テディ

Murasakibara × Akashi




「赤ちん……オレ最近変なんだ」

 そうだろうな、という言葉を飲み込んだのはひとえに意地であり、気遣いであり、何より思考の40%くらいが普段よりも停止していたからである。
 隣に並び昼食を食べ終え、授業はどこまで進んだのか、今あの教科では何を習っているのか、などとりとめのない話題で時間を潰していたところまでは普通だったはずだ。だが今は紫原に抱きしめられている。後ろから。膝に乗せられる形で。もちろん異常だ。今まで誰ともここまで近い触れ合いをしたことはない。

 少し前から紫原の様子がいつもと違うことには気付いていた。どこか余所余所しいような、避けているようなそんな態度を紫原は赤司に対して取っていたのだ。他の部員に対してはそんなことは無く、赤司に対してだけそのような態度であり不思議に思ったがバスケには影響が無いようなのでその時はあまり問題には思わなかった。それに紫原の性格ならば言いたいことは言ってくるだろうと思っていたし、だからすぐに収まるものだとも思っていた。
 しかし流石に一ヶ月もそのような態度を取られると、いくら部活に影響が無いからといって面白くは無い。それに今は影響が無くともチームプレイの競技、いつか不和がプレーに現れるかもしれない。主将を任されている以上放置するわけにもいかず紫原と対話の機会を設けたのである。
 捕まえるのに少しだけ苦労したが、最終的に紫原は言うことを聞き今の季節人気の無い屋上へと連れ出すことに成功した。会話自体は今までどおり嫌がられず、嫌悪からの行動ではないと確信が持てた。だがやはり紫原は赤司と距離を取ろうとしていたし、何より圧倒的に視線が合わない。意識的に逸らされているのだ。それが嫌だと確かに思った。何故オレを拒否する。そう思った。そして今の状況である。

「おい、紫原なんだこれは」
「あーもー、折角オレが自分の中でケリつけようとしてたのに、なんで赤ちん……」

 その後に続いた言葉は小さすぎて聞き取れなかった。
 紫原に事の次第を聞き出そうと話を振り、嫌そうな顔をされたところまでは理解できた。だがその次にいきなり手を引かれて抱きしめられるとは思っていなかったので反応が遅れてすっぽりと紫原の腕の中に入ってしまったのだ。やはり紫原が赤司を避けていたのには何か事情があるようだ。しかし抱きしめなければならない事情とは何か。

「オレ……変なんだ」
「それは先ほども聞いた。どう変だと言うんだ。それを聞かなければ何も言えないぞ」
「…………」
「ん?」
「どうしても言わなきゃ駄目なの……」
「お前が何かあります、という態度を取り続けるならオレは聞き続けるしかないな」

 あー、やら、うー、やら単語になっていない言葉を呻き続け、ようやく紫原は決心をしたのか口を開いた。

「……赤ちんが近くにいるとさぁ、変な気持ちになる」
「変な気持ち?」
「……」
「おい黙るな。最後まで説明しろ」
「心の準備もさせてくんねーの……」
「オレは待った。一ヶ月もな」
「……わー、赤ちんやっさしー。…………赤ちん見てるとさ、モヤモヤする。別に嫌ってるわけじゃねーよ?むしろ逆……ムラムラする。オレもおかしーなー、って思ってたから、だからちょっと距離おこうって思ったのに……気持ち振り払う前に自分から近づいてくんだもん赤ちん」
「それは……」

 言葉に詰まった。拒否をされるのは嫌だと思ったが、そういう求められ方をされるとは思わなかった。

「しかし……そう言ったものは異性に向ける感情じゃないのか」

 紫原からの返事は無く、代わりに抱きしめる力が強くなる。自分でもそれはたくさん考えたのだろう。ここでそんな一般論を言うのは何の解決にもならないことは赤司も分かっていた。どうしたものかと考えて赤司は一つ浮かんだ案を口にした。

