懐中六花

Aomine × Akashi


六顆の秘め事の続きです。



「王様だーれだ!!オレでしたーー!!!」

 真っ赤な顔で割り箸を掲げ宣言した黄瀬に、同じく適度に酔っ払っている面々は嫌そうな顔をして口を開く。

「まァたお前かよ!」
「くっ、何故今日双子座は一位なのだよ……!」
「黄瀬ちん変なこと言わないでよねー」

 王様ゲームを始めて何度も王様を引き当てている黄瀬は、ここに男しかいないことを分かっているのに「○番と○番はポッキーゲーム!」やら「○番は○番をお姫様抱っこー!」などといった定番ではあるがこのメンバーではむさくるしいことこの上ないことを指定してくる。口ではブーイングを出して黄瀬に罵声を浴びせながらも結局皆大笑いをしながらそれに従っているのは酒の力が大きい。
 皆の携帯フォルダの中には緑間が赤い顔をして紫原をお姫様抱っこしている姿や黄瀬が黒子にポッキーゲームを迫り撃退されている姿、最初に王様を引き当てた赤司が他全員を跪かせている姿などが収められていてシラフに戻ったときにアルコール以外の理由での頭痛の種になることは間違いなしである。

 中学時代苦楽を共にし、高校時代敵同士として戦ったキセキの世代の6人がこうして集合しアルコール片手に大騒ぎをすることは全員が大学生になった今、多くはないが少なくもない。時間の流れとは面白いもので、高校時代あれほどまでに対立をしていたにも関わらず何度かの対戦を経ての相互理解、年を重ねるごとに成長する精神、何度かアルコールを入れての対話、いくつもの経験の中でかつてのあのギスギスした雰囲気は次第に薄れていき、今ではこうして王様ゲームを興じるほどである。

「ん〜じゃあ〜、1番と4番がキッス!」

 げっ、と言う表情をした青峰を見て黄瀬はヒュー相手は誰っスか!と叫び周りを見渡す。するとゆっくりと見せつけるように赤司が割り箸をくるりと回し、そこには4という数字。赤司は笑顔ではあったが逆にそれが怖い。少しだけ青ざめた黄瀬に黒子の裏拳が入った。

「ごふっ!く、黒子っち!?」
「馬鹿ですか君はアホなんですか!赤司君にそんなことさせるなんて!!」
「なんで黒子っち赤司っちにだけそんな過保護になるんスか!?」
「オレも反対〜。赤ちんに変なことさせないでよね黄瀬ちん」
「いだだだだだ!?」

 黒子に襟元を掴まれゆすられ、紫原に頭を鷲掴みされギリギリと力を入れられて叫ぶ黄瀬を見て赤司はお前たち……となんだか嬉しそうな顔で見守り緑間はやれやれなのだよとため息を吐き青峰は誰もオレの心配はしないのかよ!と若干複雑な気持ちになっていた。

「でも王様の命令は絶対っス!!」
「馬ッ鹿だろお前男同士でキスできるか!!合コンのノリここに持ち込むなアホっ!」
「いいじゃないっスか〜初めてでもないっしょ?そーいえば皆初キスいつっスか?オレは小4の……」
「聞いてねぇよ!つか離れろ酒くせぇんだよお前!」
「ひっでえ!酒臭いのは青峰っちも同じっスよ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を傍らに、比較的正気を保っている緑間はゆっくりとグラスを傾けてため息を吐く。

「あいつら……いくら防音だとしても騒ぎすぎなのだよ」
「黄瀬君の情報はどうでもいいですけど緑間君の初キスは気になります」
「黒子……お前何杯飲んだのだよ……」

 さあ覚えていません。とグラスを傾ける黒子は見た目にはあまり出ない性質なので酔っているように見えないが、かなりの量を消費しているはずだ。以前居酒屋で飲んだときに数えてみたことがあったが、軽く10杯は空けていたように思う。途中で緑間も記憶があやふやになったのでそれ以上はわからないが、周りが潰れても飲み続けていたとの黄瀬の証言もある。
 いつになく饒舌な黒子の相手が面倒で緑間は水を取りに行くと言い席を立つ。紫原の「逃げた」という言葉は無視をしておくことにした。


 緑間が再びリビングに戻ってきたときも同じ話題が続いていたが、嫌がる者から無理矢理聞き出すという雰囲気はなくなっていたので安心して腰を下ろした。緑間は水を飲んで少し酔いが覚めたが、残っていたメンバーはまだ新しい缶を開けていたようで先ほどよりも数名の頬が赤い。

