アオがさすとき

Aomine × Akashi


六顆の秘め事懐中六花の続き。


「……どけ、いい加減、体が痛い」

 早々に息を整えた赤司に肩を押され、青峰は渋々とその上から身を引いた。

 珍しく二人共が次の日にオフだということで青峰が赤司を呼び、赤司もその誘いに乗った。二人共が多忙で、久しぶりに会ったというスパイスもあり青峰は赤司が扉を閉めたと同時に壁に押し付け、文句や抵抗を全て封じ込めてその体を貪った。
 だがやはり玄関で、というのは赤司の好みではなかったのだろう。途中も射殺してきそうな程の瞳で睨みつけてきたし、可愛く喘ぐのならともかく文句しか言わない口を手で塞ぎながらだったので半ば無理矢理気味なシチュエーションになってしまった。とは言ったものの赤司も青峰の呼吸に合わせていたし、立ちながらという初めての体位にどうすればバランスが取れるのか、一番良い角度は、来客が来た場合の行動パターンのシュミレーション、などなど赤司の頭の中では目まぐるしく情報が飛び交っていたはずだと今までの赤司を見てきて青峰もそこまで想像することが出来るようになっていた。だが赤司のことが分かるようになってきてより一層強く感じるのはあまり関係性が変化していないのでは、もう少し赤司も青峰に甘えてきても良いのではないか、という不満だ。

 青峰はバスルームに消えていった赤司の後ろ姿を思い出しながら、一緒に入ろうぜと誘い間髪入れずに「却下だ」、と叩かれた頭を撫でた。



 来週対戦するチームのデータを赤司に見せ、必要ないと言ったが何パターンかの戦略を頭に叩き込まれ青峰は疲れたようにソファの背もたれに体重を預けた。風呂に入り夕食を食べ、ゆっくりとした時間を過ごす予定だったのにどうしてこうなった。隣で何かを書いている赤司の乾かしたてでふわふわとした髪を触るが鬱陶しそうに逃げられる。これが最中ならばトロンとした瞳で運が良ければ擦り寄ってくることもあるのにどこにその切り替えスイッチがあるのだと思わずひん剥いて確かめたくなってしまう。そんな隣から発せられる邪念に気付いたのか赤司は青峰から少し距離を取り、無言でテレビを点けた。これでも見てろということらしかった。
 九時すぎとなればやっている番組はバラエティや連続ドラマになる。集中して練習をした日には帰宅時間も遅くなることもザラで、まともに見たこともないドラマを見るがやはり話が分からない。赤司を横目で見ると先ほどは紙にはまだ少しの文字しか書いてなかったのに今はグラフや表などがびっしりと書いてありもしかしたらこいつは精密機械なのではないかと疑った。
 ふと、言ってみたくなった。いつの間にか集中して見ていたドラマにそんな内容の場面があったのかもしれない、いつの間にかお茶を淹れてくれていた赤司に何とも言えない愛しさを感じたのかもしれない、……先ほど取られた距離が元に戻って、いや、もしかしたら先ほどよりも近くに座っていたことに気付いたからかもしれない。

「なぁ、いつか一緒に住むか?」

 予想外だったのは、軽く言うつもりだったのに心臓は早鐘を打ち体温は上昇し、少しだけ声が上擦ってしまった自分に対してだ。赤司のきょとんとした顔を見ると期待と高揚感は高まり、だが赤司の唇が「なぜだ」と紡いだのはそれ以上に予想外だった。

「なんでって……オレたち付き合ってんだろ?」
「付き合って、いたのか僕たちは」
「……」
「……」

 たっぷり息を吸い、一息をおいて。

「はぁぁぁぁぁああああああああっ!!!?」

 青峰大輝は自分はこんなに大きな声を出せたのかと己の限界の先を見たような気分になるほどの声を上げた。



 緊急会議の勃発である。
 議題は、青峰大輝と赤司征十郎の関係について。

「お前は、付き合ってない奴と何回もセックスすんのか」
「結果的にそうなっていはいる」
「オレ、お前に好きだって言ったはずだけど」
「それは聞いた」
「んでその時お前はオレのキス避けなかった」
「まあ、そうだ」
「でもオレとお前は付き合っていない」
「そう、だな。僕はそう認識していた」
「乳首ピンクのくせに」
「関係あるのか」

