46
◆
なんて非道い人間だ。
優しい言葉のひとつもかけてやれず、黙って傍に居てやることもできない。薄っぺらな板一枚挟んだ向こう側で、女が泣いているというのに。
「………………」
駄目だ。この場から今すぐ逃げ出したい。なのに足を踏み出せない。踏み出せばあいつは本当に独りになる。この遮断された向こう側で。たった独り、きっと死ぬまで泣くだろう。
だからって女の嗚咽なんか聞いちゃいられない。耳障りなのか。腹が立っているのか。───いや違う。ただただ歯痒い。どうすればいい。何も分からない。オレが助けた所為で、女が泣いている。オレの所為だ。それだけは分かる。けど何もできないんだ。隠れるみたいに息を殺して、見えもしない女の影を見守って。そんなの守ってるうちに入るか。
見つけた時から───出逢った時から、強がってばかりの女だ。どれだけ言葉を尖らせたって、あいつはずっと震えてる。何か言いたいことがあったって言わないし、すぐにそっぽを向く。
そうだ。
扉≠ヘまだ
開いてすらなかった。
≪ ◎ ≫
46/63