「一回、そういうつもりで触ってみるか?」
「……は?」
「思春期に、憧れや興味から同性愛的性質を一時的に持つことはあり得るらしい。だがそれは異性というものを知らないから自分と身近である同性にそういった感情を抱くのだそうだ」
「……だから触って幻滅しろってこと?」
「そうだ。紫原のそれはあくまでも想像の中のオレであって、現実のオレではない。想像の中で美化されていると考えれば、これは有効な手段だろう」

 複雑そうな、文句を言いたそうな紫原の表情は無視して赤司は紫原の手を取って自分に触れさせる。まだ成長途中で理想的な筋肉の付き方はしていないが女性のような柔らかさとは無縁な体ではある。きっとすぐにそれに気付いて悩みなど無くなるだろう。紫原はそんな赤司の考えが気に入らないのかどこか憎らしそうに、だがはっきりとした意志を持って自ら赤司の体を触り始めた。
 赤司の予想ではすぐに終わるはずだったが、それに反して紫原はまだ赤司を抱いたままであり、触る手付きも心なしか熱を帯びてきたような気がする。そして何より、先ほどは感じなかった違和感が腰のあたりにある。

「……おい」
「オレ、変だって言ったじゃん!」

 紫原、と名前を呼ぶ前に口を塞がれた。中途半端に開いていた唇の間に一瞬だけ彼の舌が触れ、しかし侵入してくるでもなくすぐに離れていった。信じられない気持ちで紫原を見上げると、顔を見られたくないのか大きな手で目隠しをされる。肩に温もりと重みが触れ、紫原がそこに顔をうずめているのだと少し遅れて気付いた。

「……ご、めん、赤ちん」

 自分から煽ったにも関わらずキスをされたことは中々に衝撃的だったが相手が紫原だったからか元々そういったものに興味が薄かった故の貞操観念の低さが原因か嫌悪感や拒否反応は出なかった。ごめん、ごめんなさい、と謝りながらも紫原は止まらずに赤司の頬や首筋に口付けを落とす。
 躾のできていない犬のようだな、とも思う。すんすんと泣きながら抱きしめられ、以前見た飼い主が大好きすぎて飛びつき押し倒してしまって怒られていた犬を思い出す。
 中途半端に煽ってしまった手前、突き放すようなことはしたくない。
 知識はある。それにまずはこの真後ろで興奮している紫原をなんとか鎮めなければ自分の何かが危ないようなそんな気がした。
 よし、一回抜いてやろう。と決心できたのは、赤司も十分に混乱していたからだろう。


 紫原の張り詰めたそれを取り出したとき、まずはそのあまりの大きさに怯んだ。そろりと触ると、ビクリと紫原が反応をして痛かったのか、と手を離したがその手を掴まれてそうではないと知りもう一度触れた。
 熱い。人間の体の一部が、こんなに熱を持つものなのか。紫原に視線を向けると顔も少し火照っているように見える。なんだかその熱に当てられた気がして赤司も少し自分の頬が熱を帯びるのを感じ、隠すように顔を伏せた。

「赤ちん、無理なら……」
「無理じゃない」

 被せ気味に答えてしまった。それが緊張からくるものだと悟られたくなくて目の前のものに集中する。
 やわやわと両手でそれを包み、上下に動かす。紫原の喉が上下したのを見て間違ってはいないのだな、とほっとする。暫くそうしていると先端の辺りから先走りが出てきて紫原がちゃんと感じてくれていると分かったが、たまにもどかしそうに動く紫原の腰や表情を見ていると自分の手だけでは物足りないのではないかという不安が過ぎった。それに、いくらチームメイトで”そういう”感情を抱いてしまった相手だとしても自分のモノをずっと見られているというのは恥ずかしいだろう、という意識も少しだけ冷静に考えてようやく出てきた。あまり長引かせても可哀想だ。