「オレは幼稚園だったかな〜。気づいたらされてた」
「ぶっは!確かに女の子の方が早熟っスもんね!」
「気付いたらってところもすごいですよね」
「青峰君は早熟なような気もしますが、案外高校時代とも思います」
「おいおいオレを甘くみんなよテツ!オレの初めては中学のときの――」

 青峰は途中で言葉を途切れさせ、何か少し考えるような顔をした。中学のときか、そういう話は聞いていなかったが付き合っている女性でもいたのか。それともグレていた時期にでも?と黙った青峰を見て周りの面々は思ったが次の瞬間青峰の口からとんでもない発言が飛び出してきた。

「そういえばオレ赤司だわ」
「ごふっ」
「赤ちん!?」

 丁度グラスに口をつけていた赤司が思いきり咳き込みその珍しい光景に驚きつつも紫原は背中をさすった。ハッ、とそれを見て正気に戻った緑間が叫ぶ。

「一体どういう状況でそんなことになったのだよ!?」
「あーそれは確か」
「お前は馬鹿なのかな?」
「っだあ!?」

 赤司が近くにあったテレビのリモコンを目にも見えない速さで青峰に投げつけるという衝撃的なシーンを目撃してしまった。
 その反応を見て青峰の嘘ではないと確信した黒子はあることを思い出していた。あれは中二の初夏あたりだっただろうか、青峰と黄瀬と部活後に残って練習をしていたとき、青峰がタオルを取りに行ったまま姿を消すということがあった。暫く待っても戻ってくる気配が無かったのとなんとなく早く帰った方がいい気がしてその時は帰り、後日その時の埋め合わせとしてシェイクを奢ってもらったのだったが、確かその時に何をしていたのかを聞き、青峰にしては珍しく歯切れが悪かった。何か悪いことでもしていたのか、とその時はあまり深く突っ込まなかったが、まさか、あの時に、赤司と青峰が……!

「……許せません!ボクも赤司君とちゅーします!!」
「ならオレは青峰っちとー!」

 酒のせいか興奮のせいか、顔を真っ赤にした黒子が赤司に馬乗りになり悪乗りした黄瀬が青峰に飛びつき、その場は一気に騒然とした。
 しばらくの擦った揉んだの末紫原と緑間によって赤司と青峰から引っ剥がされた黒子と黄瀬はブーブーとブーイングを鳴らしていたが、落ち着けお前たち、と赤司にデコピンをされて大人しくなった。
 思いのほか痛かったのか額をさすりながら黒子はうう、と赤司を見、そして青峰を見てギラリと瞳を光らせた。

「青峰君、今度赤司君に変なことしたら君の下の息子、チョッキンしてあげます」

 指でピースの形を作り、それを開閉して見せた。「目が……目が本気なのだよ」と緑間、「うおぉ……黒子っちの本気こえぇっス……」と黄瀬、「オレはヒネリ潰してスリおろす〜」とスルメを食べながら紫原。味方がいないことを悟った青峰はいつになく本気モードの黒子を見て、きゅっと股間を押さえた。



 その後、色々な黒歴史暴露大会が続いたり黄瀬が借りてきたというお笑いのDVDを見たり酒を買い足してきて飲み直したりとしている内に一人また一人と脱落していき、赤司と緑間は全員にブランケットをかけて自分たちも寝ることにした。本当ならば布団を敷いてから、という予定だったが図体のでかい男がゴロゴロと寝息を立てている中でそれは無理な話で、緑間はソファの上で寝ることにした。固い床で眠るよりはマシである。家主である赤司は最初から隣の寝室で寝ることが決まっていた。
 
「おやすみ真太郎」
「ああ、おやすみ赤司」

 ドアを閉め、ほんの少しだけ読みかけの本を読んで、そろそろ寝ようとリモコンで電気を消したところでドアの開く音がした。最初緑間が何か伝え忘れていることがあり入ってきたのかとも思ったが、緑間はそんな男ではない。電気をつけようとリモコンに手を伸ばしかけたところで「眩しいからやめろ」と、青峰の声がした。ドアを閉める音がやけに大きく聞こえた。

「寝てなかったのか。……寝ぼけてるのか?」

 暗い部屋の中でもなんだか青峰の様子がおかしいように見えてそう声をかける。

「あんなかってー床で眠れるかよ……ベッドよこせ……」

 フラフラと千鳥足であくびをしながらベッドへと乗り上げた青峰を見て、赤司はただ単に酔っているだけか、と結論付けた。赤司のベッドのサイズは至って普通、190cmオーバーの男と一緒に寝ることなど窮屈で出来やしない。青峰の襟元を掴み、喉が締まるのも気にせずに進行方向とは逆方向へと力を加え、隣の部屋へと戻そうとする。だが、予想よりも早く青峰が動き手を掴まれて強く押され、バランスを崩して赤司は床へと転倒してしまった。