 先ほどの高揚感など遥か彼方、一気に青峰の機嫌は急降下していた。原因は先ほども今も目の前の男のせいだ。人間とは恐ろしい生き物だと思うのは、先ほどまでは愛しくて仕方がないと思っていた相手でも今は憎いとまで思ってしまえるほど気持ちが急激に変化したのを自覚した時だ。

「……もーいいわ。疲れた」
「話はまだ――」
「はいはい。つまり、お前は求められれば相手が誰でも足を開くってことだろ。お疲れさん」

 青峰の言葉に赤司はむっとしたように眉を寄せたが、そうしたいのはこちらの方だと言わんばかりに青峰はため息を吐いた。どういうつもりでこちらの行動に応えていたかは分からないが、青峰は酷く裏切られた気分を味わった。好きだと言い、キスをして、セックスまでした。それも一回や二回ではない。まぁ順番は間違えていたような気はするが、以前本人が言っていた通り、嫌ならばそう難しくもなく逃げられる能力を持つ赤司が受け入れていた。それがどんなに嬉しかったか、――ようやく手に入れられたと思っていたのに。
 もう話をしたくない。そう思った青峰は赤司にお前もう今日は帰れよ、と言い立ち上がった。

「おい、待て。どこへ行くんだ」
「一人になりてぇんだよ、付き合ってねぇならオレのプライベートに口出すな」
「大輝」
「……」
「だ……」

 大輝、と呼ぶ声や待て、と珍しく焦っているような声が聞こえたが全てを無視して歩きだそうとした。が、二歩歩いたところで背中に何かがぶつかる衝撃と、引き止めようとする力を感じ前に進めなくなる。首だけで後ろを振り向くと真後ろにつむじが見えた。青峰の背中に顔を埋め、か細い声で「待て……」と言うあまりにも珍しい赤司の行動に吹き出しかけたが、今、オレは怒っているんだ、とうっかりと状況を忘れニヤついてしまいそうな自分に言い聞かせ努めて低い声で対応をする。

「んだよ。帰れっつったろ。今度ヤりたくなったらまた連絡すっから」
「……何故そんなことを言うんだ」
「……」

 思わず押し倒しそうになった。なんだ?こいつはオレの何を試しているんだ?付き合っていないつもりだったんだろう?昔から発揮してた責任感やらなんやらでオレに合わせていただけなんだろう?だが、それにしては今の赤司の行動はおかしい。恐らくは赤司自身もそんなことは分かっている。先ほどからやけに視線を泳がせているが、一体何を探している?

「付き合ってない奴に足開くんなら、これからも同じことなんだろ。変わりねぇんなら問題ないだろ」

 嘘だ。ここで別れたらもう青峰は赤司に連絡をしないという予感があった。体だけなんて、心が通じ合ってると思っていたのに今更それだけじゃ足りない。

「そんなわけがあるか……お前だからだ。お前が馬鹿なことを僕に求めるから、……お前こそ、何故僕を……」
「あァ?んなのせ……生理ゲンショーだろ。触って舐めて揺すって抱きてーって思うのはお前だけなんだっつーの。お前、オレにすっげー想われてんだせ?オレは頭使うの嫌いだからよ、自分の身体を信じることにしてんだよ。お前もそれを分かってると思ってたんだけどな……なぁ、なんでお前」

 そんなに分かりやすく自分の気持ちを体が代弁をしているのに、それから目を逸らしているんだ?

