない。だからその情報はダダ漏れで、ちょっとでもハッキングをかじったことのある人間なら簡単に掴み得るものなのだ。


 耀の見たページには、龍が、タワーから莫大な報酬を得たことが書かれてあった。―――しかも、今朝だ。

 この情報はかなり新しいものだった。書き込んだ者は匿名であったが、まあ十中八九、龍のファンみたいなものだろう。彼にはそういうのが腐るほど居る。


 耀は〈共有センター〉のページを閉じて、次は〈護豪業人データベース〉という画面を開けた。本来ならばここで自らのパスコードとIDを入力して自分専用のページを閲覧するのだが、今回は小細工をして、他人のページに侵入した。

 もちろん、龍のページだ。

「ほおお……」

 耀はにやりとした。

 確かに、今朝、龍に四十万禄(ロク)もの金が支払われている。これは、耀が一ヶ月に貰う額よりずっと多い。ちょっとやそっとの幽云を斃したぐらいではこんな報酬は出ない。

 ―――いったいどんな強敵とやり合ったんだ?

 耀は、龍に出された一番最近の任務を見た。


 そして。


 『八月八日 午前十一時十八分
 任務地 ―――砂里』


 頭の中に、何かが弾けたみたいな衝撃が走った。








  
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