灰色の愛人

Haizaki × Akashi



・注意
※関係図は簡単に表せば紫←赤←灰という感じです。
※灰崎が下種野郎です。でも一番の下種野郎は私です。
※マニアックです。ぎゅっと妄想を詰め込みました。

よろしいですか?それではどうぞ。



 理由は忘れたが、同級生と喧嘩をしたのが赤司にバレた。同級生だったか、もしかしたら上級生だったかもしれないし下級生だったかもしれない。どちらでもいいが、誰にもバレないように立ち回っていたのにこの目の前の同級生には通用しなかったようだ。上級生か顧問かに元々自分に対することで何かを言われていたのだろう、部活後に灰崎は一人赤司に呼び出された。本当はそれを無視してもよかったのだが、それをすると余計に面倒くさそうなことになりそうだったので素直に行くことにした。

「怪我をしてるな」

 扉を閉めてすぐにそう言われて、挨拶も無しかい、と思う前にこいつ本当はエスパーじゃねえのかと疑った。

「あー……」
「どこだ」
「……左手」

 幸い怪我をしたのは利き手ではなかったのでバスケをすることにあまり支障はなかったが、既に指導者として帝光バスケ部の濃い面々をまとめ上げている男の目は誤魔化せなかったようだ。やっぱり道具を使うのが悪かったな、今度からは素手だけでやろう。
 見せろ、と言われて掌を見せる。それほど酷い傷でも無いし、大きな大会も暫くはない。なので問題はないと思っていたし、表情を見るに赤司もそのように思ったようだ。呆れたように赤司はため息を吐き、灰崎を睨みつけるが怖くはない。赤司がこの使われていない部室の鍵を閉める姿を見て、この後行われるだろうことを想像すると灰崎は期待に胸が膨らむ。



 ――見られている。あの赤司に。

「……オレは罰だ、と言ったはずだが随分楽しんでいるじゃないか」

 見下すような声音で言われて、心の中では噛み付くが手の中のものは存在を大きくした。――喜んでいるのだ、馬鹿にされて。嬉しいのだ、灰崎祥吾の体は。灰崎は荒い息を整えるように喉を鳴らし、乾いた唇を舐めた。
 赤司にここで自慰をしろ。使っていい手はその左手だ。と言われた時も同じように体は反応した。
 水音が部屋に響く。赤司の言う通り、自身を扱くのは怪我をしている左手だ。動かすたびにひきつるような痛みが襲い息が荒くなる。だが足りない。灰崎が求めているのはこんなものではない、もっともっと強い、体の底から燃え上がらせてくれるようなそんな刺激だ。先ほどからいい所まで行っては波が引くのは赤司が目の前にいるということも大きい。自然と求めるように赤司に視線をやってしまう。
 その視線を受けて赤司はゆっくりと立ち上がり、床に蹲ってみっともない姿を晒している灰崎の恥部を眺め、強めに踏みつけた。うあっ、と悲鳴を上げながらも小さく震えて灰崎は息を整えながら懇願する。

「あっ、ぐ、……も、っとつよく……っ」

 赤司からふ、と笑いが溢れる。初めは靴を履いたままは流石にはばかられたので素足でやった。だがこんなことならば最初から靴を履いたままでもよかった。赤司の目の前で跪くように足に縋っている男は、固い靴の裏で踏まれた方が反応が良かったからだ。
 人間の性的嗜好の中にマゾヒズム、被虐性欲と呼ばれるものが存在する。肉体や精神に苦痛を受けたり、羞恥心や屈辱感といったものを与えられることで性的満足を得る性的嗜好の一つのタイプである。灰崎祥吾はこれに当てはまる。

「っ、うァっ!」
「まだだ。まだ達するな」
「はっ、あっ、ぐ……赤司……っ」
「まったく、これじゃあ罰にならないだろう?」

 やれやれ、と言った風に見下され、快感が脳を襲う。強く性器を刺激されてもう直ぐにでもイってしまいそうだ。だが赤司は緩急つけて灰崎の感覚をコントロールしそれを許してはくれない。自分から足に擦り付けてやろうか、とも思うがそうすると赤司の機嫌が悪くなるのは既に学習済みだ。結局達することを許されたのはたっぷり5分間、赤司に甚振られた後だった。