「お前は……僕の何が良かったんだ。自分の頭を整理するためにまずは情報が欲しい」
「今言ったじゃねぇか……」
「頭を使うのが苦手、と言うが本当に頭を使っていないわけではないだろう。何か理由があるはずだ」
「……オマエほんっと面倒くせぇやつだな?」

 普段は言わなくとも全て分かっているかの様にしている赤司が青峰に質問をした。赤司が思考を停止して青峰とのこの関係を受け入れた、ということが何よりもイレギュラーなことだ。それを赤司は分かっている。だからこそ、その理由を探らなければ気が済まない。青峰の服を掴む赤司の手が、なにかに縋っているようにも見えて、青峰は最後まで赤司のしたいようにさせようという気になった。記憶を思い起こすように青峰は上を仰ぐ。

「オレ、お前のオレを見る目が好きだった」
「目、か?」
「あー……なんっつーんだろうな、よく分かんねぇんだけど、お前がオレを見てるとき何かが違ったんだよ」

 才能が開花する前はまだ少なかった。だがはっきりとそれに気付いたのは三年の初め頃。青峰を見る赤司の瞳の中に、何かを感じたのだ。ほんの少し、向けられた者にしか分からないほどの微かな、他へ向ける視線と違うなにか。最初はサボりがちになった自分に対する牽制、のようなものだとも思ったが、どうもそれとは違う感じがする。あの、赤司が。自分にだけ送る視線。

「お前と接点あんのって部活だけだったろ。だから引退したあとは気にならなかったんだけどよ……お前とこういう事するようになってから、下から赤い目して睨んでくるお前見てたらなーんかむずむずしてずっげえ虐めたくなってたんだよ。……今理由が分かった。お前の中にあるオレに対する何か、ずっとそれを揺さぶりたかった」

 あのロッカーの中の出来事と、赤司の視線、それを飲み会で黄瀬がきっかけで思い出した事が青峰にこのような行動を取らせた。どれか一つでも欠けていれば青峰と赤司は今の関係になっていはいなかった。言いながら自分でも納得をしたのか、青峰はスッキリとしたような表情で「これがお前の聞く理由だ」、と言った。
 それを聞いた赤司はどこか思い当たる節があるように視線を巡らせ、大きく一度深呼吸をして青峰を真っ直ぐと、しかしいつもよりは少しだけ逸らし気味に見た。

「……大輝、知っているか。好きの反対は嫌い、では無く無関心、だそうだ」

 人間はその時々の気分や相対する対象により、持っている能力の発揮にばらつきがある。円滑な人間関係がもたらす結果がプラスに傾くことが多いことを知っていたからこそ、赤司は己の気持ちで相手に接することを律していた。

「僕はな、好き、という感情が向けられるのは”自分にとって価値があるもの”に対してだと認識をしている。実際にお前は試合に出れば良い戦力として働いてくれた。そういう意味では僕はお前のことが好きであったと言える」
「おい、オレが言いたいのは」
「分かってる。……分かってる、それはお前が求めている感情とは違うことを。だがな、僕は……直感が行動に直結するお前が、……強いて言うならば、誰かに答えを求められたとするならば、苦手、と称していただろうとも思うんだ」

 感情を律してきた赤司が唯一例外で気持ちを持て余した相手。
 赤司はある意味で、青峰に憧れていた。羨ましがってたと言い換えることも出来るかもしれない。自分には無い恵まれた体格、類稀なるバスケセンス。けど嫉妬にはならない。何故ならそれは赤司には手に入らないものだと分かっていたから。はっきりと線引きをしていたからだ。嫉妬ではない。そこにあるのは純粋な羨望。だがそれを表に出すことはない。ないものねだりほど時間の無駄なものは無いと思っていたから。
 あまりにも違う能力のステージに立つ者へ向けるものとしたら、それは健全な反応だったのかもしれない。だが、違うが故に、能力だけを見ると予測が為難く、どこか敬遠をしていた部分が無かったとも言い切れない。
 帝光時代、黒子に影としてのプレイスタイルを教えたのは赤司だ。それはチームの中に光となる存在がいたからこそ出来たこと。帝光中学バスケ部にはその光足り得る存在は複数いた。だが、その中でも一際。赤司の中でも、一番輝いていた光は青峰だった。

