【本文より抜粋】 駅から安形の住むマンションまでは徒歩十分ほどだった。待ち合わせをしている店に寄れば少し遠回りだったが、特に気にならない距離だ。周辺は静かで、安形と同じように一人暮らしの学生が住むマンションが多い。コンビニや小さな商店街もあるし、便利な立地条件にある。 やはり傘は二人では小さく、雨で服が濡れていたのでシャワーを先に浴びた。それから簡単に夕食をすませて、ベッドに座り二人でDVDを観る。安形がさっき見たいと言っていたものだ。 全体的に暗い画面に静かな音楽、気を抜けば眠気を誘う映像と、どうなるのか結末が知りたくなるドキュメンタリーのような物語。なかなかシリアスなものだった。小説を原作にしたフランス映画だと言う。 「なんかかわってんな、コレ」 主人公は中年の男性であるし、派手なアクションなどは一切無い。もちろんコメディ要素も無く、見る人によっては退屈な部類に入る映画かもしれなかった。安形も先ほどからあくびをかみ殺しているのを、何回か椿にこっそり見られていたのだった。 「そうですか?ボクはなかなか……」 「こんなのも好きなんだ?意外だな」 好きと問われればそうなのかわからなかったが、深いテーマであると思った。ジャンルは何と言えばいいのだろうか。それよりも、安形がこんな外国映画を好むことを初めて知った。そっちのほうが意外だと思う。 「これ、フランス文学の講義があってよー紹介してて。なんか興味持ったんだよな」 「へえ……会長がフランス……」 「……おめー似合わねえって思ったろ、今」 「あ、いえ……はい。やっぱり日本史を好んでいるイメージが強くて」 「はい、って言ったな?」 安形はだらしなく壁にもたれていた背を離し、椿に詰め寄る。またからかうように安形が言うと、椿も笑って誤魔化した。ふと見せる安形の気の抜けたような、柔らかい笑顔が好きだった。 二人きりの部屋で、そういうことを意識すると途端に恥ずかしくなる。椿はこっそりと俯き、早く恥ずかしさが消えて無くなってほしいと思った。 「でもやっぱ日本史の方が向いてんのかもしんねーわ。異文化よりも」 よくわかんねーし、と言って、安形は大きく伸びをした。そしてまた一つあくびをする。 「あ、そういうや最近してねーなァ、将棋も」 思いついたように、安形は椿に向き直った。椿も顔を上げて、ええ、と曖昧に答える。 安形がまだ会長だった頃、よく生徒会室で勝負したものだった。最近はめっきりだ。懐かしい、と思うと同時に寂しくなるのは、なんとなくもう一緒に将棋をすることがないような気がしたからだ。安形は卒業し、そういう遊びの相手をする必要もなくなった。それは、恋人という関係になったからか、それとも単に共に学園生活を送っていないからなのか。おそらくは前者だろう。 今は、二人だけでいればもっとすることがある。一緒に食事をしたり、こうやって映画を見たり、他愛のない会話も、『恋人』というものに当てはまっただけで、お互いは変わっていないのに以前とは違うものなのだ。それに、触れあったり、キスをしたり、それ以上のことが付いてくる。 好きだ、と言われて付き合い始めたことが、数ヶ月経った今でも信じられないのに。戸惑いながらも、尊敬している相手に好きだと言われる嬉しさと、触れあう喜びは椿を変えていく。 でも、椿には拭い去れない一抹の不安があった。それは、身体を重ねる時だった。 「眠ぃなー……」 そんな小さな独り言に思考を遮られ椿はまたどきりとした。夜も更けてくると、自然と雰囲気が甘いものになる。意識すればするほど、期待と不安とが心の中で織り交ざって動けなくなる。 それが曖昧なままに、いつも安形のペースに巻き込まれてしまうのだ。 眠い、と安形が発することがいつの間にか合図のようになってしまっていた。