「っ!?あ、赤ちん……!?」
「動くな。噛んでしまうかもしれない」

 口を開けて少しだけ咥えると、上から息を呑む音が聞こえた。噛む、という単語の物騒さに恐怖したのか赤司の突然の行動に驚いたのか、もしかしたら新しい刺激に思わず心臓が飛び跳ねたのか。精液というのはこんな味がするものなのか、不思議な味だなと思っている間にも紫原の反応の原因はどれが正解かなと頭で考える。
 亀頭に舌を這わせ、手でも愛撫をしてやる。手だけで触っていた時と比べて大きさも硬度も増して、そうかやはりこれの方が良いのか、と間違っていなかったことに満足する。

「あ、っはぅ、あ、赤ち〜ん……、っどこでこんなこと、覚えたの〜」

 赤司はそういった、いわゆる青少年がよくお世話になる”エロ本”といった類の本を所持したことはない。どうしてもその必要性がわからない、というのが理由であるが他の同じ年代の男子はそうは思っていないらしく、何度か部室で部員がそういった本を読んでいるのを目撃し没収をしたことがある。その際に目にしてしまったものを覚えていた、というのが紫原の質問に対する答えである。聞かれたのだから答えてやるか、と一旦口を離すと、ぼう、と赤司の行為を見ていた紫原が突然赤司の頭を掴み、自身を赤司の喉の奥へと押し込んだ。

「ぐ、んっ、んんぅっ!」

 呼吸の苦しさに耐えれず、思わず歯を立ててしまうが紫原は少し顔をしかめただけで力を抜く様子はなかった。急いで呼吸を整え、目の前の足を抗議するように叩くがそれでも頭に固定された手は離れない。快感で少し正気の飛んでいる紫原を考えると下手に動くよりは望み通りのことをしてやった方が早く解放されるだろうと考え、仕方ない、と口から涎が垂れるのも気にせず舌を這わせ、先ほど反応のよかった場所を思い出してそこを重点的に責めてやる。
 顔を真っ赤にしてぎゅうと目をつむっている紫原を見るに、先ほどの質問はただ単に慣れない快楽を少しでも逃がして意識を保とうとしていたが故のものだったことを察する。だからといってこんな下手をすれば窒息しかねないことをされたのを許すわけではない。後でしっかりと言い聞かせよう、だが紫原の状態を察せずにタイミングを外したオレにも非がないわけではないのでそこは酌んでおこう。
 紫原の力が弱まり、先ほどよりは自由に動けるようになったので一気に勝負に出ることにする。どこをどうすれば紫原が良い反応をするかは大体把握をした。頭に上った血を全てここに集中させる勢いで責め立てていると、口の中で紫原のモノが大きく膨らみ、その時が来たのだと身を固くした。

「っ、ごほっ!」

 口で受け止める勇気がなかったにも関わらず口から離すタイミングも分からず中途半端に離してしまったのが悪かった。口内で何かが溢れたと感じた瞬間に離してしまい半分以上が顔にかかった。そのことに気付いたのは何かがぽたりと地面に落ちたのが目に入ったからで、ノロノロと手で顔を拭う。そうしていると紫原に手を掴まれて、なんだ、と思うよりも先に顔を舐められた。
 完全に硬直をしてしまった赤司には気づかず、紫原は丁寧に赤司にかけてしまった汚れを舐めとる。口端に舌がかすったときに赤司がびくりと体を揺らすと紫原はそこへはもう触れず、違う場所に移動した。

「…………ケモノか、お前は」

 紫原が離れ、ようやく口を開いた赤司は少し呆然とした様子でそう言った。
 紫原からしてみれば決して美味しいものではなかったが、赤司を汚してしまったことの方が重大だった故の行動だ。紫原はなんのことかわからないとでも言うように首を傾げ、数秒してから赤司の顔を舐めたことだと気付いた。

