「I love you」の訳し方

Murasakibara × Akashi



 お前って、赤司の犬みたいだな。と青峰に茶化されるように言われたときははあ?どこに目ぇ付いてんの?とドスの効いた声で返した紫原であったが、今のこの状態を見られたならば”犬”という称号は否定できないことに気付いていない。

「ねーねー赤ちんまだー?」
「もう少しだ紫原。暇なら何かして待ってろ」
「えー、なら赤ちん見てるほうが楽しい」
「ならもう少し大人しくしてろ。気が散るだろう」
「はぁい……」

 赤司のそばは心地が良いと気付いたのはいつだったか。最初からこうだったわけではない。だが気付いたときにはこうなっていた。きっかけなどどうでもいいと思えるほど、赤司のそばが紫原の定位置になっている。

「あーん」
「……」

 ふざけ半分で持っていたまいう棒を赤司の口元に差し出す。断られるか一笑されるかと思っていたが、予想外に赤司は口元に近づけられた駄菓子を一口齧り、変な味だな、と呟いた。

「どうした」
「んーん。なんかちょっと意外だっただけ……」
「お前、色々とオレのこと誤解してるだろう」

 そんなつもりはないんだけどなー。と赤司の齧ったまいう棒の残りを食べる。美味しいじゃん、変な味だなんて失礼ー。



 赤ちんは間違えない。でも、赤ちんは頭が良すぎて何を考えているかわからないことが多い。聞けば赤ちんはオレにも説明をしてくれるが、それでもわからないことの方が多いので最近は聞かないことにしている。聞いても聞かなくても赤ちんが正しいことに間違いはないのだ。
 オレは、バスケがそんなに好きではなかった。でも赤ちんがオレを必要としてくれて、それに応えたとき褒めてくれるから。それが嬉しくて続けているようなものだった。赤ちんは自分の思いどうりになる人間が好きだ。オレはそう思っている。赤ちんはオレでは想像も出来ないようなことをいっぱい考えていて、それに従って赤ちんは動いている。そしてそれを周りの人間にも求めている。だけど赤ちんの中の平均はオレたちから見ると高くて、それに届かない人間を見ると赤ちんは露骨に顔に出すわけじゃないけどがっかりしてる。オレは頭は良くないけどバスケでは赤ちんの求めることが出来る。誰にでもできることではない。それがオレは嬉しい。

 初めてキスとしたとき、赤司は抵抗らしい抵抗はしなかった。紫原も自分が何故そんなことをしたのかわからなく赤司に負けず劣らずキョトンとしてしまった。ただなんとなく、赤司の唇が甘そうだと思って、そして普段お菓子を食べる時のような動作で赤司に口付けた。そしてそれは自身にとってもいわゆるファーストキスというものであったので、より一層同性である赤司に対してすんなりとしてしまったことに混乱してしまった。
 その場では赤司が紫原の混乱を見抜いて、あまり触れずに流してくれた。思えば、その時に赤司に何かしらアクションを起こされた方が紫原のためになったのかもしれない。お陰で紫原は暫くモヤモヤとするはめになった。

 紫原が自分は赤司に恋愛感情を抱いている、と気づいたのはそれから暫く経った後だった。

 だからといって赤司に対する態度がガラリと変わるわけではなかった。紫原自身がそんな自分の気持ちにピンときていなかったことが大きいのかもしれない。まだ恋愛などしたことのない身だ。昔からこの図体の大きさで女子には怖がられてきたし、周りが色づいてきても自分はあまり必要なこととも思わなかった。
 赤司に対するこの気持ちが、周りのようなふわふわとした恋愛感情なのかと聞かれたら『なんだか違う』、と答えるのだと思う。この人に認められたら、嬉しいだろうなと思えたのだ。この人のそばにいられることが、とんでもなく凄いことだと思えたのだ。

