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 〈3〉


 会議だ。

 秋がそれだけ告げると、龍は何も言わずに自室から出て来た。彼はとても気怠そうにしている。二人は談話室に向かう途中でこんな会話をした。

「お前、琉奈に何か言ったろ」

 お互いに顔は見ずに。

「何のことだ」

「あいつ、ここから脱走しようとしたんだと」

「……気の強そうな女だったからな」

「ンなこたどうだっていいよ」

「だったら何だ」

 龍が冷めた声でそう言ったときにはもう談話室への入口が間近に迫っていたので、秋はそれ以上の会話を諦めた。

「……なんでもねェ」





 ◇


 〈砂里〉の護豪業人が相次いで失踪していること、そしてタワーがその事実を公表していないことを迅が伝えると、秋は首を傾げて「失踪ォ?」と怪訝そうにした。

「一地域とはいえ〈砂里〉を任せられるってこたァ、それなりの功績がある護豪業人だった筈だぜ?」

 〈砂里〉は幽云多発地帯である。故に、そこを担当する護豪業人が生半可な戦士であってはいけない。優秀な護豪業人は担当地域を複数兼任するものだが、〈砂里〉担当の護豪業人は、その地域面積の広さと危険性ゆえ、他地域との兼任がない―――絶対常駐≠フ特別区だ。

 つまり、力のある護豪業人をそこだけに注がねばならぬほど、〈砂里〉は危険視されているのである。しかし、裏を返せば―――というか、秋からしてみれば、力のある護豪業人≠ェそう易々と失踪などするものか、という疑問を抱かざるを得ない。

「それに、何だってそれがタワーの弱み≠ノなるんだ?」

 秋はソファの背凭れに身を預けて、どかっと偉そうに足を組んだ。けれど一応、自分の足の裏が誰かのほうに向くことだけは避けた。マナーが悪いとよく迅に叱られるのだ。

「これが、ここ数ヶ月〈砂里〉を担当した護豪業人のリストなんだけど」

 言って、迅はポケットから小さく折り畳まれた紙切れを取り出し、ガラスのテーブルの上に広げて置いた。やたら折り目がついていてかなり見づらい。なんでもかんでもポケットに入れようとするのは迅の悪い癖だ。几帳面な割にこういうのは気にならないのか。―――ただ、折り目は少しも歪んでいないので、やはり彼は几帳面なのだろう。

「……あ、こいつ知ってる」

 秋は足を組むのをやめてつと前のめりになり、紙切れの、上から三番目の男の写真を指差した。ひげ面のごっついオッサンだ。

「〈差頓〉の酒場で一回会って、なかなかイケる口だったんで奢ってやった」

 ああ、名前も確かこんなだったっけな、と秋はあまりよく憶えてはいないらしい。

「このオッサンも消えたのか?」

 秋が尋ねると、迅は「このリストに載ってる護豪業人はみんな、今も失踪中だよ」と深刻そうに答えた。

「ふーん」

 けろりとしていて、何も気に留めていません、という表情をする秋を見て、琉奈は何となく嫌な気持ちになった。けれど、口にはしなかった。


 リストには五名の護豪業人の顔写真とプロフィールが載ってある。

「今朝失踪したのがこの人」迅は一番上の写真を指した。「コンバットナイフの使い手だったみたい」

 色黒の男だ。歳はちょうど三十だが、それよりちょっと若く見える。

 リストを見通して、龍はあることに気が付いた。

「全員、接近戦型だな」

 確かに皆武器がナイフだの大剣だの、生粋の単純攻撃タイプ≠ナある。飛び道具を装備している者は一人も居ない。見るからに力自慢がずらり。

「そう、そこがポイントなんだ」

 迅は頷いたが、秋は「なんで?」と首を真横に折る。

「今日の〈砂里〉への任務は、誰が行った?」

 オレだ、と秋が答えた。

「でも、秋に出された任務じゃなかったんでしょ」

「ああ、本当は龍への指令だった。取り替えたんだ」

 秋はまだ解らない。

「そうさ。タワーは本当は@エに行って欲しかった」

 琉奈も、必死で理解しようとするが、付いて行けない。


 しかし龍は閃いたようだった。


「接近戦型≠ナない俺が行けば、何か判るんじゃねえかとタワーは踏んだ―――そういうわけだな」

 腕を組んで溜め息を吐く。

「俺は〈砂里〉の謎を解明するためのエサにされたってことか」


 そこで、琉奈は思い出した。あからさまに武器≠掲げている秋とは違って、迅は、丸腰だった。まだ陽の高かった時分、彼女はそのことについて迅に尋ねたのだ。その答えを聞きそびれていた。


 そして、彼は―――
 龍は、どうなのだろうか。


「秋。君、まだタワーにこの件の任務完了報告を出してないね」

「おう」

 護豪業人には与えられた指令を遂行した後にしなければいけないことがある。それが〈任務完了報告〉である。新米の護豪業人の場合はこれが〈任務完了報告書〉の作成・提出になるのだが、秋たちは新米≠ナないのでこんな面倒なことはしなくてよい。

