「昨日は誕生日だ、お前の」 なぜか得意気な口調でそう言って、安形は椿の肩に手を置いた。そんな事実だけを言われても、椿には何を答えるべきなのかまったくわからない。ただ、はい、としか言えずにクエスチョンマークのたくさん浮かぶ頭で、椿は安形の言わんとすることを考えてみる。当然答えが出るはずなどない。 定例会議のあと、他の皆は帰ってしまって、生徒会室には安形と椿の二人だけになっていた。椿は自席に座り、学園祭後の後処理を色々としていた。そこに、安形が近づいてきて、何を意図しているかわからない言葉を吐いたのだった。 夕暮れの生徒会室で二人きりになるのは別に初めてではないのに、なぜか空気が張り詰める。それは安形がいつになく真剣な表情だったからかもしれない。 「……会長、あの……ボクの誕生日がどうかしたでしょうか?」 「誕生日と言えばプレゼントだ」 「え、ええ……まあ、一般的には……」 「……昨日お前はいなかったから、さっきミチルの作ったケーキを食っただろ」 「はい、頂きました」 椿は昨日の学園祭には参加していない。ちょうど自身の誕生日と重なっていたので、榛葉は椿のためにケーキを準備してくれていたそうだ。そして今日、わざわざ新しいものを持ってきてくれ、皆に誕生日を祝ってもらったのだ。 「デージーとミモリンからも何かもらってたな?」 「ああ、はい。何か人形のようなものを……」 机の上に置いたそれは透明の袋でラッピングされていて、浅雛が好きだと言うキャラクターのぬいぐるみと菓子類が一緒に入っていた。丹生と二人で選んだのだと、先ほどもらったものだった。いかにも女子らしく可愛い見た目だ。 「だから、椿の欲しいモンをやるから、何でも言え」 つまり自分だけ何も用意していなかったことを、安形はどうやら気にしているようだった。彼を今の言動に至らせたのはそこらしい。妙な対抗心というか、ややこしい――榛葉は良くそれを面倒くさいと言っている――感情をあらわに、安形が椿に詰め寄る。 「椿は何が欲しい?」 まるで予想外のことを言われ、椿は更に困惑した。安形の、椿を見つめる目は変わらず真摯なもので、何を伝えるべきなのかわからない。 いつの間にか両肩を持たれていて、その至近距離に椿は思わず後退りしたくなった。 「いくら誕生日だからといって、会長にそんなこと言え……」 「遠慮すんなよ」 「遠慮とか、そういうわけではなく……!」 元来プレゼントとはそういうものではないのでは、とプレゼントの定義を思い描きつつも、今にも押し倒されてしまいそうな勢いに椿はうまく抵抗できない。 ここは嘘でも何か言うべきなのか、でもそれは自分の意に反する。なにより、はじめから欲しい物なんてないのだ。――二人きりで居る、いま以上を欲張ることなんて。 「会長に物をねだるというのも気がひけますし、無理矢理もらったものは、その……」 あまり喜べないかもしれません、と言いたいのを押しこめて、椿は安形を宥めるように丁重に言葉を選ぶ。 「お気持ちは有難いのですが……」 「……そうか」 「あ……」 肩を掴んでいた手からみるみる力が抜けていき、安形が溜息を吐いた。寂しそうな表情を最後に見せて、安形は椿の席から離れた。 「あの、会長……ボクはそう仰って頂けただけでも……!」 妙な空気になってしまって、椿は思わず立ち上がり安形に向けてそう言った。それでも、安形はぴくりとも反応せずにただ窓の外を見ているだけだ。 「す、すみません。ボク……」 「椿」 名前を呼ばれて、顔を上げる。 安形の顔を見るのと、『それ』はほぼ同時だった。 けれど一瞬過ぎて、椿が『それをそれ』だと判断するまでに少しの時間を要した。目を開けたままだったので、逆に目を閉じた安形の顔を今までにないくらい近くで見てしまったのだ。 唇が離れて一呼吸置いたあと、今の出来事が何であったかを思い知らされる。頬はみるみる火照り、恥ずかしさで身体が震えた。 「ファーストキスだな、お前」 「ファ……!?」 安形の椿は言葉を聞いて卒倒しそうになってしまった。 「ちなみにオレもだから、プレゼントってことで」 そんなことは知らない。知ったことではない。確かに安形と椿は好き合ってはいるが、たった今起こったことは椿自身思いもしなかった出来事である。不意打ちが過ぎると反論しようにも、何をどう言えばいいのかわからない。 プレゼントというよりはむしろ奪われたという方が正しいのでは――いや、そういう問題では無い。 椿は混乱する頭を横に振って、へらへら笑う安形を見据えた。 「な、なにして……」 「ああ?別にいらなかった?今の」 「!?いら、……」 そんな答えのもともと決められていることを聞くなんて卑怯だ。椿がそれを、いらないと言えるはずがないことだって知っているくせに。 「……いらなかったんなら、返してもらう」 安形のその言葉の終わりが少し消えて聞こえたのは、またキスをされたからだ。 「……!」 図書室の本じゃあるまいし、それは返すことにはならない。そんなことを言いたかったが、上手に言葉にならなくて椿は俯いてしまった。 「おめでとう」 降ってきた柔らかな声色に騙されて顔を上げてしまえば、またさっきのようになるかもしれない。だから、椿はじっと耐えるしかなかった。 悲しい顔(これはきっと彼の戦略で、わざとだったのだ)をしてみたり、意地悪く笑ったり、――今のように優しかったり、からかっているとしか思えないのに、どうしてこんなに心が暖かくて苦しくなるのだろう。 「気にすんなって。かわりにオレの誕生日ん時に好きなだけもらうから」 安形は何か企んでいるような表情を隠しもしない。そうして椿の今にも泣きそうな顔を見て、あの乾いた笑いを生徒会室に響かせた。 2011.11.11 椿ちゃんお誕生日おめでとうございます2011 |