「少しは……スッキリしたか」

 流石にやりすぎだと気付いていた。自分は紫原に対してどこか甘いところがあると自覚をしていたし、好意を向けられて満更でもないと思ってしまった。だがいくら頭に上った血を下げてやろうと思ったと言っても、この行為は明らかに尋常ではない。
 それに、あまり認めたくはないが、それほどまでにこの行為に刺激されてしまったのか赤司の体は少し反応をしていた。紫原の乱れるところを見てこんな想いを抱いてしまった自分が嫌で、それを知られたくなくて離れようとするが紫原は手を離してくれない。

「……なんのつもりだ?」
「赤ちんも」

 その言葉が何を意味しているのか理解し、赤司は更に強く手を引くが紫原が力を緩める気配は無い。本能的な危機を感じて言葉の語尾を荒げさせる。

「オレはいいっ!」
「でもこのままじゃ辛いっしょ」

 紫原の手から逃れようと後ろに下がると背中にコンクリートの固さを感じて逃げ場を失ったことに気付く。赤司を手際よく追い詰めた紫原は赤司を自分と壁とに挟み、赤司の停止も聞かずにカチャカチャとベルトを外す。そしてズボンの前をくつろげさせ、普段菓子を口にするように躊躇なく赤司のそれを口に含んだ。


 なんなんだ、これは。現実感が無い。
 今まで感じたことの無い快楽に赤司の脳はトロトロに溶かされる。元々あまり性的な衝動が薄く、自慰さえもまともにしたことのない赤司だ。性器を吸われ、舌が絡みつき、口内の柔らかさに包まれて歯の硬さに身を固くし、口からは意味のなさない言葉や吐息が出る。そんな自分が嫌で、紫原の頭をなんとか遠ざけようとするが力が入らずにかき抱くように抱きしめてしまう。

「っ……は、ぁっあ……あ、あ、やっ、」

 背中にあたる壁の冷たさがやっとのことで赤司に冷静さを与えている。下から聞こえる水音と、グラウンドから聞こえてくる生徒の声、やけに青い空が赤司の理性を揺さぶってくる。
 ガクガクと足が揺れて崩れ落ちそうになるが紫原に支えられてそれすらも許されない。飴玉のように舌で転がされたと思うと今度は強く吸われる。

「、ぁ、……っ」
「っん、あかひん」

 唇を噛み締めた赤司を見た紫原に声を出した方が楽だよ、と咥えたまま言われ、その振動もダイレクトに伝わり気が気ではなくなる。快楽を受け流すことができず呼吸も上手くできない。口の中もカラカラだ。流れる汗が目に入りその痛みに目を瞑る。
 離せ、と紫原の髪を引っ張って主張するが紫原は赤司から口を離さず、むしろより強く吸い付き赤司はそのまま射精をしてしまう。紫原の喉が動いたのが目に見えて、なんだかとても泣きたい気持ちになった。

「ん……ごほ、……大丈夫?赤ちん」
「…………ああ」

 大きく息を吐いてずるずると腰を下ろす。そのまま上を見上げ、赤司は先ほど見た空の青さに少し目が眩んだ。――ああ、何故今日はこんなにもいい天気なのだろう。
 ぐったりと座り込んだ赤司を心配するように紫原が頭を撫でている。それを暑いと振り払う元気など無く、こんなに疲れたのは久しぶりだとのろのろと顔を上げた。

「……オレは言うことの聞かない犬は嫌いだ」
「?でも赤ちんちゃんとイケたっしょ」

 赤司がこのようなことに及んだのは、血を抜かせるという目的ともう一つ、一回やってしまえばきっと想像と実際の行為は違うと今度こそ理解して悩みも解決するだろう。と思ったというのもある。しかし気持ちよかったんだよね、よかった。と笑顔で言う紫原を見て、ああ選択肢を間違えたのだな、と赤司はうなだれた。

 昼休みは既に、終わっている。


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