「っぐ!おまっ――」

 熱い。そう思った時には既に赤司の口は塞がれていた。あまりの出来事に思考回路がフリーズしかけたが、鼻につくむせ返るようなアルコールの匂いにハッとした。舌を入れられて容赦なくそれに歯を立てる。

「っ、てっめ……また噛みやがった…」

 口を押さえて青峰が勢いよく離れた。また、というのは先ほど青峰が暴露した中学時代のことを指しているのだろう。そうだ、あの時も無遠慮に侵入してきた舌を噛んだ覚えがある。芋づる式に全ての出来事を思い出して自分でも顔が苦々しく歪むのが分かった。トリガーさえあれば記憶など簡単に蘇る。出来るならばずっと思い出したくなかった出来事だ。今でこそ酒の場の一つの笑い話で済んだが、何故再び同じような状況に陥っているのだろうか。

「理由を言え」

 腕を動かそうとしたががっちりと押さえつけられていてそれは叶わなかった。流石に赤司も青峰に単純な力勝負で勝てるとは考えていないのでここは一旦体力温存のため諦める。

「あ?んーっと、さっきの黄瀬の命令、聞いてなかったなと思ってな。王様の命令は絶対、だろ?」
「理由になっていない」
「……お前、オレのこと嫌いじゃねえだろ?」
「嫌ってはいないが……僕は男だぞ」
「はァ?んなの何年も前から知ってるっつーの」

 質問を間違えたな、と赤司は内心で思い、自覚はしていなかったが少し思考が鈍っていることに気付いた。原因はアルコールか異様なシチュエーションに状況判断が追いついていないのか。
 どう切り抜けるかばかりに気を取られ、再び青峰の顔が近付いていたことに気付くのが遅くなった。今度は軽くついばむ様に触れられただけですぐに離れて行く。間近で視線が合い、これはもう話を聞ける状態ではないのではと気付く。

「お前も忘れろって言ってたしオレも今まで忘れてたんだけどよ……」

 それに続く言葉は聞くことは出来なかった。声が小さすぎたのか元々言葉にしなかったのか、せめて口元を見ていたならよかったが視線を逸らしてしまっていた。まるであの時の再現をするかのように下着ごとズボンを剥ぎ取られその余裕が無かったことが原因の一つでもある。ぎょっとした赤司の抵抗をモノともせず、青峰は赤司の性器を握りこんだ。

「お前……酔うと勃たないんだな。オレはいっつも熱くなる……いや、お前に触ってるからか……?」
「っ、やめろ、大輝」

 未だに混乱の方が勝っているこの状況では反応するものも反応しない。だが強弱を付けられて触られ摩られ、少しではあるが赤司のものも勃ち上がってくる。熱を孕んでいるかのような目で赤司の様子を見ていた青峰は、躊躇せずにそれを口に含んだ。流石に青峰がこのようなことをするとは予想が出来ずに、一瞬赤司は抵抗することを忘れた。焦点が合ってないことから完全に青峰が酔って正常な判断ができずにいることは分かっていたが、まさかここまで暴走をするとは思わなかった。
 思考が停止し大人しく青峰の様子を見ていた赤司だが、強く吸われ赤司の”良い場所”を知っているかのようにしゃぶられ一気に絶頂へと持っていかれる。髪を掴んで嫌だと主張するように頭を振るがその行動虚しく青峰の口内で射精をしてしまった。

「……まっず、」

 流石に飲み込むことは出来ず、赤司の放った精を自分の手に吐き出す。それを見て、やはり赤司も人間だったのだなと再確認する。普段の様子からは赤司には性欲があるのかが窺い知れない。あのロッカーの中であのような体験をしていたから辛うじて赤司も男として普通の機能がついていると分かっていたが、そうでもなければこうして無理にでも確認をしなければ納得できないレベルで赤司征十郎という人間からは欲の匂いがしない。
 ぐったりと、疲れたように放心をしている赤司の足の間に入り込み吐き出した精液を尻の間に塗り込む。何をされるか理解した赤司に逃げられる前に押さえ、組み敷く。
 一つ赤司は思い違いをしていた。青峰は赤司が思っているよりも正気で、アルコールも半分以上は既に抜けている。今の状況が普通ではないことを理解し、理解しているにも関わらず止めようと思っていない。隣の部屋には黒子たちが寝ていて、赤司はそれを気にして大きく抵抗することはできないだろう。卑怯だと分かっていても、やめることはできそうにない。


