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本当に? と渋る琉奈に、迅はひとつ提案をした。「実は今日ね、秋の誕生日なんだ」
だから、おめでとうって、言いに行ってあげよう───と。
「……誕生日」
初めての出逢いが誕生日だなんて、なんとロマンチックなことか。───琉奈の頭にはそんな発想は浮かばなかったが、浮かんだとしても、彼女は決して口には出さなかっただろう。
彼女の頭を掠めたのは、
「今日って、何月何日?」
そんな疑問。
気候からして夏であろうことは予想していたが、具体的な月日までは分からない───というか、記憶に無い=B
そもそも琉奈にとって「異世界」である此処が、彼女と同じ時間を共有できるかどうかも疑わしい。問うて、「今日は二十ニ月八万二百日だよ」なんて答えられたらどうしよう、と 琉奈は一瞬どきりとした。
が、それは杞憂に終わった。
「八月八日だよ」
迅は微笑んで、
「秋は今日で十八歳なの」
と言う。
琉奈はそれを聞いて複雑そうな表情をした。あの「子供っぽい」秋が、自分より年長者だと知って。
「お祝いしてあげなきゃ」
「……うん」
しかし、そういえば助けてもらったのにちゃんとお礼も言ってないな、と思って、琉奈は黙って階段のほうを見た。階段は四段目くらいから闇に呑み込まれていて、その先を窺い知ることは出来ない。
暗闇を怖いと思う、それ以上に───琉奈は、その向こうの世界を覗いてみたくなった。
目に映るものだけが「世界」ではないのだと、云われている気がしたのだ。
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