 いつからか、赤司は灰崎の性欲処理に付き合うようになっていた。
 昔から灰崎は自分には”そういう”性癖があることは知っていた。初めこそは認めたくなかったが、もうこれはどうしようもないと認めてからは随分と楽になったものだ。やはり人間は素直が一番だ。
 最初は女にしてもらうことも考えた。だがそれはプライドが許さない。しかし一度試しにプレイの一環としてさりげなく痛くしてくれるように仕向けたことがあるが、どうしても物足りなさが灰崎を襲った。こんな中途半端なものならば自分が女を好きに抱いているほうがマシだと思うくらいに。

 きっかけは、灰崎がシャワールームで自慰をしているのを赤司に見られたからだ。もう他の部員は帰ったと思っていたので油断をしていた。既に部長を任されている赤司が未だに明かりのついているシャワールームの見回りに来ることは予期しておくべきだった。
 個室の扉を開けたままするんじゃなかったな――、と少し驚いた赤司の顔を見て珍しいモンを見た、と特に慌てた様子も無く灰崎はそう思い、気づくと立ち去ろうとしていた赤司を呼び止めていた。「もう少しここにいろよ」や「最後まで見ていかねーの?」等など口走った理由は自分でもよく分かっていない。その少し前にいちゃもんをつけてきた相手と楽しい時間を過ごして興奮をしていたことが原因かもしれないし、学校という場所で赤司という人間にこの行為を見られてネジが緩んでしまったのが原因かもしれない。
 それに前からこの赤司という人間の、奥底まで見破られそうな瞳に興味があった。周りの人間なんて踏みつけて当然と思っていそうな所が気に入っていた。――そんな赤司に甚振られてみたいと思っていた。
 腕を掴まれて逃げられないまま赤司は灰崎の自慰に付き合う羽目になった。理解が出来ない。という目で赤司に見られているといつもより灰崎の脳は溶けた。

 それから何度か、灰崎は赤司を捕まえてはこの行為に付き合わさせていた。最初こそは渋る様子を見せたが、灰崎が言っても引かないということを理解したあたりから赤司の抵抗は少なくなった。灰崎が赤司に手を出すわけでもなく、ただ見ているだけでいいと言ってきたのもある。
 灰崎としては多少強引にではあったが赤司の妙な付き合いの良さが面白かった。最初のアレは何も考えないで体が勝手に動いていたというのが大きいが、普通は何度も付き合うようなことではないだろう。自分のことを棚に上げて本当は馬鹿なんじゃねーのコイツ、と思わないこともなかったが、普段の赤司の部員に対する責任感の強さも見ていたのである種納得のいく行動とも思えた。
 行為も何度か重ねて、何を思ったのか今まで見ているだけだった赤司が灰崎の恥部を掴んだことがある。遠慮の無い力加減に苦悶も声を漏らしたのと、それと同時に大きくさせたことは赤司にも伝わったのだろう、赤司は特に驚いた様子もなく灰崎のものを強く扱いた。恐らくは今まで特殊なシチュエーションで興奮していたのが何度も重ねることによってその興奮も薄れ、灰崎の反応が悪くなってきていたことを見抜いていたのだろう。ダラダラとそんな行為に付き合うのも馬鹿らしくなって、それならば、と強硬手段に出た。
 結構馬鹿なんだろ、お前。と言う灰崎の言葉には答えず、お前の特殊性癖にはさしものオレも呆れる。とだけ言い残して赤司はその場を去っていった。もうこれに付き合わせるのは無理か?と思ったが灰崎は直ぐに頭を振った。きっとあいつはこの状況を自分から投げ出すことはしないだろう。それに、灰崎を甚振る赤司の瞳の奥に、嫌悪感とは違う――まるで恍惚感のような色が見えたとき、灰崎はとてつもなく嬉しく思えた。こいつならば、自分の求めるものを与えてくれる。

 そうして赤司を見ている内に、面白いことに気付いた。きっとこういう関係を持っていなかったら絶対に気付かなかっただろうごく僅かな違和感。少なからず性の関係で繋がっているからこそ感じた奇妙な感覚。赤司征十郎は紫原敦に気がある。それも恋愛感情だ。
 面白いことを知ってしまった。笑いが止まらない。あの完璧な人間が!皆に信頼されている赤司が!男に興味があっただなんて!
 胸の中に芽生えたのは、嫌悪感でも好奇心でもなく自分だけがそれを知っているという優越感だった。



