09

 どうして と、私は問うた。

「姓を知られるってことは、魂の端を掴まれるのと同じなンだよ。この世界では」

 あやふやな回答ね と、私は応えた。

「詳しいことはあとで説明するよ。とにかく、この先誰に名前訊かれても、あんたは琉奈≠セから」

 釘を刺すみたいにそう言って、彼は砂まみれの無線機を拾い上げた。そして、慣れた手付きで何やら操作している。
 しかしやはりここらは電波が悪いらしい。秋はチッと舌打ちをして、「繋がンねェ」とぼやいた。

「しゃあねェ。アポ無しで行くっきゃなさそうだぜ」

 どこに?

 と訊くと、彼は「あそこ」と遠くの空を指差した。

 ───いや、よく見ると砂煙の向こうに高い塔のようなシルエットが窺える。てっぺんは雲にかかっているほどの高さだ。

「今からあんたをあそこに連れて行く」

 何ですか、あの世界遺産よろしく聳え立つ建造物は。

「あれの正式名称は〈護豪業人(ゴゴウギョウニン)総轄局〉
 ───通称〈タワー〉だ」



 ごごう……何?



「護豪業人。さっきみたいなバケモンを斃すのが仕事って奴らのことだよ。ま、要するにオレとかな」

 さっきのバケモノ……。

「……ああ、あの黒いの?」

「あれは幽云(ユウン)≠チつーオレたちの敵なの。人間を喰うことはねェけど、人間を殺すのが趣味みたいなヤツだから」

 と言いながら、彼はすたすたと歩き始めた。私がぽかんと突っ立っていると、付いて来い、という目で私を見遣る。

「悪趣味……」

 しかし、そうなれば、この彼が『英雄』というのもあながち間違いではなかったのだ。
 前を行く少年の背中が、二割増しに逞しく見えた。

「琉奈のセカイには居ねェの? 敵とか」

 いきなり名前を呼ばれて、背筋がぞわりとした。何を隠そう私は馴れ馴れしい男が嫌いだ!

 が、姓を隠さなければならないのなら仕方がない。

「……い、居ない! 居るわけないじゃない……あんなの!」

 明らかに慌てた声音で(それがまた恥ずかしかったが)答えると、秋は「ふーん」と相槌を打つだけで、それ以上は何もなかった。






  
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