蝉の声、風の音、カーテンが風に揺れる音、
対面に座る眩しいくらいの赤が参考書のページを捲る音、
不思議とそのすべてが遠退いて聞こえた
まるでこの場所にはふたりしか居ないと
そう錯覚してしまうほどに
シャープペンシルを持つ手が止まる
いや、少し違う
止まる、ではない
動かせなかった、という方が正しい
なにもできないでいるその間にも
どんどん遠退いていく
遠退いて、遠退いて、途絶えた

図書室
そこにこの場所はあった
人の少ないこの部屋の奥まったこの場所
なぜだか人が気が付かないこの場所
いつもこの場所に居た
決まってこの眩しいくらいの赤とともに
理由はと問われたら簡単なもので
明るい黄色は仕事が忙しくこの部屋に来て勉強している時間がない
纏わりつくような紫は飲食ができないためこの部屋をひどく嫌う
深い海のような青はまず本と勉強という単語と無縁
唯一この部屋を利用する柔らかい水色はこの場所を知らない
ただそれだけ、
ただ、それだけではないのだが
ただそれだけ

いつものようにどちらともなくこの場所に赴き
どちらともなく参考書とノートを開いた
夏ともなれば籠るような暑さを感じるこの部屋も
この場所だけは違った
少し窓を開けるだけで心地よい風を呼び込んだ
いつものようになにか話をするわけでもなく
淡々とシャープペンシルを動かしていた
特に躓くような問題もない
すべてがいつもと同じはずだった
だがそれははずに尽きなかった

すべてが遠退いて、途絶えた

図書室
利用者の少ないここの奥にその場所はある
なぜだか人が気が付かないその場所
いつもその場所にいた
決まってこのやさしい緑と一緒に
理由は簡単なもので
輝く黄色は仕事が忙しいらしくここではなく自宅で勉強している
包み込むような紫はここではお菓子が食べられないと拗ねていた
海のような濃い青は雑誌しか読まない上に勉強をしないからここには来ない
ただ一人ここを頻繁に利用する柔らかい水色はその場所を知らないらしい
実はそれだけじゃないけれど
やはり、ただそれだけのこと

いつも通りなにか打ち合わせるでもなくその場所へ来て
いつも通りの席に座って参考書とノートを開いた
受験というこの年のこの季節ともなれば
自然とこうなるのも無理はないだろう
でも、その場所を見つけた去年も同じだったような気もする
むわりと籠る熱気に席を立って少し窓を開ける
それだけでそれはなくなって
夏とは思えないような心地よい風が入り込んでくる
なにか会話が有るわけではない
いつも通り淡々と手を動かしていた
でも今日は少し違っていた

勉強を初めて1時間ほどたった頃
ふと視界にあった手が止まった
なにか問題に躓いたとも考えられるが
この程度の参考書の問題に躓くとは到底思えない
しかしその後も動く気配の見えない手を不思議に思い
顔を上げて対面を見やれば
見たこともないような表情をその顔に湛えていた、
縋るような悲しそうないとおしいとでも言うような
形容し難いその表情に一瞬息をすることを忘れた
初めて見る表情をだった
こんな顔を見ることができるのは自分だけだろうという優越感とともに
こんな顔をさせてはいけないという罪悪感が溢れ、溺れた
だから、持っていたペンを赤色に替えて
そのやさしい緑に手を伸ばした

ゆっくりと近づいてくる眩しいくらいの赤
その白い腕
その手に持たれた赤のボールペンが
俺のノートの中程の数学の答えに辿り着いて止まった

目についたやさしい緑のノートの中程
数学の答えの右上に小さく罰点を付けた






この場所のその場所に世界に音が戻った

緑間。ここの答え、間違えているよ。
仄かに色づくその唇がそう溢した瞬間に


*枚方様主催まぼろしと白昼夢提出






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