「なぁ……もうちょっとわかりやすく言ってくんない」

 頬を掻きながら言う青峰の頭の上に大きなクエスチョンマークが見えるような気がして赤司は口元をほころばせた。

「……今から僕は誰にも言ったことのない事を言うぞ」

 赤司の率いるチームのエースは紛れもなく青峰だった。目を逸らさなければ飲み込まれそうなほどの光を放つ存在。卒業と同時に仲間として交わることはもう無いと思っていたからこそ、それで良しとした。だが今ここに共にいることが、赤司にとっての予想外の出来事になる。部室でのあの行動、数ヶ月前の出来事、全くお前はどうしていつも予測し辛いことばかりを選択し行動するのだろうな。だがだからこそ、赤司はあの夜青峰を許したのだ。
 己の行動を鑑みて、少し深く考えればすぐにわかったことだ。それなのに思考停止してしまったのは、きっと赤司は自分が変わることを無意識の中で恐れたのだ。自分の奥深くにあった、他人への強い執着。それは今まで赤司の中に無いものとされていた。無いはずのものを掘り起こされる、さらけ出される、心の輪郭が浮かび上がる……そのような経験が過去に無かったが故、その結果どうなってしまうのかが予測できず思考すること自体を封印した。

「すまない、ようやく向き合えた。……好きだよ、大輝」

 淡々と、だが聞き様によってはものすごい熱烈な告白を真っ直ぐと赤司に言われ青峰はどこに視線を合わせればいいのか分からなくなり落ち着き無く天井に目をやった。先ほど赤司が語った”好き”とは明らかに異なった意味を持つ”好き”に、とてつもない宝を得た気分になる。青峰は理論立てて物事を考えない。直感で感じ取り直感で行動をする。何かがある、とは分かっていてもその何かが何とは考えない。だが、その何かを本人からこれである、と示され、以前感じていた奇妙な感覚に当てはめると途端に恥ずかしくなる。

「馬鹿だろお前……普段人のこと馬鹿馬鹿言うくせに……」
「…………お前に言われるとは」
「はああぁ……マジ心臓に悪い。お前オレが好きなんだな」
「ああ」
「オレもだ。だから付き合おう赤司」
「……ああ。なんだか、順番が滅茶苦茶だな、僕たち」
「半分はお前のせいでもあるからな?!」

 普段は何もかもわかったような立ち振る舞いをしているくせに、こうやって言葉にしなくては自身の気持ちに気付かないところはどこかネジが抜けてるのではと思ってしまう。赤司の体温を背中に感じながらようやく体から力を抜くことが出来た。赤司の普段の態度から好かれている、と感じていた故に付き合っていない、と言い放たれた時は目の前が真っ暗になったが、確かにはっきりとした交際の申し込みはしていなかった。なんだ、もしかしたら付き合おうと言葉にしなかったオレが悪いのか?いやいや、でもあんなことやこんなことまでしておいて。……とりあえず今度からはちゃんと確認しようと青峰は心に決めた。

「お前さ、変なところですっげえ素直になるから心臓に悪い」
「そうか?特に隠していたことは無いが」
「ならセックスの最中ももっと声出せばいいんだよ。なんでいつも抑えるんだよ」
「……今そんな話をしていたか?」
「してただろ。傷ついたオレを慰めると思えば安いモンだろ」
「ニヤつくな馬鹿面。……そんなの、恥ずかしいだろ」

 耳を赤くして顔を背ける赤司に一瞬思考が追いつかなかった。気付くと赤司をソファに沈め、夢中で唇を奪っていた。苦しそうに顔を歪めながらも、気持ちが定まったからか以前とは受け止め方が違うように感じた。何度か角度を変えて貪り、赤くなった首筋を撫でてやる。口を離して数秒言葉を交わさず、どちらからでもなく立ち上がり寝室へと向かった。

「手加減しろよ、明日は……」
「そういえばオレもな、お前に対する気持ちがよく分かんねぇって思うときがあって、おっぱいでけぇ女抱けばはっきりするかと思って寄ってきた奴抱いたことあんだよ」

 でもやってみて分かったけどやっぱオレお前相手じゃねぇとずっと傍に置いておきてぇって思わねぇんだよ。まぁ相手も一回きりだからって言って上に乗っかってきたから別に問題ねぇだろ?と真っ直ぐな瞳で言う青峰の頭の中には罪悪感という文字は登録されていないようだ。
 恥ずかしいことを言ってしまった、とでも言いたげに頬を掻く青峰だが、一気に部屋の温度が氷点下に下がったような感覚になり、あれ?オレ冷房つけたっけ?とクーラーを見上げもう一度視線を戻すと赤司に距離を詰められていて、その近さに驚いた。

「ほう」

 ――さり気なくベッドへ誘導

「それは」

 ――重心を崩して足払い

「初耳だ」

 ――流れるような動きで押し倒しベッドのパイプに万歳をする形で手を縛る
 この間なんと3秒!