「好きだよ赤ちん」
「オレもだよ」
「ちっげーし、赤ちんのとオレの好きはちげーし」
「好きに違いはないだろ」

 とまあ、感覚ではそう思っていたがぐるぐると考えることが苦手な紫原は早々に自分の気持ちをカミングアウトしていた。だがその度に軽くかわされ、気持ちとしては面白くはなかった。バッサリと切り捨てられなかったことには安心はしたが。赤司に告白をして具体的にこうなりたいというビジョンがあったわけではない。だから赤司も紫原を受け止めたのだろう。だがなにかを期待していたことは確かだ。その期待が何を指しているか未だに紫原は理解していないが、そのフラストレーションはわかりやすく性欲という形で現れていた。夢に赤司が出て夢精をした。最初こそは赤司を汚してしまった気がしてどん底まで落ち込んでいたが、数度それを繰り返すとなるほど自分はそういう目で赤司を見ていたのかと認めるようになった。それからの自覚は早かった。そして忍耐の日々だ。



「それ何個目だよ?見てる方が気持ちわるいっつーの」
「お腹空くんだからしょうがないじゃん」

 部活後、もう何個目かもわからない駄菓子の袋を開ける紫原の様子を見て、青峰はうんざりしたように言ってきた。

「なら少しわけろよ」
「やだよ。なんで峰ちんなんかに」
「なら部室内で匂いテロ起こすな!あーもう腹減った!テツ、どっか寄ってくぞ!」
「あっならオレも一緒に行くっス!緑間っちも行くっスよね?」
「おいお前ら勝手に決めんなよ!オレはテツと……」
「ボクはいいですよ。さ、緑間君行きましょう」
「オレは行くとは一言も言っていないのだよ!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ黒子たちを手を振りながら見送り、時計に目をやる。顧問に少しだけ話があるから先に帰ってもいいと言われていたが黒子たちと帰る気にも一人で帰る気にもなれなかったのでここで待っている。

「アララ、もう空になっちゃったよ……」

 赤司が紫原のスキンシップを拒否しないことも問題なのだ。だから紫原は赤司との距離の線引きが上手くいかずに困ってしまう。つい普通以上に触りそうになり、そんな自分に気付いて離れてる。
 空腹だ。腹が空いている。赤司の近くにいればいるほど、飢餓感は募るばかりだ。



 初めて赤司で自慰をしたときは夢精をしたときよりも落ち込んだ。夢精のときはまだ無意識の内の出来事で、しかしこれは完全に自分の意思で行ったことだ。でも赤司のことを考えると、ある部分がどうしようもなく張り詰めて泣きたくなるほどに痛くなる。それを鎮めるにはこうするしかないのだ。そしてそれを始めてから夢精をすることはなくなってきた。
 オレはどこまでいってしまうんだろう。ベッドに寝転がり、手をティッシュで拭ってそれをゴミ箱に放る。

「赤ちん、助けてよ」

 好きだ、好きなんだ、どうしようもなく。



「赤ちんはオレのこと好きじゃないでしょ」
「オレは好きでもない相手とずっと一緒にいれるほど器用じゃないぞ」
「なんでオレの家……来れるの?」
「誘ったのは紫原だろ」

 そうだ。誘ったのは自分だ。期末の点数が悪くて、それを理由に赤司を自分の部屋へ連れ込んだ。あまりにあっさりし過ぎていてあれ?キスって実際にしてしまったんだっけ?それとも想像の中でだっけ?と混乱することになった。
 それに今の問答にしたってそうだ。こちらが聞きたいことを本当は分かってるくせに、わざとはぐらかす。そういうことを聞きたいわけじゃないのに。

「紫原?」

 ペンの動かない紫原を見て赤司が目の前で手を振る。紫原は咄嗟にぎゅ、とそれを掴んでしまう。

「あ、ごめ」
「いや……構わないが」

 謝ったにも関わらず紫原は手を離さない。考え事をしているのか目の焦点も合っていないように見える。
 赤ちん。赤ちんの手。スラリと長くて、少し薄くて、ひんやりとしている。自分の手の熱が赤司にうつっていくのを感じながら、嫌がりもしない赤司にいろんな感情が腹の底からふつふつと湧き出ていることを感じる。なんで嫌がらないの?オレ、そういう意味で赤ちんのことが好きだって言ったはずなのに。
 赤司がはっきりと示してくれないから、紫原は赤司と自分の境界線がわからなくなる。