 どう見ても男だ。胸は無いし、筋肉ついてて触り心地も良くはない。赤司という人物も知っている。可愛いだなんて一回も思っていない、口で勝ったこともない、人間としてスゲーやつだとは認めているがそれは恋心なんてものではなかったはずだ。それでも赤司が相手だと分かっているのに下半身は反応し熱を持つ。
 中学のときのアレは、事故のようなものだった。でも今は?あの頃よりは精神的にも成長し己を抑える力も増しているはずの、今は。場の雰囲気や性欲の衝動に流されるほどヤワな頭はしていないはずだ。しかも相手が男ならばなおさら。

「うあっ、あ、っしね、しねっ」

 バラバラと赤司の中で指を動かし、少しずつ解していく。たまに苦痛では無い声を出す場所があるようで、そこを重点的に責めると赤司の声の質が変わる。最初は指一本でもキツかったが今では二本を簡単に飲み込んでいる。
 普段の赤司からは聞けない幼い罵倒に妙な恍惚感を覚える。顔が見たいと思い、顔を隠している腕をどかして押さえる。両目の色の違う瞳が出てきて、強く青峰を睨みつける。中学の時は、目力が半端ではなく主将である赤司にそのように睨まれていたなら体はびくりと萎縮していただろうが、今は昔とは違う。なによりも状況が。赤司の視線を受けても受け流すことが出来る。むしろ、それが青峰を煽る一因になってしまうのだ。
 喉を鳴らしてはやる気持ちを抑え、充分に柔らかくなったことを確認して指を抜く。痛いほどに硬くなった自身を取り出す。

 赤司は後ろに熱いものを感じて、それが何か理解し後ずさろうとしたがもう遅かった。ゆっくりと身を割いて侵入してくるそれを感じて汗が吹き出す。

「っ、く……ぅあ……う、ぐぅっ……――!!」

 熱い。痛い。裂ける。悲鳴のような声が漏れる。
 このマンションは全部屋防音ではあるが、万が一にも隣の部屋にいる彼らに声を聞かれるのは死んでも嫌なので自分の腕を噛む。

「馬鹿、やめろ」

 青峰はそう言って赤司の腕を口元から離して、顔の横で押さえつける。馬鹿、もやめろ、もこちらの台詞だ。と荒い呼吸の中赤司は青峰を睨みつけるが、ついに根元まで挿れられ思わず体を仰け反らせた。
 何故こんなことをしているんだ、という疑問もどうしてこんなことになってしまったんだ、という後悔も既に遅い。じくじくと痛む場所に少し意識を移して状態を確認するが、どうやら裂けてはいないらしい。青峰に散々いじられた結果だと認めるには業腹であるが血が出ていないというのは精神的に少しだけ安心することができた。

「赤司、痛いか?」
「い、たくな…………いたいよ」

 一瞬意地を張りかけるが、青峰がそのように聞いてきたということは自分はおそらく血の気の引いた顔でもしているのだろう。
 ここで虚偽の申告をし、自らを追い詰める行動を取るのは理にかなわないということも分かっている。それでも意地を張りかけたのはこの状況を許しているわけではない、このようなことをされても自分は何も変わらないという意思表示をしたかったからだ。だが強引に事を進めておきながらも心配そうに見つめる青峰を前に、毒気を抜かれたのも事実だった。
 少しでも意識を他の場所へ移そうとしているのか青峰に耳や首筋を撫でられ少し息がしやすくなる。

「赤司……」
「っ、い……、わかって、る」

 こうなった以上、射精をさせる以外に解放される方法は無いだろう。下手に長引かせるのも体に負担をかけるだけである。もどかしそうに赤司を見る青峰の顔にもありありと動きたい、と書いてある。仕方がないと思いながらコクリと頷くと、青峰はゆっくりと動き出した。
 最初は気遣っているようにゆっくりとした動きであったが、徐々に動きが激しく早くなり、分かっていたことだったが赤司は青峰に呼吸を合わせて負担を軽減させるのに手一杯で快楽を拾うことなど出来はしなかった。

「赤司っ、」
「っぐ、うぅ」

 青峰が射精をしたと分かったとき、今まで感じたことのない感覚を腹の奥で感じた。体の奥から熱くなるような、体中に染み渡っていくような、何故かその瞬間に青峰大輝という存在を誰よりも、今まで触らせたことのないところまで近くに感じて少し怖くなる。
 いやだ、こんな感覚は知らない。知りたくない。赤司は息を整える青峰の体を手で押し返し、なんとか逃げようとする。ずっと入れられたままというのも心地よいものではない。