 淡々と後片付けを済ませている赤司を見ると、たまに形容しがたい感情が湧き上がってくる。赤司征十郎。帝光バスケ部1軍レギュラーで、テストは毎回1位だという噂で、人望もあり、加えてこの容姿だ。その赤司がこんなことをしているなんて、誰も知らない。
 ――あーあ、この顔を崩してーなァ。

「アツシ」

 気付くとその名前を口に出していた。赤司が怪訝な様子で振り向く。赤司は灰崎が気付いていることに気付いているだろう。だが灰崎はきっとそれを誰にも言わないであろうと確信していたし、灰崎もそのつもりでいる。だからここで灰崎が紫原の名前を読んだ意味が一瞬理解出来なかったようだ。だが灰崎の様子を見て嫌そうに顔をしかめたのを見て、どんな頭の回転してるんだコイツ、と灰崎は愉快な気持ちになった。

「抱かれてーんじゃねぇの?」
「違う」

 赤い目が鋭く灰崎を射抜く。そんな様子にゾクゾクしながら灰崎は言葉を選ぶ。どうすればこの王様を絶望させられる?何を言えばみっともなく泣き喚く?
 言うつもりなんてなかったが、紫原にこのことをチクってしまうか?尊敬して付き従っている赤司が、自分とこんなことをしていると。きっと紫原は怒るだろうなァ。オレは殴られるかもしれない。そして赤司を腫れ物に触るみたいに気遣うようになるだろう。今までの気の置けない仲から一変、お互いのことをビクビクしながら接するようになる。それもすごく魅力的だが、そうするともう赤司とこんなことが出来なくなってしまう。それは駄目だ。知られたくないことを一番知られたくない人物に知られたときの赤司の顔を想像するだけで達してしまうほど興奮するが、今のこの関係は灰崎にとっては好ましい。
 それよりも先ほどの言葉だが、赤司は紫原に恋愛感情を抱いているというのはほぼ間違いがない。ならばセックスも当然したいと思っていたのだが、赤司の考えていることがわからない。所詮恋愛なんて最後はセックスに行き着くものだろう。恋愛感情が無くたって出来るものだけどな。とそこまで考えて灰崎は楽しいことを見つけたように笑った。

「ははっ、オレお前ならいけそーだけど?練習相手になってやろーか」
「ふざけているのか。オレはこれ以上のお前の遊びに付き合う気は無い」

 距離を縮めてくる灰崎に不穏なものを感じたのかもうこの話は終わりだ、と言わんばかりの勢いで去ろうとした赤司を無理矢理引き止め、後ろから抱きすくめる。

「紫原じゃないと気持ち悪いってか?おいおい認めろよセイジューロー君、お前が嫌悪感丸出しでオレに接してるようにな、紫原もきっとお前のこと気持ち悪いって思うってな」

 忌々しそうに赤司は灰崎を睨み、灰崎は喉で笑う。いつも済ました顔をしている赤司も紫原のことを出すと途端に感情のコントロールが効かなくなる。それを知っているのも自分だけだ。その事実がとても快感だ。
 抵抗を押さえ込みベルトに手をかけズボンを剥ぎにかかる。いくら全体的な能力は高くとも体格や力では灰崎は赤司に勝っている。それに弱点をつつかれていつもより動きが鈍い赤司が相手ならばそう難しい作業でもなかった。

