02

 
 〈1〉


 彼女の他に人影は無い。草木の緑も、花の彩りも。しかし、そのだだっ広い砂地は、単に「砂漠」とは言い難いものを帯びていた。

 ぽつぽつと建造物が見えるのである。

 石を塗り固めただけのぞんざいな造りだが、確かに人の手が生み出したものに違いない。人影は無いが、人の在った痕跡が窺える。

 けれども、それにしたって何かおかしい。───彼女は思考した。


 そして、閃いた。


 無秩序に生えるこの建物の何れにも入り口らしき扉が見当たらないのだ。おまけに、傾斜していたり、壁が缺けていたり、鉄骨が剥き出しになっていたりと、よくよく見るとまるで廃墟≠ナある。


 どうして自分がそのような場所に立っているのか。彼女は必死で記憶を辿ってみたが、理解出来ずに眉を顰めた。


(……だったら夢だ。夢じゃなきゃ、こんなの有り得ない)


 熱い日射しの所為か、どくどくと汗が伝う。

 不快に思えば思うほど、夢の感覚から遠ざかる。───ここまで不快指数が高まれば、眠っていても目が覚める筈だ。



 ……しかし、覚めない。



 それどころか、五感はさらにリアルに、あらゆる情報を彼女の脳へと送りつける。
 風の音と、それに揺られる長い黒髪。大地を踏み締める感触。砂のにおい。空の青さ。背中を焦がす陽の光。忠実に伸びる陰。───どれも、あまりに現実的であった。

 何よりも、彼女自身の意識がはっきりしている。「五感が送りつけるあらゆる情報」を、彼女の脳はきちんと処理しているのだ。

(でも、有り得ない)

 自分の居場所が分からないなんてことは、十七年生きてきて初めての経験だった。

 だから、彼女は、映画の台詞かどこかの誰かの名言みたいな言葉を、呪文のように唱えた。





「覚めない夢はない」





 六回目を唱えたその瞬間、視界の端っこで、何かが動いた。





  
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