「っもう、いいだろう。どけっ」
「あァ?お前ムードとか知んねーの……あぁ、悪い、まだイってなかったか」

 一番恐れていた展開だ。青峰の視線が赤司の下半身へと動き、立ち上がろうとした赤司を再び床へと引き戻す。

「あっ、いやだっ」

 赤司の制止を振り払い青峰は赤司の性器を握り込み手を上下に動かして刺激を与える。

「ふ、く……、うっや、や、あっ」

 なんて声を出すんだ。急所を掴まれ、快感を得るように愛撫をされていては出る力も出ない。いつもとは比べ物にならないほど弱々しい力で手を掴まれて抵抗されるが、今の状況ではその抵抗すら青峰を煽る要素だ。そして、先ほど気付き確信をしたことだが赤司は快楽に弱い。なんとなく潔癖にも見えるこの男、もしかしたら性行為自体をあまり好んでいないのか。そしてだからこそ快楽に耐性がなく、ここまで乱れてしまうのか?
 一つの可能性としてそんなことを考えていても青峰の手淫は淀みがない。同じものがついている以上、どこをどう触ると気持ちがいいかは分かっている。細かな反応場所は違うが、順調に赤司を追い詰めることができているようだ。

「うっ、ん、……い、いやだ、って、」
「あ?」
「嫌、だって……言ってんだろアホ峰がァっ!!」
「ぐほっ!!?」

 少しの表情の変化も見逃さないと言わんばかりに見つめていた青峰相手にこのような反応を返してしまう自分の体も嫌で、拘束がゆるくなったところを狙って赤司は青峰の横腹を蹴り上げた。主導権を握られるのもこれ以上調子に乗られるのも我慢がならなくその怒りも蹴る力に上乗せされた。蹴られた場所を押さえ咳き込む青峰を足で蹴るように遠ざけ組み敷かれていたような体勢から抜け出す。流石にもう頭も冷えただろう、だがもう少し離れておこう、と距離を取りかけたところで足を掴まれ無理矢理引き戻される。お前、と睨みつけたところで青峰が目尻に薄らと涙を溜めながらもなんとも凶悪な笑顔でこちらを見ていることに気付いた。

「くっそ、お前が腹熱くさせるから、また勃っちまったじゃねぇか」

 熱を帯びた手で太腿を撫でられそれが何を意味するかを察する。逃げるなよ、と言う青峰の瞳の奥の炎のような熱。その獰猛な光に呆れたのか目眩がしたのか、頭がくらりとした。


「っ、う、うあっ」

 どこからこんな声が出るのか。もう声を抑えるのは半分諦めたら随分と楽になった。汗が目に入るのが煩わしい。髪が頬に張り付くのも不快だ。ただ腰を振っていればいいものを、青峰は赤司の脇腹を撫で太腿をさすり愛撫をする。敏感になっている体はその愛撫に一々反応をし、その度に赤司は舌を噛みたい衝動を抑えている。
 認めたくない。痛みと圧迫感だけを感じていたほうがまだマシだった。獣のように四つん這いになり、後ろから青峰に犯されている。青峰が先ほど中で出した精液が潤滑油代わりになっているのか先ほどよりは抵抗なく青峰のモノが中で動く。苦しいはずなのに、気持ちが悪いはずなのに青峰が出ていこうとすると赤司の体はそれを引き止めるかのように動いてしまう。

「っは、マジ、エロ……」
「く、ぅ……無駄口、たたくなっ」

 青峰の言葉にかっとなり強い口調で返す。へいへい、と気の抜けるような返事をしながら青峰は腰を打ち付ける。その度に赤司がびくびくと反応する様が面白くて、赤司の前に手を伸ばす。やめろ、と切羽詰ったような声で制止の声をかけられるがそれを無視して赤司のそれに触ると、先ほど萎えていたものは勃ち上がり先走りまで出ていた。ぬめりを全体に伸ばすように手を動かし、赤司のものを扱く。

「あっ、あ……それ、やめろっ」

 隠すように床に着いていた腕に顔を押し付け赤司は呻くように言う。ゆるゆると扱き、時折強くいじってやると赤司の内壁はきゅう、といじらしく青峰を包み込むように蠢く。
 床は痛い。せめてベッドで。と言われたときから青峰はわずかに残っていた自制心すら投げ捨てた。状況がそう言わせたとしても、赤司が自分から青峰を受け入れたという事実には変わりがない。ぐちゅぐちゅと動くたびにいやらしい水音がする。肌を赤く染めた赤司が乱れている。聴覚的にも視覚的にも今の赤司は毒だ。しかもその毒は中毒性のあるものときている。腰を掴んで奥にねじ込み、そこで精子を吐き出す。タイミングを合わせるように扱いていた赤司もぶるりと震え、シーツに精子を染み込ませていた。