「しっろ!なんだァ、お前焼けないタイプなわけ?」

 苦々しい表情で赤司が睨んでくるのを笑ってかわしながら自分のものを取り出す。ちゃんと男相手でも勃つか不安ではあったが、これなら全然イケるわ。

「っお前、自分が何してるか分かっているのか」
「いつものやつの延長みたいなモンだろォ?たまには優しくしてくれよ」

 流石に入れたりはしねーからよ、とだけ伝えて、灰崎は行為を始めた。



「っふ、は、あー、マジいい顔すんのなお前……っ」

 ぐい、と赤司の顔を見えるように引き寄せる。念のためと声を出さないように赤司の口に突っ込んだ手は血が出るほど強く噛まれていて、赤司の口元も赤く染めている。血と汗と涎にまみれても強くこちらを睨みつける瞳の奥に、ちょっとやそっとでは消せそうにもない強い炎が見えたような気がして喉が鳴る。ギチ、という音が聞こえて指に痛みが増した。灰崎が笑ったのを見て赤司が更に強く噛み締めたのだ。
 ずきずき、ずきずきと指が痛みと熱を訴えてくる。その疼きは下半身に直結しているように直に響き、それを感じたのか赤司が逃げるように身をよじるが逃がすまいと灰崎は腰を強く押し付ける。股の間に他人のものがあるという感覚が気持ち悪いのか赤司が顔をしかめ、灰崎は自分の中の何かが満たされていると実感した。そうだ、嫌がってくれ。お前のそういう顔が一番見たかったんだ。

 その後早く終わらせることが一番だと諦めたのか、赤司は目立った抵抗はせず目を瞑って耐えているだけだった。相変わらず口の中に入れた指は噛みちぎられそうなほど強く噛まれているが、強弱をつけるわけでもなく新しい刺激を得るわけでもなくこのままじゃイケそうにねーかも。と灰崎が思い始めたところで足音が聞こえてきた。赤司は意識を沈めているのか普段ならば気付きそうなものだが気付いた様子は無い。
 それにこの足音……、と灰崎の予想が正しければ面白いことが起こる。灰崎は口端を上げ、ぐい、と赤司を強く引いた。赤司が怪訝な顔をするのと足音が扉の前で止まったのは同時だった。

「……赤ちんここにいんのー?」

 ギクリ、と赤司の体が固まった。この時間にまでいるということは、赤司を探していたのか。赤司とこの様なことをするようになってから、いつもはそれほど時間をかけているわけではなかった。赤司は灰崎を満足させればもう用はないとばかりにさっさと立ち去っていったし、灰崎もそういう関係が楽だった。しかし今回はいつもとは違う行動を灰崎が選択肢したことで予定が狂ったのだろう。
 いつも紫原と帰ってんのか、仲がいいことだな?と湧き出る笑いを凝らえ、赤司の耳元で口を開く。

「ホラ、紫原に助けを求めれば逃げれるぜ?」
「――あ」

 紫原の声を聞いた途端に大人しくなった赤司が可笑しくて、赤司の口から手を離す。開放されて話せるようになったはずなのに赤司は引きつったような声を出したきり黙り込んでしまった。

「赤ちん?」

 ガチャリ。とノブが動く。鍵がかかっていることを知っているにも関わらず赤司はびくりと体を震わせる。
 どんな気持ちなのだろう。大嫌いなオレにこんなことをされながら、大好きな紫原が扉一枚隔てたすぐそばにいる。バスケ部の中では小柄な方の赤司はいつも実際の大きさよりも大きく見える。それは自信の現れなのか、こちらが赤司という存在を大きく思っているのかそれはわからないが、その赤司が今は子供のように小さく見える。それがたまらなく興奮する。

「……何でも無い。先に、帰っていてくれ」
「そう……?」

 ほんの少しだけ声が震えたようだったが、それも直ぐに元の調子に戻り紫原に声をかける。紫原は少し不満そうではあったが、赤司の言うことに従って遠ざかる。気が抜けたのか大きく息を吐いた赤司に、なんと声をかけるのが言いかと考えていると底冷えするような声が聞こえた。

「あまりオレを怒らせるなよ灰崎」

 その声を聞いて、やばいと思ったときにはもう遅かった。灰崎とて運動神経が悪いわけでは決してない。むしろ並外れているからこそ一年にしてこの帝光中のバスケ部レギャラーを勝ち取ったのだ。その灰崎が反応が出来なかった。
 素早く動いた赤司の肘が灰崎の鳩尾に叩き込まれたと気付いたときには既に灰崎は床に膝を付いて咳き込んでいた。続いて肩を強く足蹴にされ、棚に背中を強く打ち付ける。見上げることが怖い。純粋な恐怖が灰崎を襲う。

