愛しき口もと、目は緑

Midorima × Akashi



 目の前の男は、緑間の言葉を聞くと先ほどまで浮かべていた笑みを消して真剣な眼差しで緑間を見返した。――間違えた。緑間はそう思った。

「みど」
「待て」
「うん?」
「今、言い訳を考えているのだよ」

 顔に熱が集まっているのが分かる。何を言っているのだオレは。というか、先ほどオレはなんと言った?
 ”好きだ” そう、この口はその言葉を発したのか?
 ”好きだ” そう、この口はその言葉を発した!!

「言い訳は見つかったか?」

 パチリ。と駒を進めながら赤司に問われる。

「ま……まだなのだよ」

 パチリ。つられて、録に考えもせずに駒を進める。

「王手」

 何手かを進めた後、赤司に言われるがそこまでの経過を全く覚えていない。意識を盤上へと移すと見るも無残な結果だ。頭を抱える。赤司と自分に対する言い訳はまだ見つかっていない。なぜあのようなことを口走った。
 そろりと顔を上げる。腕を組みながら、赤司は緑間をじっと見据える。その口から発せられる言葉が想像できなく唇を噛む。心臓が痛い。息が苦しい。
 赤司が言葉を放つための息を吸い、緑間は身を固くした。

「ためしに、付き合ってみるか?」




「オレは、恋愛というものに興味がある」

 緑間真太郎の、人生で初めての恋人、という関係になった人物が隣を歩いている。緑間が了承をする前に赤司に半ば強引に押し切られた形で関係を変えたわけであるが、その前に緑間が告白めいた言葉を発していたことから通常の告白と同列であると納得もさせられてしまった。
 しかし、どうだろう。下校時間になり、靴を履き替え、家へ帰るために一緒に歩いているというだけなのに違和感しかないのは。赤司とは学区が同じため、一緒に帰るということ自体は珍しい事ではない。やはりこれは、赤司が何を考えているかわからないから感じるものだろう。その緑間の心の声を聞いたのか赤司は前振りも無く口を開いた。

「そこに鴨が葱をしょって歩いてきた、というわけか」
「少し語弊があるな」

 間違ってはいないだろう、と言うと、赤司は不思議そうな表情で緑間を見た。

「これは、いけないことか?」
「少なくとも、普通ではない」
「何故、普通ということを殊更ありがたがるのか、オレはそれがわからない」

 拒否をしなかったのはお前じゃないか。と言われているような気がした。そうだ。たしかにそうだ。これはおかしい、普通ではないと思いながらも本当の意味で赤司の提案を断りはしなかった。ただの興味で、知らないから知りたいという感情以上のものがそこに無いとわかっていながら。他の誰とも違う赤司との距離を断れはしなかったのだ。
 気付くと公園に入っていた。どこへ向かうのか、と思いながら赤司についていくとどうやら目的地は滑り台の方向であるようだ。その場所へ着くと軽やかに赤司が数段階段を駆け上がり、緑間もつられて一段上るのを確認すると振り向いてぐっと顔を緑間に近づけた。額が付きそうな距離で、思わず後ずさり階段から落ちそうになった緑間を上手く引き止め、瞳を見つめる。

「目をそらすことは許さない。……今どんな気持ちだ?」
「赤司……!」

 顔が赤くなる。夕陽はこの頬の赤さを目の前の男から隠してくれるだろうか。

「冗談だ」

 想像通りの反応を引き出せて満足した、とでも言うように赤司は笑いながら離れる。少しだけ残念に思ったのを認めたくなくて、緑間は赤い顔を隠すように眼鏡に触れる。

「今から3分間、お前の好きにしてもいいぞ」

 階段を降りた緑間を愛おしげに見つめ、両手を広げて赤司は言った。

「何を馬鹿なことを言ってるんだ!」
「純粋な興味だ。お前が何を好み、何を苦手とし、――何を求めるのか。それが知りたい」
「……お前はオレを好きなどではないだろう」
「馬鹿を言うな」

 心底心外そうに言う赤司を見て、緑間は何を信じていいのかわからなくなる。

「まったく、人聞きの悪いことを言わないで欲しいな。オレはただ愛情を持って緑間に接しているだけだというのに」

 にやりと笑う赤司の言う愛情が、どんな形をしたものか。それはわからない。だが、緑間がその言葉を聞いて、嬉しく思わないわけがないことをこの男は熟知しているはずなのだ。

 (だから、お前は、タチが悪いと言うのだ!)