「す、……きだよ」

 気付くと言葉が口を出ていた。情けなく震えて、有り得ないほどか細い声だ。それでもそこに熱を孕んでいる。

「……、オレも好きだよ」

 一瞬視線を彷徨わせ、赤司はいつもの通りに返した。そこには紫原の込めた気持ちなど全く込められていないような言葉に聞こえて、紫原は掴んだ手に無意識に力を込めていた。
 オレも好き?……そんなの聞き飽きたよ。オレの聞きたいのはそういう言葉じゃないのに。わかっててどうして。
 知らないくせに。どれだけ欲しかったか、知らないくせに!
 頭の中でなにかがプツンと切れる音がした。
 机を飛び越え一気に距離を詰めて抵抗する暇も与えずに唇に噛み付く。後ろに引こうとした赤司を許さず、右手後頭部を掴んで固定する。刺されてはたまらないと思ったので左手では赤司の右手を強く掴んでシャーペンを離させる。ギシ、と骨の軋む音がしたがそんなことに構ってなどいられない。やってしまった、という感情とやっと触れることができた、という感情が体の中に渦巻いている。まるで炎を飲み込んだような気分だ。

「……っ!ぐ、っん……っ、紫原!」
「うるさいっ」

 赤司の抵抗を押さえ込んでもう一度口付ける。細い体を引き寄せて唇を重ねていると、体の中で荒れ狂っていた飢餓感が薄らいでいく感覚がした。しかし赤司が息をして、紫原の服を掴むことで再び獣のような感情が荒ぶる。力づくで押さえ込んでいるうちに、腕の中の赤司は抵抗をやめていた。それを見て、また頭に血が上る。

「楽しかった?見てて面白かった?大きな体をした男がさ、自分の思い通りにあたふたしてる姿見てさ。赤ちんにとってのオレって何?ペットみたいなもの?言うこと聞くペットなら気持ち悪くても傍に置いてやろうって思ったの?」

 体中に溜まった毒を吐き出すように言葉が出てくる。腕を掴まれたままの赤司が傷付いたように顔を歪ませる。
 違う。オレはこんなことを言いたいわけじゃない。
 違わない。ずっとオレは聞きたかった。
 でも、こんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。

「……まぁいいや、赤ちんがオレに本音で話してくれるわけないし。オレもきっとわからないだろうし」

 ぐるぐると自分の気持ちが変化していく。その全てが今まで溜め込んでいたものであり、本音だ。赤ちんを傷付けたくない。赤ちんをオレだけが言える言葉で傷付けたい。

「赤ちんが抵抗しなかったのって、オレが赤ちんにひどいことできないってわかってたからだよね」
「ちが……、」

 オレの気持ち知ってたくせに。いや、知っていたからそれを盾にしていたのか?

「ああ、そうか。オレに力じゃ敵わないってことも知ってたからだよね」
「っ、紫原、オレは」
「なんでアンタがそんな顔すんのさ…暴れんなよ」

 赤司の抵抗など紫原にとっては抵抗にならない。紫原は気持ちをぶつけるように、もしこれで壊れてしまっても仕方がないと思うように、赤司を押さえつけて拙い性を赤司にぶつけた。


 紫原が赤司を抱いたあと、紫原は子供のように泣いた。本当に泣きたいのは赤司であったはずなのに、それが分かっていながらごめんなさいと繰り返しながら涙が止まらなかった。赤司が好きだ。でもこんなことをしたかったわけではない。
 紫原は昔から周りの同年代の人間と比べて力が強かった。力で勝負をすれば負けることはなく、だからこそ親には力で物事を解決するような人間にはなるな、と再三言い聞かせられて育ってきた。色々と理不尽な思いもしたが、自分の力が周りのものを壊す怖さも知っていた。軽い喧嘩が相手に大怪我を負わせたり、そんなつもりは無くとも相手を傷つけることなんて少なくなかった。だから気をつけるようにしていた。
 それなのに、赤司に対して力を使ってしまった。一番それが怖かったのに。

「オレにはお前が必要だよ」

 赤ちんはうそつきだ。平気な顔をしてオレに嘘をつく。本当は泣くほど怖かったくせに、オレに触れるのは震えるほど痛かったくせに。オレはそれを信じるフリをして、赤ちんを抱きしめる。赤ちんは抱きしめるとき、一瞬体を固くさせる。まるでオレを本当に信じてもいいのかを考えているみたいに。そしてそれから腕の中で力を抜く。まるでここが安全な場所だと確認できたかのように。