「……あっ!?お前今何したんだ!?」
「音が響くからパイプベッドは嫌だと思っていたが、こんな時に役立つな?」

 にこり、と普段は見せない優しい笑顔をこんな時に発揮しなくてもいいだろう!違うときにこんな笑顔を見せられたならば早々に押し倒し美味しくいただくこと間違い無しなのだが、状況が状況な上に何故かとびきりの笑顔の赤司が怖い。

「大輝、確認だ。お前が言うにはお前は僕と付き合っていた。そうだな?」
「お、……おぅ……?」
「だがお前はその間も女を抱いていた」
「……おぅ」
「お前が言うには僕は恋愛感情を知らない男のようだからな、お前のその行為は一般的にどういった行動にカテゴライズされるのかを教えて欲しい」

 青峰の背中が一瞬で冷や汗でびっしょりと濡れた。気のせいか赤司から冷気が流れ出ているような気がしてものすごく寒い。
 言われてからようやく気付いたが、もしかしたら赤司風に言うならば自分のしていた行為は”浮気”という行動にカテゴライズされるのではないだろうか。赤司の瞳は本気だ。
 ――やべえこれ掘られる!

 状況:腕は固定されマウントポジションを取られている
 相手:赤司征十郎
 結論:詰んだ

 掘られたくない、という天秤の片方に、赤司相手ならば生まれてからこのかたずっと守ってきたヴァージンを捧げてしまっても良い、という考えが罪悪感と共に乗ってしまっていることは今の段階では青峰は気付いていない。
 今まで散々好き勝手に赤司の体を弄くりまわしてきた自覚があるのでせめて痛くないようにしてくれ……!と望むくらいは許されるだろうか。自分のジーンズが脱がされ赤司がローションを手に取った段階で青峰はある程度の覚悟は決めた。――が、目を強く瞑り待てども想像していた感覚も刺激も無くあまりの恐怖に痛みも感じなくなったのかと絶望しかけたところで目を開き、そこでとんでもないものを目撃した。

「……っん、ぅ、」
「あか――」

 頬を桃色に染め眉間に皺を寄せ、少し苦しそうに自分の後ろへ手を伸ばす赤司が何をしているのか分からないほど青峰も馬鹿ではなかった。自然と喉が鳴り、もっとよく見ようと体を動かすがなんとも絶妙な角度で重要なところが見えない。そんな青峰の様子に気付き微笑んだ赤司の表情のなんと挑発的なことか。

「お前、どこでそんなの覚えんの……」
「……何を言う。お前が、……僕に、何度も教えてくれたんだろう」

 そこまでは教えてねーよ、と心の中で突っ込むが赤司ならば青峰から受けたあんなことやこんなことから方法や法則性を読み取り、一人でも出来るようになってしまうだろうことは想像がついた。

「自覚を持った。となるとするべきことも自ずと見えてくる。普段好きにされていることへの意趣返し……とまではいかないが、主導権は頂くぞ、大輝」

 まだ何も自覚をしていないが故に後手後手に回り、多くの場面でイニシアチブを青峰に奪われていたことが静かに赤司の中で積み重なっていて、自覚を持った今奪取すべきもの、と認識が定まったのだろう。鋭い視線でそう言われて今までも楽ではなかったのにこれからもっと強情になるのかコイツは、と近い将来の苦難が思い浮かべられ一瞬遠くを見てしまうが、赤司が青峰の昂ぶったものを自身に宛てがったのを感じ急いで目の前に焦点を合わせた。