 ただ、護豪業人に出される任務はタワーの裁量でランク付けされていて、重要度≠ニいうものがある。
 最も重要度の高いランクS≠フ任務を与えられた護豪業人は、それを無事遂行した際、或いは経過毎に、新米でなくとも〈報告書〉を提出し、しかも直接タワーに趣き自らの口でお偉方に詳細を説明しなくてはならない。
 一方、最も重要度の低いランクC≠フ任務は、遂行したところでタワーには何の報告も必要ない。―――といっても、タワーは幽云の生体信号の強弱、そして有無を逐一キャッチしているので、護豪業人が幽云の駆逐・掃滅に成功すれば、ちゃんと分かる仕組みになっている。だから報告しないからといって、タダ働き≠しているわけではないのだ。

 だが、何の音沙汰もなく「ハイ終わり」では体裁上問題だろうというので、実際のところランクC≠フ指令はあまりない。タワーから護豪業人に出される指令は、無線での「任務完了」の一言を義務付けるランクB≠ェ殆どなのである。

「あの任務はランクA≠セった、よな?」

 秋が龍を一瞥する。龍は、そうだと頷いた。

 単に「どこそこに現れた幽云を退治しなさい」という指令では、滅多にランクA≠ノは位置付けられない。その重要度が意味するのは、救出すべきもの≠フ存在である。

 つまりランクA≠フ任務は、「どこそこで誰かが幽云に追われているので保護しなさい」とか、「幽云がどこぞの民家を襲撃しているので何とかしなさい」とかいう具合に、常に要救助者≠救う目的を孕んでいるのである。

 今回は、琉奈を〈砂里〉から連れ出すことが任務だった。だからランクA≠ヘ然るべき重要度だ。そしてそれの遂行後には、保護した要救助者≠ノ対しどのような処置を取るかを判断するため、その場でタワーに連絡し、「こいつどうする?」といったことを訊かなければならない。タワーが「こっちに連れて来い」と引き続き命を下すこともあれば、「安全を確保したのならもうよろしい。ご苦労」ということもある。

「〈砂里〉では無線が繋がらなくて、それで、もういいかと思ってそのまま琉奈をタワーに連れて行こうとしたンだ。その時は何も考えてなかったし、オレも困惑気味だったから、タワーに行かなきゃと思った」

 しかし、歩いている内に、このままタワーに連れて行くのはマズいんじゃないかと思い直したのだと秋は説明した。

「下手に何か報告するのも危うく思えて、タワーにはまだ任務が終わったことすら伝えてねェ」

 うん、と迅が小さく頷く。

「まだ龍≠ヘ任務から帰還していない―――それが今のタワーの認識である筈だ」

 だとしたら。

「……だとしたら、おかしくないかい?」

 またいち早く、龍が理解した。

「なるほどな」

 秋はこれでもかというほど眉根を寄せ寄せ「どういうことだよ」と問いかけた。それには迅が答えた。

「連絡必須のランクA≠ナ、要救助者保護の報せをしていないのに、これだけ時間が経ってもタワーから僕ら≠ノ問い合わせがない」

 …………。

 沈黙に包まれた。

「俺が任務に手こずってると判断したら、ふつう、一味であるお前や迅に援護の指令を出すか、そうでなくても何らかのアクションを起こすだろうが」

 なんで解らねえんだというささやかな苛立ちを込めて、龍が補足する。

「オメーが任務から帰って来なかったことなんてねェから分かんねーよ。何らかのアクションってのは、例えばどんなだ?」

「……ちっ」

「おい舌打ちすンじゃねぇ」

 あわや喧嘩に発展しそうだったので、慌てて迅が割って入った。

「つまりさ、『龍はまだ任務から戻らないか』って訊いて来るのがふつうでしょ?」

「……そうかぁ? オレなんかしょっちゅう報告忘れっけど、なンにも言われねェだろ?」

 秋がそう吐くと、龍は「テメエと一緒にすんじゃねえよ」と吐き返した。二人の間で見えない火花が飛び散っている。

 そんな中、一連のやり取りを黙って聞いていた琉奈が、はっとした顔で呟いた。

「タワーは、」

 秋も迅も、そして龍も、一斉に彼女のほうを見る。

「龍が帰ってないと、思ってるのね」

 彼女はゆっくり俯いて、

「やっぱり@エも失踪したんだと思ってるってことよね?」

 突然ぱっと顔を上げた。

「分かってるから、だから、迅や秋に連絡しない。―――戻ってないのかなんて訊いたりしない」

 琉奈が最も端的に解説してくれたので、秋もそこでようやく理解したらしい。ああ、と大きな声を出した。

「そうか、そういうことか!」

 やっと解ったか、と龍は溜め息を吐き、迅は「あはは」と苦笑いをした。







  
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