「脱げ。下を全部だ」

 見下ろされたまま言われ、ぽかんとしてしまった。だが赤司の表情を見て、それは冗談などではないと理解した。



 期待はしていなかったが、赤司の口淫は灰崎を気遣う様子など一切なく、精を吐き出させるためだけを目的としたようなものだった。もちろん慣れていないというのもあるだろうが、初めてのことでも直ぐにコツを掴んで上手くこなす赤司がいつまで経ってもその素振りを見せなかったというのも赤司が頭に血を上らせていると判断できる。いや、頭に血が上っているというのは少し違うかもしれない。優しさなど微塵も感じさせない強さでしごかれ遠慮なく歯を立てられ、つい頭を触ろうとしようものならばすぐさまその手は叩き落とされる。
 は、は、と荒い息を吐き出しながら灰崎は限界に近かった。赤司が自分のものをしゃぶっている。赤司を見下ろしながら、心臓が痛いくらい鳴っているのをなんとか抑えようとする。フェラチオというのは、強く相手を征服したという気分にさせてくれるものだったはずなのに、赤司がそれをすると途端色を変える。見下ろしているはずなのに強く見上げている感覚になる。奉仕をしているのが自分という気にさせられる。つまりはそういうことなのだろう。どんな行為を灰崎が赤司にしたとしても、それは赤司を堕とすものには成りえない。
 ぐ、と強く亀頭を噛まれて目の前が光った。

「ぐっ、あっ……!」
「ん……っ」

 チカチカと目の前が点滅するような痛みで灰崎は脳天にまで突き抜けるような快感を覚え、精を吐き出した。顔にかかるのを嫌ってか赤司は全てを口で受け止めたらしく、ぺ、と灰崎の吐き出した精液を床に吐き捨てて乱暴に口元を拭う。そして「二度目はない」と冷たい目で言い捨てて、赤司は鍵を開け出て行った。
 起き上がり、陰部を見るとどれだけ憎しみを込めて噛んだのか、そこからは血が滲んでいた。本能的にそれを見て怯んでしまったが、同時に最高に興奮したことも確かだ。まだ心臓の音がうるさい。
 脳内で考える。赤司の逆鱗に触れてしまったことで赤司は灰崎を見捨てるか?いいや違うだろう。赤司は灰崎がバスケ部にいる限り面倒を見る。あれはそういう男だ。

「はは、くそ、たまんねぇな……」

 どん底まで汚してやろうと思ったが、あんなことをしても尚赤司征十郎という人間は高潔だ。だからこそめちゃくちゃにしたい。手折ってしまいたい。絶望する姿を見てみたい。だが、そうならない赤司だからこそ灰崎は。手に入らないからこそ赤司は。
 ズキズキと痛む指を見ると血が滲んでいる。この傷が治るまで、きっとずっとあの目を思い出せる。それはとても素晴らしいことのように思えた。

「く、くくく、いてぇよ、赤司……」

 薄暗い、性の匂いが充満する部屋で灰崎は一人笑いを噛み締めた。





 校門を出て少し歩いたところにバス停がある。いつもならば赤司は鍛錬も兼ねて歩いて帰ることも多いが、今回ばかりは精神的にも肉体的にも少し休息が必要だと考えてバスを使うことにした。ふとバス停のベンチに目を向けると、そこには人が一人座っていて、赤司は張り詰められていた精神が緩んだ気がした。

「紫原」

 声をかけると紫原は振り返り、赤ちん、と眠そうな目をこちらに向ける。持っている袋の中には包み紙しか入っていないようで、持っていた菓子を全て食べ尽くした後らしい。それでも待っていた紫原に、何とも言えない感情が溢れる。

「別に待ってなくてもよかったんだぞ」
「いいの。オレがそうしたいだけだから」

 紫原の言葉に赤司はそうか、と答えて隣に座る。時刻表を見るとあと20分はバス来ないらしい。

「赤ちん髪濡れてるよ」
「顔を洗ったからな」

 ふうん、今日暑いもんね…。と赤司の髪をつまんで遊びながら紫原は納得したように言い、最後に少し赤司の頭を撫でてから手を離す。いつもなら嫌がりそうなのだが、今回はすんなりとさせてくれたのは疲れているからだろうか。先ほど見たときの赤司は死にそうな顔をしていた。

「赤ちんさぁ……なんでも自分だけで全部解決する必要はないからね」
「……ふふ、適材適所、ってやつだよ。お前の力が必要になったら言うから、大丈夫だ」

 でも少しだけ疲れた、と赤司は珍しく紫原にもたれかかり、赤ちん?と声をかけるも返事はなく、規則正しい寝息だけが聞こえてきた。



お題はこちらからお借りしました Amaranth http://cc.brightis.com/


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