「赤司、っもう一回……」
「あ、っも、いや……だ」

 中に入ったまま赤司の体をひっくり返す。その動作すらも快感へと変換されたのか赤司は震え意図しなく青峰を締め付ける。なんでこいつ、こんなに煽るのが上手いんだ。と、赤司の中に眠っていたとんでもないものを呼び起こしてしまった気分で赤司の尻を掴み揺さぶる。慣れない快楽に脳が溶かされたのか言葉にならない声で喘ぎ、切れ切れになんとか息をしている赤司を見てなんとも言えない気持ちになり口を塞ぐ。青峰の中の征服欲とも支配欲とも言える欲望が満たされていく感覚。ああ、違う。そういうものじゃなくて、もっと他の……――。





「頭が割れそうです」
「液キャベあるっスよ」
「もらいます」

 黄瀬が袋から取り出したビンを受け取りそれを一気にあおる。独特の味に顔をしかめるがこれで少しは楽になるだろう。机に突っ伏した黒子を見て緑間はため息を吐きながら水を差し出す。

「まったく、調子に乗って何杯も飲むからなのだよ。一体昨日の記憶がどこまで残ってるのかも怪しいものだよ」
「うう……同じくらい飲んでいた黄瀬君がピンピンしてるのが腹立たしいです……」
「オレは二日酔いとかはしたことないっスね〜」
「体質の違いだろうな。オレは二日酔いになるほど羽目を外して飲まないのだよ」

 言いながら朝食の用意をする緑間に黒子はお母さんみたいです、と黒子なりの褒め言葉を捧げ黄瀬も笑いながらそれに賛同する。昨日寝る前に赤司と相談をして、朝食は緑間と赤司二人で作ろうと言っていた。赤司が起きてこなかったのは予想外だったが結構な量を飲んでいたし、昨日の時点で食材の確認も済ませメニューも決めていたので寝かせておいてやるかと緑間は一人で作った。二人の言葉にやや微妙そうな顔をしながら緑間は出来上がったものを並べていく。

「うわっ、美味そう!緑間っちさっすが〜!」
「しかも二日酔いに効くとされているものが多くあります……素晴らしいです緑間くん」
「ふん、当然なのだよ」

 ふい、と顔をそらしつつもその表情は嬉しそうだったのを黒子と黄瀬は見逃さなかった。机の下でコソコソと「素直じゃないですね」「でもそこが緑間っちのいいところっス」と話す。

「ふぁ〜、……おはよ〜。良い匂いー……」
「おはようございます紫原くん」
「ご飯準備できてるっスよ〜」
「まずは顔を洗ってくるのだよ」
「ん〜……、あれ、赤ちんは?」

 テレビの近くで眠っていた紫原がもそもそと起き、辺りを見回す。当然赤司も起きてここにいるものと思っていたがその姿が見えなく首を傾げた。それと同じくしてタイミング良く寝室のドアが開き、見ると瞼を重そうにした赤司がそこから出てくるところだった。朝早くに一人起きて既に着替えが終わっていてもおかしくないとも思っていたが、その様子を見るに本当に今まで眠っていたようだ。

「おや、赤司君が寝坊だなんて珍しいですね。おはようございます」
「……ああ、おはようテツヤ」
「赤ちん大丈夫?酷い顔だけど」
「心配ない、ああ、大丈夫だよ敦」
「声どうしたんスか!?赤司っち喉枯れるまで酒飲んでたっスか?」
「涼太うるさい、響く」
「あれっオレだけ!?」

 痛いのは頭だけではなく体中だ。睡眠をとって少しは体力も回復したが、あんな行為に何時間も付き合わされて未だに肉体的にも精神的にも休息が足りない。だが悲しいかな規則正しい生活で何年もかけて培われてきた体内時計は肉体の主である赤司のことなど気にかけずにいつもと同じ時間に目覚めさせ、二度寝という普段はしない行為に困惑し休息を求めた赤司に浅い眠りしか与えなかった。
 黒子たちの声が聞こえて流石に起きるか、と体を起こしたはいいものの、すぐにソファに座り込んでしまった。その赤司のグロッキーな様子を二日酔いと思った面々は珍しいこともあるものだと少し心配な様子だ。

