03
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正体不明の違和感≠ェ、頭の中を行ったり来たりしている。この女とオレのあいだに在る目には見えない隔たりが、その違和感≠フ由来であることだけは明白だ。が、それはつまりアレだコレだと、簡単に片付けることはどうも不可能な気がしてならない。
だから、もうこれは片付けずに放っておくことにした。気にしなければ、気にならない。―――よく龍がそんなふうなことを言うのだが、なるほど、今ならその意味がちょっと分かる。
「ねえ、迅、まだかな」
「ねえ」という声の、そのあとの言葉は耳に入らなかった。まるで小さな子どもが半ベソかきつつ母ちゃんの服の袖を引っ張りながら言う「ねえ」みたいだったからだ。見るからに気の強そうなこの女が、こんなガキみてえな声出すのか、と驚いた。じっと見ていると「何よ」と言われた。
「……まだかな」
時間が経つにつれて、琉奈は頻りにその言葉を繰り返すようになった。どんどん落ち着きがなくなっていくのが見てとれる。
「だから、心配要らねェって」
オレが何度そう言っても、琉奈の眼の曇りが晴れることはなかった。ただ、明らかに不安そうなのに、強がってそれを表情に出すまいとしているのは、いじらしくて、まあ悪くない。
「もうだいぶ時間経ったよ?」
「経ってねェよ」
まだ九時半にもなってない。
「もしかして、叱られてるのかな」
「誰に」
「タワーに」
「まさか。オレはどっちかってェと、龍が上手く嘘を吐けたかどうかのが心配だぜ。少なくとも迅は利口にやるさ」
琉奈はガラスのテーブルに視線を落として黙り込んだ。けど、オレが喋り出すと、すぐに顔を上げてこっちを見た。
「心配性なのな、オメー」
「そんなことない」
「だろうと思った」
「何よそれ。アンタが言ったくせに」
不満げな顔はまたガキみたいだな。からかいたくなる。
「意外だった」
「何が?」
「もっと無関心な奴だと思ったからさ。出逢って間もない迅のこと、そんなに心配してンのがちょっと意外だ」
オレがそう言うと、丸々三秒くらい沈黙を挟んで、琉奈はぷっと吹き出した。
「そうよね、本当は自分のこと心配しなきゃいけないのかも。でもなんだか吹っ切れたの。あんまり深く考えたって仕方ないし。それに―――」
それに?
「私のことはアンタたちに任せるって決めたから。
だから今は、私のためにリスクを背負ってくれてるアンタたちのほうがずっと心配なの」
何かからかってやろうと思ったが、面と向かってそんなことを言われるとこっ恥ずかしくて、もうなんにも言えなかった。
琉奈も言ってから後悔したのか、
「ま、アンタのことは心配なんかしてやらないけど」
なんて付け足してそっぽを向いたので、今度はオレが吹いてしまった。
「何よ」
「別に」
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