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三人だけのリビングルームにしては少々広い談話室=B───四人になっても、それは変わらないであろう。小さな物音すら甚だしく反響し、部屋の隅々にこびり付くような気さえする。しかし、ひとたびその場が静まれば、そこは寂々たる空間へと一変するのだった。
不安と恐怖に駆られ激しく高鳴る鼓動が、彼らに聞こえやしないか───琉奈は必死で心を落ち着かせようとする。すると余計に呼吸が乱れて、嫌な汗をかいた。涙だけは、流すまい。咳払いをするふりをして少し俯き、自然に目頭に触れる。かろうじて涙はとどまっていた。
そして、顔を上げると、一人の男と目が合った。彼は眉ひとつ動かさず琉奈を見ている。彼女の異変に気付いているのか、そうでないのか。琉奈は一瞬はっとしたが、彼はまるで何も見なかったかのように、ごく自然に℃巨を逸らした。
三人掛けのゆったりとしたソファーが、透明のガラステーブルを挟んで向かい合わせにふたつ。迅が琉奈に腰掛けるよう促すと、彼女は階段側のソファーの端に腰を下ろした。隣に迅、斜め向かいに龍。そして最後に秋が、大刀を鞘に収めて床に置いてから、琉奈の向かいに座る。
琉奈は、ガラステーブルの上にぽつんと取り残された小汚い布切れを眺めていた。鼻をつくにおいがする。血ではなく、錆止めのにおいだ。だからその布切れの赤黒いのも、血ではなく赤錆であれば良かったのに───そんなことを思う。
「自己紹介、って、オレと迅はもういいだろ。琉奈と初対面なのは龍、お前だけだぜ」
秋が口を切ると、琉奈は襤褸切れから斜向かいの龍へと視線を移した。初対面≠ニいうことばに違和感を覚えたのは、おそらく、彼女だけだ。
龍は何も言わず、談話室が静まり返る。
「……ったく、無愛想もここまでいくと清々しいな」
溜め息混じりに秋が言うと、今度は、琉奈が、おそるおそる口を開いた。「あの、」
勿論、
斜向かいの彼に対して。
「───私のこと、知ってますか」
真っ直ぐ彼を見詰めるその瞳には、ささやかな期待、希望が窺える。沈黙のなかでそれがどんどん膨張していく───。
しかし、答えは否だった。
「……いいや、知らねえな」
琉奈は肩を落として、小さく息を吐いて、ほんのちょっとだけ下を向いて。そうですか、と呟いた。
徒に膨らんでしまった希望の光は、いとも容易く消え失せて、あとには何も残らなかった。
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