「海へ行こう」

 大抵のことは何でも知っているくせして、知らない知識を取り込むとそれを積極的に体験したがるくせがある。というのを赤司と付き合い始めてから知った。普段は一人でそういった行動をしていたらしい。恋人といえば海、何でその情報を得たのかは知らないが、部活後、そう言い放たれた時は、どう反応をするべきかで迷った。
 そうこうしている間に砂浜のある場所がいい。と赤司に引っ張られ電車に乗り、あれよあれよという間に海へと連れてこられた。

「流石に人がいないな」

 夏でもなく、平日の、日の落ちかけの時間帯だ。海からの風は少し冷たい。
 浜辺を走るか?と少し目を輝かせながら提案する赤司の意見を却下し階段状になっている場所に腰を下ろす。先ほど自販機で買ったお汁粉を口にしながら暫く無言でいると、先に飲み干した赤司が缶を振りながら緑間に視線を向けた。

「愛とは、なんだ?」

 雷にでも打たれたかのような衝撃を覚えた。
 そ、そんな、子供のような、目の前のもの全てに興味を持つ幼子のような瞳で!未知の感覚に期待をしているとも、正しい答えを出来の悪い生徒がちゃんと言えるか見守っているとも言えるような表情をして!
 愛、愛、愛……!?愛とはなんだ……!!?ここで聞かれているのは、嗜好としての愛ではなく、人が人へ向ける慈しみも含めた恋愛の愛だろう。性欲に繋がり、相手の全てを自分のものにしたいと思うほどの欲求を抱き、時には人の制御コントロールを離れる厄介な感情。その感情が生まれる意味。その意義。

「答えられないか?」
「う……、あ、愛とは……っ」

 息を大きく吸い込む。

「き、キス、ができれば愛があると、言えるのではないか?!」

 間。

「くっ……、ふ、ふふふ……っ!」
「っ〜〜〜!」
「かわいいよ、お前。あははっ、本当、みどりまっ」
「笑いすぎなのだよ!」
「そんなお前だからオレはお前が……」

 続く言葉は赤司から出てこなかった。腹を抱えるほどに笑って息継ぎをするためだろうか、最初から言うつもりなど無かったのか。潮の香りがする風が赤司の髪を揺らし、赤司はそれを押さえる。

「オレは恐く、人というものにそれほど興味が無い。……いや、正確には人を人と為すありとあらゆるもの。その意義がわからないんだ」
「人間不信ということか……?」
「少し違うな。信じていないわけではないよ。ただ、物事においてオレが求める行動が取れるならば、誰でもいいと思っている、と言えば近い」

 それは……つまり、オレとの今のこの関係も――。

「うん。お前が今思っているのは間違いではないよ」
「心を読むな……」
「わかりやすいからなぁお前は」

 無邪気を装って笑う赤司の顔が見れなくなった。太腿の上で握り締めた自分の手を見つめる。先程まで聞こえていた波の音は消え去り、自分の心臓の音と、となりにいる男の衣擦れの音しか聞こえなくなる。
 ならば何故、この場所へと誘った。誰でもよかったのなら、どうして選んだ。特別なものだと、少しでもそう思っていたのがバカみたいじゃないか。

「――」
「……?」

 となりに座る男が何やら言葉を発したらしいことはわかったが、緑間の耳は普段の役割をこなしてくれなかった。目を見ることなど到底できず、男の口元を見つめる。

「訂正だ、と言った」

 目の前の燃えるような色の瞳が、くすぐったいように細められるのを間近で見て緑間は息を飲んだ。

「――……あかし」
「キス、してしまったな」

 頬を桃色に染めてはにかむ赤司が可愛いと、先ほど悩んでいたこと全てを吹っ飛ばして思ってしまったのは、本当に、不意打ちすぎて、緑間真太郎の今までの人生の中でも1、2を争う不覚であると言わざるを得ない!

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