「おい、ちょ」
「――っァ、ぐ……っ」

 なんとなくそうなるのではないかと感じていたことが実際に起きてしまい、苦しそうに呻いた赤司の声にかき消されてしまったが、青峰も辛さを逃がすように息を荒く吐いていた。

「ん、は、うぅ……重心のバランスを、取るのが難しい、っな……」

 根元まで一気に挿入し、苦しいのか腹を押さえている赤司を青峰は恨みがましく下から睨みつけた。

「はは、いい表情だな?大輝……」
「お、前ほどじゃねぇよ……ハ、鳴いてやろうか?ヒヒ〜ン、ってよ」
「減らず口を……」

 パチン、と弱く頬を叩かれ、落ち着いたのか赤司が動き始める。

「(……これは絶景だわ)」

 だがやはり初めての体位、初めての状況、初めての能動的な動き……気持ちいいことは確かだがどこか物足りなさが青峰を襲う。徐々に赤司の動きもこなれてきてスムーズにはなってきているが、意識的か無意識かは分からないが自分の”良い場所”を外した動きをしている。……もどかしい。ぐ、と腕に力を入れるが拘束具が解ける気配は無い。

「赤、司……これ、取れよ」
「だめ、だ」
「お前もあんま、気持ちよくないだろ?オレがちゃんとやってやるから……、っ!?」

 惚けたように目をトロンとさせていた赤司の瞳に光が差し込み、え、と思った瞬間に思い切り締め上げられ危うく青峰は達してしまうところだった。突然の変化についていけず奥歯を噛み締めながら赤司を見ると、汗はかいているが冷静そのものの赤司がそこにいて思わず息を飲んだ。あれ、先程までの雰囲気はどこへ行った。

「大輝。僕はお前の不貞、許すと言ったか?」
「……」
「答えろ大輝。言ったか?」
「…………言ッテナイデス」
「ふ……分かっているじゃないか」

 出来の悪い子どもを褒めるかのような、そんな優しさや慈しみさえ感じさせる笑みだった。だがその瞳が全く笑っていないことは間近で見たからか、気付いてしまった――気付きたくなかった。「あ、赤司さん……」と言う青峰を無視し、再び赤司は腰を動かし始めた。先ほどまでは気付けていなかったが、これは明らかに手加減をされている動きだ。赤司に余裕のある動きだ。つまり既に赤司は騎乗位をマスターしていたということであり、青峰を簡単にイかせる気が無いということになる。

「おっおまえ!性格、っワリーことは知ってたけど、ここまでっ、……する必要あんのかっ!?」
「ははは大輝。恋人に向かって性格が悪いなんて酷い言い草だな。必要か……そうだな、必要性は……」

 赤司の手が青峰の顔に伸び、殴られる!?と目を瞑ると想像していた衝撃はなく、口元に柔らかいものが触れた。驚いて目を開けると赤司が離れていくところで、つまり……と考えるとただでさえキツい下半身に更に血が集まり、それを感じた赤司にふ、と笑われ恥ずかしさやら居た堪れなさやらで死にたくなった。

「……そう、だな、ぁ、僕にも、嫉妬心……というものが、あったと言う……ん、っことなのだろうな」

 たっぷりと時間をかけて青峰を焦らすこと数時間、最後は青峰の息も絶え絶えな「許してください」「もうしません」「お前だけだ」「イカせてください」という言葉に満足をした赤司が青峰を解放し、晴れて二人の想いは通じ合った。
 赤司征十郎は行動で示す男。と、くれば彼の ” 愛してる ” も、肝心の相手に伝わりにくいと苦情を言われようがその通りであった。





「ボク、君に言ったはずです。……ええ、言いました」

 ずずず、とシェイクをすすり上げながらどこか遠くを見ているような何を考えているか分からない瞳で黒子がつぶやいたのを見て、青峰は先ほど貰ったクーポンから視線を上げた。
 赤司に嬲られ続けた体は睡眠を取ることにより回復したが、疲れで携帯のアラームが鳴っても気付かずに寝続け黒子との約束の時間に遅れてしまった。オフだと思っていた休日だが、実は黒子と3人で会おうと以前から約束をしていたことをすっかりと青峰は失念をしていたのだ。しかし赤司はしっかりと覚えていたらしく、だからあんなに簡単に誘いに応じたのか……と青峰は合点がいってしまった。同じく疲労で予定時刻よりも大幅に寝坊をした赤司はシャワーを浴びてから行く、と先にカラスの行水よろしく素早くシャワーを浴びた青峰を叩き出し、遅れている。