「ほら、飲むのだよ赤司」
「ありがとう真太郎」

 緑間から受け取った水を飲み、テーブルの上の朝食を眺める。すまないな、という視線を送ると構わないのだよ、と緑間が眼鏡の縁を上げる。

「うおぉ……なんスかね今の」
「まるで熟年夫婦並みの以心伝心っぷりでしたね。妬けます」
「馬鹿なことを言っていないでさっさと食べるのだよ」
「真太郎は料理の腕が信じられないスピードで上達したからな。僕も味は保証するよ」
「いつまでもオレが弱点を放置するはずがないのだよ。人事は尽くした、失敗などあるはずがないのだよ」

 ふん、と何でもなさそうに言う緑間だが、彼が努力家だということは皆知っている。元々が弱点だと自覚をする程のものだったのならば、その努力も飲み込みも生半可なものではなかったはずだ。そう思うと俄然目の前の料理が美味しそうに見えてくる。現金なものですね、と黒子は独りごち己の腹もそれを求めているかのように鳴る。顔を洗ってきた紫原がポタポタと雫を垂らしながら席に着き、緑間にタオルを押し付けられながらそういえばと足りない人間を思い出す。

「峰ちんは〜?」
「まだそこで眠っている」
「起こしたほうがいいでしょうか」
「ご飯冷めちゃうっスしね」

 おーい青峰っち!朝っスよー!と黄瀬が呼びかけるが青峰はうんともすんとも言わず、黒子がゆすりに行ってもブランケットで顔を隠して唸るだけだった。

「青峰は寝起きが悪かったか?」
「う〜ん?あまりそういう印象は無かったのですがね」
「寝かせておいてやれ。昨晩寝つきが悪かったようでな、朝早くまで起きていたようだし」

 何やら不機嫌そうに赤司が言うのを聞いて何かあったのか、と黒子が口を開きかけるが赤司の様子を見て大人しく口を閉じた。誰からも何も質問が飛ばないことからなんだか触れてはいけないようなものだと各自判断をしたようである。冷めるぞ。という赤司の言葉に後押しされ、皆はいただきます。と手を合わせた。



「あいつらは?」
「買い物へ行った」

 ようやく青峰が目を覚ましたとき、既に時刻は正午を回っており辺りを見渡すがそこには赤司しかいなかった。大の男が6人。しかも大半が体格の良い体育会系の男、予想以上に飲み、食べ、赤司の家の冷蔵庫が空になるのは容易に想像が出来たことである。本来ならば一泊だけをして昼には帰る予定だったが、久しぶりに集まったことが楽しすぎたのか夕食後に解散しようということになり、ならば食材が必要だと他のメンツは買い物に行ったことを青峰に告げる。

「なんでお前は行かなかったんだよ」
「その方が都合がいいだろう」

 その通りだ。青峰はゆっくりと赤司に近づき、ソファに腰を置く。
 隣に座られて、赤司は視線だけを向ける。青峰は赤司を見ない。

「悪いとは思ってねぇ」
「その顔を見ればそうだろうな」

 だが気遣うことは出来るようだ。青峰は赤司にクッションを投げて、赤司はそれを腰の下に置く。

「まるで発情期の獣だった。なんのために人間に理性というものがあると思ってるんだ」

 結局寝ることが出来たのは明け方に近い時間だった。他の4人を起こさないようにシャワーを浴びるのはリビングとバスルームの距離がそこそこあり加えて全室防音のこのマンションでは難しいことではなかったが、青峰も一緒に入ってこようとしたときは流石に叩き出した。遠慮なく中で出されたので後始末も大変だったし、まさか自分であんなところを触らなければならない羽目になるとは思っていなかった。そんな姿を見られるわけにはいかなかったし、青峰の熱がまだ冷めていないとも感じたからだ。
 それを言われるとわかっていたのか青峰はうるさそうに顔を逸らしてリモコンでテレビをつける。静かな空間に耐えられなかったというのもあるのだろう。

「好きだ」

 あまりにも脈絡がなさ過ぎて一瞬なんのことだかわからなかったが、それが青峰なりの責任の取り方なのだろう。赤司は青峰の言葉を噛み砕くように頭の中で反芻させ、青峰らしいな、という結論を導き出した。
 それにしても順番がちぐはぐすぎるだろう。だが最初にそう言われても、きっと今のようには受け取れなかった。何も言わない赤司に焦れたように青峰はまくし立てる。

「お前が好きだからセックスがしたいと思った。酒で頭がおかしくなってたワケでもねぇし、流されたワケでもねぇ」

 お前はどうなんだ、と視線で問われて赤司は少し考えるように下を向いた。

「さぁ。アレは半分は強姦だと思ってる」
「お前な……」

 人がここまで言ってんのに返す言葉はそれしかないのか。とむくれた様子で青峰がにじり寄ってくる。そして肩を掴もうとしたところで赤司の言葉の違和感に気付いたように動きを止めた。