「赤ちん」

 赤ちんと一緒にいると、オレはたくさん傷つけられるし、オレも赤ちんをたくさん傷つける。赤ちんは誰のものにもならない。赤ちんをオレのものだと思ってはいけない。それでも。最後にこの腕の中に戻ってくることが、たまらなく嬉しいのだ。

 結果として、赤司は紫原を許した。というのも、元々あんなことをされたにも関わらず赤司は怒っていなかったのだ。流石に絶縁をされても仕方がないことをした自覚があっただけにその反応は拍子抜けで、やはり赤司は普通とは違うのだと強く認識をするきっかけともなった。
 許されたと言って罪の意識が消えるわけではない。暫くは赤司のそばに寄ることが怖くもあったが、赤司が望んだこともあり時間と共に再び元の距離へと戻っていった。もう彼に対して”そういった意味で”触れることは許されないと自分に言い聞かせたので、過剰にスキンシップを取ったりキスをするといったことはしなくなったが、それでよかったと思っている。これが通常の関係なんだ。胸の奥の焼け焦げたような感情さえ無視をすれば、ずっと赤司のそばにいることができる。幸せだ。幸せだ。もう無理だと思ったのに。そばにいられるだけでこんなに幸せだ。
 赤司のそばにいることの幸福と、許されてはいけない罪の苦しさで、紫原は赤司に縛り付けられたことにも気付かずに。


 そうしている内に夏が終わった。

 秋になり。

 冬が来た。




 春が過ぎ。

 夏が過ぎ。

 秋を送り。

 冬を迎え。

 後にキセキの世代と呼ばれることになる彼らは別々の道を歩むことになる。




 ――そしてその数年後。

「君は怖い人です」
「僕に面と向かってそう言ってくる人間は少ないんだよ?」

 しかし久しぶりに会った旧友に向かって酷いな、と言う姿は少しもそんなことを思ってなどいなさそうだ。少しだけ話をしていこうか、と誘われるままに黒子は赤司に付いて行きカフェに腰を下ろした。ああ、水をもう一つ、というお決まりの台詞を赤司が言い、驚いた店員に黒子は淡々と注文し、二人の注文したコーヒーが半分位に減ったころ大人しく近況を聞いていた黒子は赤司に思ったことを素直に口にした。

「しかし君が紫原くんの前でカマトトぶっていたとは吃驚です」
「ふふ、人聞きの悪い」

 肯定も否定もしない。

「敦には内緒だよ。知られてもあまり困りはしないが、拗ねると長いんだ」
「相変わらず彼には甘いんですね」
「少しだけ、負い目があると言ったらテツヤは信じるか?」
「ううん、際どいところですね。殊勝な赤司くんはちょっと怖いです…ああ冗談ですよ。あの頃の君たちは、妙に……絆、とは違う、何かで繋がっているとは思っていましたけど、君の策略だと知った今不思議と疑問が湧きません」
「ふ、流石テツヤだね。そう、繋がり。可哀想に、敦は僕から離れられずにいた」

 それは現状維持だったり、贖罪だったり、もしかしたら愛情もあったのかもしれないね。と笑う赤司に、黒子は呆れたように視線を返す。高校一年のときのウィンターカップの際にバッサリと切ってしまった前髪は既に伸びていて、中学のときの赤司よりも少しだけ短いくらいだ。その髪を撫でるように横に分けて、赤司はカップを手に取る。

「今となっては、もっとうまいやり方は無かったものかとも思うが、結果オーライだ」
「14歳かそこらの男子中学生の考えることでもなかったと思いますけど」
「それだけ”オレ”も必死だったのさ。手放したくない、と思えたのはそれが初めてだったから」
「……」
「ん?ああ、お前たちのこともちゃんと好きだからな?」
「そういう意味の沈黙ではなかったんですけど、ありがとうございます」