「実はなんとなくそうなのかも……、と思ってはいたんです。でも、まさか本当にそうだとは思いにくいじゃないですか。だからボク、こんなにあっさりと認められると困っちゃいます」

 先に電話で遅れることは伝えていたのでそこまで黒子は怒ってはおらず、つい数秒前まで平和に会話をしていたはずだ。だが、赤司と共に寝坊をしたと青峰が漏らし、黒子が冗談で青峰に、「君たち最近よく一緒にいますよね。まるで付き合ってるみたいです」と言い、それに青峰が「おー、よく分かったなテツ、あいつももっと素直になれば可愛いのにな」と恐らくは何も考えずに発したのだろう、その言葉を黒子が聞き事態は急変した。
 流石は普段から本を読んでいて読解力がある、と言うべきか、ただ単に青峰が馬鹿正直過ぎたのか、黒子は以前からの違和感と今の青峰の言葉を繋ぎ合わせ一つの答えにたどり着いたのである。

「覚えていませんか?……”赤司君に変なことしたら君の下の息子、チョッキンしてあげます”」

 温度の無い瞳のまま眼前に掲げた銀色の物体がハサミだと認識した瞬間に青峰は椅子からバランスを崩して転がり落ちた。その言葉を聞いた途端にそれを初めて言われた時の寒気も同時に背筋に上り、あまりにも本気な目に動揺をしてしまったからだ。

「ごっ、誤解だテツ!」
「何が誤解なんですか?君が言ったんですよ二人で熱い夜を過ごしていてそのあまりの濃厚さに寝坊をしてしまった、と。ボク聞きましたこの両の耳でしかと聞きました言っていないなんて言わせません言ったら許しません言った時点でもう許せないので総合的に見て許せません」

 ずるいずるい羨ましい、という副音声が聞こえてきそうなほどに恨みのこもったノンブレスに青峰はかつての相棒の深淵を見た気がして恐れおののいたが、青峰が椅子から落ちたことで少しばかり注目を集めてしまっているこの状況で万が一にでも黒子に危険な行動をさせるわけにはいかないと体勢を立て直しハサミを握る黒子の手を握りこんだ。男二人が向かい合って手を握っている状態である。先ほどとは違うタイプの視線を感じたがとりあえず黒子も状況を把握して気持ちを落ち着かせたようだ。
 そんな青峰の様子を見て、黒子はふう、とため息を一つ吐いてその凶器を青峰に差し出した。

「冗談です。君クーポンいつも切るの下手で破っていたので貸そうと思っただけです」
「そっか……あんがとなテツ……目がマジに見えたのはオレの気のせいに決まってるもんな……」
「……君、赤司君といることで少し頭の回転早くなったんじゃないですか」

 きっといい事なんでしょうね。と小声で言った黒子の声は、他の客の声にかき消され青峰の耳に届くことはなかった。
 ふ、とテーブルに影が出来て、黒子と青峰二人が視線を上げるとそこには少し呆れ気味の赤司が立っていた。一瞬黒子は身を固くしたが、だが追求などの言葉は無かったのでギリギリ先ほどの攻防は見られていなかったようなので黒子はほっと息を吐く。

「お前……どれだけ注文をしているんだ。見ているこっちが気が滅入る」
「あ?バーカ、こんなの腹ごなしに過ぎねぇっての。お前がもっと食えよ。肉つけろ肉」
「馬鹿はお前だ。僕は今のままで十分な筋肉が付いている」

