02:べたべた足跡 | ナノ


 

 よく晴れている。雲ひとつない五月晴れだ。
 こんな天気の日は芝生の上に寝転がって思いっきり昼寝なんてしたら気持ちが良いだろう。風にそよぐ青々と茂った柔らかい芝生の感触と心地よい陽だまりに包まれて、日の沈むまでのんびりと。
 ――いっそ今からお昼寝大会を開催したい。
 ぬくぬくと背中を覆う日の光のあたたかさに、安形はそんな思いを馳せていた。しかし今は仕事中で、そんな願いが叶ってはならないのだ。いつものすみっこの指定席でうつらうつらとしていては、園庭で遊んでいるみんなにまたサボっているのかと言われてしまう。美森や矢場沢――そして騒がしく愛らしい子どもたちが帰って来る前に、担当の仕事を片付けなければ。安形は大きく伸びをしてから、ようやく重い腰を上げた。
「んー……しかし眠い」
 中途半端にあくびをしながら安形は窓の外を見遣った。園舎から若干離れた砂場あたりで、子どもたちが楽しそうに遊んでいる。声はもちろん聞こえないが、みんな楽しそうに笑っていた。こうして遠くから見れば、それぞれ特徴があると思う。ボッスンは元気でよく転ぶ。眺めているあいだにもすでにヒメコを追いかけて二回転んでいた。そのとき跳ねた泥がミチルのスモックを汚したけれど、きっと怒らないのだろう。デージーやスイッチも黙々と砂場で何かを作っている。何かはわからないが、どうやら対抗している様子だった。
 こどもの世界にも色々あるのだろうけど、ビスケット幼稚園のみんなは仲よしで平和だ。
「あれ……サスケがいねえや」
 その輪の中に、無意識に探していた顔が見当たらないことに気付く。ボッスンの側にもいない。サスケは安形が少しばかりか他の子よりも気にかけている男の子だった。特別ひいきをしているわけではなかったが、あまり喋らないしボッスンも進んでサスケに世話を焼くから何かと気になっていた。
 どこか見えないところで遊んでいるのか、それとも一人でどこか行ってしまったのか。少し意固地なところもあるがおとなしくて賢い子だから、抜け出したりはしないだろう。
 とりあえず様子見に行くか、と思い立ったところで、くいっとエプロンの裾を引っ張られた。
「お、おお?」
 振り向くとサスケが見上げていて、安形は意図せずよろめいて思わず妙な声が出てしまった。いったいいつの間に、気配もなく。驚かせたつもりはないらしく、サスケはきょとんとしている。
 安形は一気に眠気がさめてしまった。
「何だよサスケ、あんまりびっくりさせんなよ?」
 うとうとしてんの、見られたかな?
 そんなことを思いながら安形は屈んでサスケと目線を合わせると、おずおずと両手を差し出してきた。その指先は泥にまみれていて、今まで遊んでいたことが伺える。
「へえ、どろんこ遊びしてたのか」
 そう安形が聞くとサスケは泥の付いた手のひらを見せるように、背伸びをした。覗き見ると真ん中に小さな泥団子がひとつ乗っている。
「なに、くれんの?」
 大きくて純粋なふたつの瞳いっぱいに安形を映して、少し照れたようにサスケは頷く。キラキラと輝かせた目がじいっと安形を見ている。
 言葉はなかったけれど、自分の為に作ってくれたのだろうか。一人教室に残った自分を気遣ったのかもしれない。子どもの行動なんて、突拍子で本心なんてわからないことが多い。それでも余計な心配なんていらない、サスケは優しい子だ。
「ありがとう、サスケ」
 安形が受け取るとサスケは逃げるように走って行ってしまった。いびつな形の泥団子に、口もとが自然に緩む。
 また捨てられないものが増えてしまった。そして、それと同時に。
「……仕事もひとつ増えた」
 よっぽど早く安形に渡したかったのか、サスケは土足でここまでやって来たらしい。床に散らばる足跡は、見事に泥まみれできっと廊下まで続いているのだろう。行き帰りと二度通っているのだから結構な汚れ方のはずだ。
 ――これはあとで優しく怒ってやらないとなあ。
「何よりもまずは拭き掃除からか」
 手のひらの上に乗せられたプレゼントを見ながら安形は笑う。小さな足跡が、自分の目の前に形あることがとても幸せだ。






2011.1.20


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