 それでも紫原はその中でも特別枠だったのだ。少し羨ましくもあるが、なんとなく今の話を聞いてほっとしたところもある。

「赤司くんも人の子だったんですね。その愛情表現はどうかと思いますけど」
「色々と突っ込みどころのあるコメントをどうも」

 一応褒め言葉として受け取っておくよ、という言葉を会話の締めとして、二人は店を出た。

「敦に会っていくかい?この後会う約束をしているんだ」
「いえ、今日は遠慮しておきます。ボクも今から火神くんと会う予定なので」

 それに馬に蹴られるのはごめんです。その言葉を聞いて、お前を蹴りはしないよ、と赤司は笑った。





「おかえり〜赤ちん」
「ただいま敦」

 鍵の開ける音が聞こえて、紫原は赤司が帰ってきたのだと確信をして玄関へ出て赤司を抱きしめた。苦しいよ敦、と言われてようやく離す。リビングに向かいながら黒子に会ったということを聞いて、ああだから赤司から他の匂いがしていたのか、と納得した。黒ちん元気みたいだね、と返しながら、黒子には色々と苦い思いもさせられたなあと芋づる式に思い出す。そのお陰で一時期はギスギスしていた色々な人物との関係が円滑になったとも言えるが。

「黒ちんで思い出したけど……オレ、高校が赤ちんと違うとこに行かなきゃ駄目だって知ったとき、少しだけ嬉しかったんだ」
「ほう」

 言うか言うまいか悩んだ結果言うことにしたが、どうやら赤司は怒ってはいないようで続けて、と視線で促される。
 学校を陽泉に決めたのは、親の転勤場所が秋田だったからというのが大きい。赤司と同じところへ行きたいという気持ちと同じくらい赤司と離れたほうがいいとも思っていた。紫原は赤司が好きだ。その気持ちに偽りの変動もない。だがともすれば再び赤司を傷付けてしまいそうで怖かったというのもある。自分が欲望に負けるのを恐れていたとも言える。一度は許された。だが、また同じことを繰り返してしまったら。
 紫原は自分が感情コントロールが苦手だと気付いていた。それは自分の精神が幼い故のことだとも。これでは駄目だと思っても、高ぶった感情を抑えることは難しかった。だから時間が欲しかったのだ。

「オレはそれでも構わなかったのに」

「え?」
「ん?どうした」

 ぼそりと赤司が何かを言ったような気がして聞き返したが、不思議そうに見つめてくる赤司を見て空耳?と首をかしげた。
 赤司と離れて辛かったし、悲しく思うときもあったが、今ではそうすることが正解だったのだと思う。

 赤ちんの目は、いつもまっすぐに前を見ていて、オレは赤ちんがどこを見てるのか分からなかったけどそれでもその姿が好きだった。ずっと前を見ていると思ってた赤ちんは、たまにオレを見たり、他の人を見たりしてたけどオレはそれに気づいていなかった。赤ちんはそんなことしないって思い込んでいた。

「オレ、赤ちんはずっと赤ちんのままだと思ってた」
「意味がわからないよ、敦」

 赤司も変化したが、自分自身も成長できたということだと思う。あの時の自分は、自分のことだけで精一杯な子供だったということだ。赤司の気持ちなど何一つ考えていなかった。
 赤司は自分自身を商品として見て、そのように扱うことがある。だが、だからといってなんでも出来るわけではない。赤司とて人間だ。情が有り、贔屓もする。彼の前では何もかもが平等ではない。あの頃はそれがわからなかった。赤司が言葉にしていたのに、それを信じなかった。勝手に作り上げた”赤司征十郎”しか見ていなかった。

 どんな頭のいい人間も人に温もりを求める。赤司征十郎という人間はそれがすこぶる下手くそで、大事だと、特別だと思っている人間にそれが伝わりにくい。
 そっかー、オレ赤ちんにとって特別だったんだー。とそのことに気付いたとき、紫原はこのまま地面にめり込んでしまうのではないかというくらい落ち込んだ。赤司の気持ちを勝手に決めて?自分の気持ちだけを一方的に押し付けて?しかもそれを許されて?その許されたのだって赤司が紫原を特別だと思っているからこそだというのにそれにすら気づいていなかった。赤司は人を頼らないと思っていたが、それは単に甘えるのが下手だっただけなのだ。

「今、すっごく幸せだってこと」

 不思議そうに首を傾げる赤司だが、素直に甘えてくる紫原が可愛くて手を回して頭を撫でる。
 赤ちんの視野は、ものすごく広いくせに時々すっごく狭くもなる。両極端すぎて気づくのが遅くなったが、それはオレに関してだけそういうことが起きるということも原因の一つだろう。近すぎて見えなかった。オレも同じだ。だから少し離れたのはきっと正解だったのだ。

「僕にはお前が必要だよ」
「うん」

 ようやく気付く。きっとそれは、ずっと昔から、愛だった。


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