「”半分は”?ってことは後の半分はなんだよ」
「問題はそこだ。本当に……嫌だと思ったのならば、きっとお前相手でも容赦はしていなかったのでは、と思い至った。いくらなんでも体格差・力の差があるとは言え、殺す気でかかれば逃げることも出来ただろう」
「ころ……」
「嫌じゃなかったわけではない。そこは勘違いをするな。だが、まぁ、流されただけ、というわけでも無かった」

 赤司の言葉は難解だ。一つの言葉に何通りもの意味が込められているように感じる。青峰は頭を必死に回転させて、なんとかその意味を噛み砕く。赤司の言葉がわかりにくい分ある程度自分にとって都合のいいものを導き出してしまうのは仕方のないことだとも思う。

「…………それってオレのこと、結局好きってことなのか?」

 いくつも物騒な言葉が聞こえてきたが、今はそこに突っ込んではいけない。そしてその”物騒な事”が青峰相手に実行されなかった、ということが大事なことだと薄らと理解している。
 ああ、と納得したように赤司はぽんと手を叩いて青峰を見た。

「驚いた。どうやら僕はあんなことをされたというのにお前のことを嫌えないらしい」

 人事のように言う赤司を見て、青峰は奇妙な感覚になった。こちらの質問にははっきりと答えないで先ほどからよくわからないことを言うこの男から、なんだかとても大切な何かを言われた気がした。気付いたら詰め寄って押し倒していた。この流れでそう来るとは思っていなかったのか呆気にとられたような表情で青峰を見上げる赤司に顔を近づける。

「……ん」

 避けられなかった。唇を離して間近で赤司の瞳を見つめる。あいかわらず何もかも見透かしたような瞳ではあったが、その奥に映る自分の姿が、赤司に根付いているようにも見えて背筋がゾクリとした。
 今度は少し激しく唇を塞ぐ。少し抵抗をされたが構わずに赤司を抱きしめる。押しつぶされて苦しいのか、口という器官を封じられて息ができないのか喉の奥から声にならない音が聞こえてきて、昨晩の熱を思い出し余計に青峰は燃え上がる。

 ――ピンポーン

 とチャイムの鳴る音がした。意識をそちらへ向けた赤司にそんなの無視しろ、と言うように首筋に噛み付く。一際大きく赤司の体が跳ね上がり抗議をするように睨まれるがそれに笑顔で返して服の中へと手を忍ばせた。

「おい」
『赤ちーんあけてー』

 赤司の声と紫原のものと思われる声が重なった。テーブルの上を見ると黒子たちが持っていったはずの鍵が。赤司の住むマンションは建物の入口と部屋とで二重の鍵がかかっている。どうやら黒子たちが持っていったのは建物の鍵だけで、この部屋の鍵を忘れていったのだろう。青峰はまたしても横腹にとてつもない衝撃を受けた。

「うぐおっ!?」

 赤司に蹴られたのは何度目だ。今度からは足もしっかりと押さえつけよう。そう心に誓う青峰を邪魔だと言うようにどかして赤司は乱れた服装を整える。

「今行く、待ってろ」

 はーい、と言う間延びした紫原の声がして、ようやく青峰は立ち上がった赤司を見れるまでに回復し、恨みがましげな視線を送った。そんな青峰の視線など痒くもなんともないというような表情でいなし、赤司は見下すように青峰を見る。

「お前はまず直感で動く癖を直せ。体がもたない」

 睨まれて言われたがいつものように圧倒的な強制力もプレッシャーも感じなかったのは、赤司の頬が少しだけ赤いように見えたからか。しかし次の瞬間にはいつもの赤司に戻り、止める間もなくするりと赤司は声のした玄関の方へと歩いて行った。何事もなかったかのように玄関の鍵を開け帰ってきた黒子たちへと声をかけるのが聞こえた。

「何を買ってきたんだお前たち。変なもの買ってきてたら帝光中の校歌を歌いながらスクワット50回だぞ」

 赤司君ボクは止めました、という声や、こっこれは好奇心に勝てずに仕方なかったんっスよという叫び声に近い声が聞こえてくる。ぼすん、という音は自分がソファに倒れ込んだ音か。

「うわっ」
「どうした紫ば……」
 
 どうしました二人とも、わかんない峰ちんがすっごいねじれてる、一体どんな動きをすればそうなるのだよ、という周りの声は、悶えている青峰には聞こえていなかった。

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