 肉付きを確かめるためか腰に伸びてきた青峰の手を軽く躱した赤司は黒子の前のテーブルの上にMサイズのカップが一つ置かれているのを見て、容易に中身が想像できたようだ。

「テツヤも、油断していると太るぞ」
「ふ、太りません。そういう体質です」
「知っているかテツヤ。体質は年齢、ホルモンバランスや生活環境の変化や乱れ、ストレス、様々な要因によって変化をしていくものなんだ。一人暮らしを始め高校時代ほどの運動もしていなく増えた自由時間と使える金銭に調子に乗って多い時は一日に3回もここへシェイクを飲みに来るお前の体はどう変化をしているんだろうな?」
「すいませんでした」

 最近少しだけ腹の肉が気になっていたこともあり、黒子は撃沈と共に降伏をした。赤司はああ、とその言葉を受け取ると青峰の横へと座る。自分の隣へ来るかな、とも思っていたが、赤司の姿を見て早々と席を詰めていた青峰を赤司も気付いていたのだろう。

「久しぶりだなテツヤ。すまないな遅れてしまった」
「いえ、赤司君も元気そうで何よりです」

 普段と変わらぬ赤司の様子に黒子がそう言うと、気のせいだろうか、ほんの少し、通常ならば絶対に気付かないくらいの微細さで赤司を取り巻く雰囲気が硬化し、目の前の青峰が吹き出すのを堪えるような見えない机の下で誰かに足を踏まれているようなそんな表情をした。

「(……?)」

 不思議に思ったが理由を聞ける雰囲気でも無く、諦めかけたところで。赤司が店の時計を見るために横を向いたとき。そう。見えてしまった。見てしまったのだ……。本当ならば見たくなかった。だが赤司の白い肌にくっきりと自己主張をするかの如く鎮座し、顕示欲と威嚇を振り撒くその存在は嫌でも目に付いてしまった。しかもそれは赤司には絶妙に見えないだろう位置だということは、赤司が隠していないこととそれによりどこか赤司が体を庇っているようなそんな微かな違和感で分かってしまった。
 全てを理解し、わー情事ホヤホヤのカップルだーリア充爆発しろー……と普段のキャラ全てを投げ打ってそう心の中で呟き、普段の3倍澱んだ目になった自覚があった。付き合っている、とは認識していても実際にそういう行為までガッツリと思い浮かべるわけでもなし、だがそれを匂わせるものを思い切り見せられるととても居たたまれない気分になる。
 しかし赤司が気付かないとは、いやなにか理由があったはずだ、例えばそれに気付かないほど行為に熱中をしていたとか、とまで考え自分の傷に自分で塩と練りワサビをセットで力強く擦り込んだことに気付き意気消沈した。気付いたらどんな反応をするのだろうな……とぼんやりと考え今から謝罪の言葉を考えておいた方がいいですよ、と無言で青峰に訴えたが青峰はそれに気付くことなく赤司の髪についていた糸くずを取っていて黒子はもう無いはずのシェイクを必死にすすろうとストローに口をつけたところであるものが目に付いた。

「(……あれ。あれは……まさか……)」

 地肌の色のせいか目立ってはいないが、目を凝らして見てみると確かにそれはそこに存在した。

「(……なるほど。そういう……、赤司君、君負けず嫌い過ぎです。……まあお互いに気付いていないんでしょうけど)」

 二人を取り巻く雰囲気も、”そう”という知識があると今までとは変わって見えてくる。ああ、赤司君、君はそんな表情も出来たんですね君のそんな幸せそうな顔を見ることができて嬉しいです。青峰君、ちょっと君顔の筋肉緩み過ぎじゃないですかさっきからさり気なく赤司君に距離詰めてるのボク気付いているんですよ。
 ガンッ――、というプラスチックが強く木の材質の物にぶつかる音が聞こえたと思うとそれは黒子が空になったシェイクのカップをテーブルに握りつぶしながら置いている音だった。驚いた青峰と赤司が自分を見るのを感じ、黒子はにこりと笑い「ボクお腹空いちゃいました」と口にした。

「今日は食べます。青峰君今日遅刻した罰で奢ってください」

 青峰の手からクーポンを奪い取り、猛然と青峰を引きずりながらレジに進む黒子を見ながら赤司は珍しいこともあるものだ、とひとりごちた。

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