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 迅と龍がアジトに帰ってきたのは、午前十時半頃だった。二人とも何事もなかったような顔をしている。

「どうだった?」

 二人の姿を見るなり、琉奈はすくっと立ち上がってそう尋ねた。迅はにこにこ微笑みながら「上手くいったよ」と答えると、そのまま彼女の後ろを通り過ぎた。
 談話室の一角、地上へ続く階段とほぼ対角に、クリーム色のカーテンがかかっている。その奥は台所である。迅はカーテンを勢いよく開けて、その向こうへすたすた歩いて行った。

「迅と一緒だったのか?」

「いや。タワーを出る時にちょうど逢った」

 龍は秋の隣、琉奈の斜向かいにどかっと腰かけた。その時、琉奈は初めて、彼の腰のベルトにホルスターが吊り下げられていることに気が付いた。もちろん、その中には拳銃が収まっている。驚きはしなかった。ふうん、と思って、琉奈はまた腰を下ろした。

「ちゃんとごまかせたか?」

「大したことは訊かれなかった。寧ろ、俺をエサ≠ノしようとしたことを謝ってきたぐらいだ」

「ひひっ。奴さん、オメーがブチ切れてンじゃねェかとヒヤヒヤしてたんだろうぜ」

 龍が「そんなことでキレるか」と吐き捨てたところで、迅が台所から戻ってきた。手には盆を持っていて、その上には水の注がれたグラスが四つ。あと、皿に盛られたビスケットらしきもの。

「ありがと」

 迅はまず琉奈の前にグラスを置いた。それから敢えて皆に聞こえる声で、「秋ったら、気の利かない子でごめんね」と言った。

「うるせー」

 秋は口を尖らせたが、誰よりも早くグラスに手を付けて、誰よりも先にビスケットをぼりぼり食べた。

「―――で、んなことより、迅」

 食べ滓がポロポロ落ちる。

「どんな具合だったんだ」

 四・五枚食べて、ようやく手を止めた。

「何てことはなかったよ。
 龍が〈砂里〉で事件に巻き込まれたのだけれどこれはどういうことですか、って詰め寄ったら、タワー側は急におどおどし始めてね。琉奈を発見したと伝えても、それどころじゃないような雰囲気だった」

 タワーはそれだけ〈砂里〉での失踪事件に手を焼いているということだ。

「誰がオメーの相手したンだ?」

「統制局の局次長と、管理部の部長と、あと数人。調査課の人たちだろうけど、顔見知りは居なかった」

 護豪業人頭脳派統制局管理部調査課=\――この世で起こるあらゆる事件の解明を仕事としている部署である。ここには情報通が多いので、迅たちにもいくらか知り合いは居るのだ。

「琉奈の保護権を容認してもらう代わりに、〈砂里〉での失踪事件に手を貸そうかと言っても、現段階では判断し兼ねる、我々は事態を甘く見ていた、とか何とか」

「龍がヤられちまったんだから、そりゃあ焦るだろうな」

 正確には、ヤられちまったことになってる、だ。

「ただ局次長さんだけは終始冷静でね。なんだか小難しい誓約書にサインさせられちゃったの」

 迅は一時間近く、その書類とにらめっこしていたのだという。内容は「護豪業人としての自覚を再確認せよ」だとか、「あなたたちが規定を犯せば、如何なる理由があろうと異界人の保護権を剥奪しますよ」だとか。中には「異界人が我々に危害を加える恐れがある場合はそれを直ちに幽閉しますので、報告しなさい」なんてのもあったそうだ。

「こういう言い方は良くないかもしれないけど、〈砂里〉でのゴタゴタのおかげで、琉奈のことを上手くはぐらかせたんじゃないかな」

 迅は複雑そうだった。

「まあ結果として琉奈はタワーに拘束されずに済んだわけだ。作戦成功ってことでいいじゃねェか」

 呑気な声で言って、秋はグラスの水を一気に飲み干した。







  
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