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「今日はもう暗いから駄目だよ」
迅は秋と同じことを言った。
彼がアジトに帰って来た時にはもう、外は確かに真っ暗だった。それでも琉奈はちょっとだけ渋ったが、迅が言うのでは仕方がない。幽云がたくさん出て危ないから。しばらくゆっくりしてほしいから。君のためだから解ってね。―――そんな優しい口調に、結局彼女は説き伏せられたのだった。
「でも、うん。なんだか少し元気になったみたいだし、琉奈が大丈夫なら明日にでも外を探検してみるかい?」
秋はぎょっとした。噎せてしまうほどに。「正気か?」という視線を迅に向けると、迅はいつも通りにっこり微笑んで言う。
「僕に考えがある」
小屋の中が、一瞬、しんとした。
「地球人を見つけたこと、その人物は無害であること、当人が霞巽に留まることを望んでいること。―――これらを伝えた上で、僕らがタワーに直々に琉奈の保護を申請する」
琉奈は時々二人の顔を見比べながら、黙って聞いている。秋は左手で顎に触れて、考え込んでいる様子だった。
「それじゃダメだ。五人目≠ェ死んだ時、タワーは次こそ護豪業人には任せないって宣言したンだぞ。寧ろオレの規定違反≠突っついて、琉奈を分捕ってくに違いねェ」
「だろうね。僕もそう思う」
あっけらかんと迅がそんなことを言ったので、秋は眉を顰めて「なんだそりゃ」と吐いた。琉奈も同じような反応をした。
「君が琉奈を内緒で§Aれて来たことで、僕らは確かに分が悪くなった。僕らはある意味、タワーに弱み≠握られたんだ」
「だから、オレらの意見は通らねェって言ってんだ」
秋がムッとしたので、迅は「まあ聞いてよ」とにこり。
「僕が秋でも、同じことをしたよ。君がしたことは間違いじゃない」
「回りくどいンだよ。つまるところお前の考え≠チてのは何なんだ」
初見の数式に出くわした受験生みたいに難儀そうな顔をした秋に、琉奈が初めて口を出す。「もう。黙って聞きなさいよ」
「弱みを握られた僕らの意見を押し通すためには、方法が二つある」
迅の団栗眼がふと悪い色をした。腹の底から滲み出るような黒い$Fだ。秋も、どきりとした。
「一つは、強引に、力で押し通す」
彼の腹黒さを秋は知っている。敵に回してはいけない、一番厄介なタイプ―――それが迅なのだ。
「そして、もう一つは、」
迅は、今までとは違う笑みを浮かべた。
夜より黒い、笑みを。
「タワーの弱み≠ノ、僕らも付け込む」
この一見可愛らしい、まだほんの子どもみたいな男を敵に回すのが、いかに愚かなことか。
惑わされてはいけない。「人は見かけによらない」とは、まさに彼のためにある言葉だと、秋はつくづく思うのだ。
「逆らうなら、逆らう口を裂くまでさ」
さっきまでにこにこしていた少年が、あまりにもドス黒い表情をして、あまりにもドス黒いことを言うもんだから、琉奈は目を引ん剥いて、ぽかんと口を開け放つよりほかになかった。
迅はそんな彼女を見てクスリと笑い、「目玉が落ちちゃうよ」とまたにこにこして見せる。
今のは一体何だった?
瞬きをすれば、そこには愛らしい少年が居るだけだ。けれど明らかに、黒い空気が残っている。その証拠に、彼ははっきりこう述べた。
「タワーの弱み≠掴んだの」
形勢逆転さ!
再び静まり返る小屋の中に、琉奈の呟きがこだました。
「迅って、意外とコワいのね」
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