きっとあと少しで、彼は自分に触れてくる。 「……まだ終わるまで結構ありますよ」 平然を装って、椿は映画の続きを見ようとする。二人が話している間にも字幕は流れて、ストーリーは展開していった。少し目を離した隙に、場面が切り替わり内容がまったくわからなくなってしまった。 「……会長」 ベッドの上で、隣り合って座っている。 正面にあるテレビから、二人の目線はすでに逸れて、お互いしか見ていない。 身体の距離はほど近くて、簡単に触れあうことができる。 もうあと数十秒で――。 「……馬鹿、そんな顔すんなよ」 椿の緊張を知ってか知らずか、安形は手を伸ばして肩を撫でた。そんな顔、と指されたことに一瞬眉を顰める。いったい安形にはどんな風に見えていたのだろう。 どう答えていいかわからずに、椿は安形の目をじっと見つめた。 「……いいか?」 気付けば両手が肩に置かれていて、ぐっと力を入れられると、椿はいとも簡単にベッドに押し倒されてしまった。背中に馴染んだマットの感触が心地よい。 ぎし、と小さく軋んで、安形の身体が覆いかぶさってくる。 「かいちょ……あ、の、最後まで、見……っ」 「……続きは明日見る」 意図的に親指で唇をさわられて、隙間が開いたところを狙われる。舌は簡単に滑り込んで、椿のそれを追いかけた。じゅ、と唾液にまみれた舌を吸う音と、柔らかな粘膜の感触に力が抜けてしまう。 抵抗むなしく――もとより撥ね退けるつもりなんてないのだが、椿の身体は簡単に組み敷かれてしまった。 止まっていた空気が、急速に流れていく感じがする。急いているわけではないのに、互いの興奮がそうさせているような雰囲気だった。 まだ流れ続けている映画は誰にも見られずに進んでいく。馴染みの無い外国語はもう遠く、意識もそちらへ向けられることはない。続きが気になるのに、安形にこうされては最後だった。 「あ、……っ…、 んぅ……」 「椿」 Tシャツを捲られて、胸のあたりをさっきのキスと同じように舌が這い、歯を立てられた。甘噛みをするように刺激されると、くすぐったくて気持ちが良かった。次第に体温が上がり、軽く唇が触れるだけで更に熱を帯びるようだった。 「……!あ、そこ……痕つけないで、下さい……」 「……なんで?」 「んっ……脱ぐと見える……ので」 やわやわと唇で刺激されたあと、いつもキスマークをつけられるのだ。はっとして椿が制止にかかる。 「……脱がねーだろ。……こんなの、オレの前だけだろ?」 そういうことを言っているのではない。誰かに見られる危険性はいつだってあるのだ。でも、安形の熱っぽい視線に見下ろされると何も言えなくなってしまう。 「簡単には見えねーとこにするから」 わざと拗ねたような物言いが、椿の胸を焦がした。ずるい、と思う。この人がそんな面を自分に見せることが。好きだからこそ、何も抵抗できなくなってしまう。だから、やり場のない感情だけが増えていく。 「いっ……あ……っ」 脇腹の柔らかい皮膚を食んで、強く吸い上げられる。狭い範囲がちくりと痛むくらいに。 唇を離され解放されれば、じんじんと弱く痺れる、麻痺のような感覚が消え残った。きっと見事に赤い痣がついているのだろう。 そのまま安形の舌が肌の上をぬるりと滑り、胸の突起に辿りつく。舌で弄られると、また水音が鳴った。ぬるい唾液にまみれたそこを指先でぴん、と弾かれる。 「……っ ――ん っ、……!」 その一点だけの刺激に、身体全体が敏感になってしまう。椿のしなやかな体躯が捩れて、安形の身体の下で切なく揺れた。 朦朧とする頭のなかで、自分の乱れた姿を恥じらう。安形に、唇も指も背中も脚も、全部を支配されてしまった。そんな感覚だ。 こんなことを考えている間にも、それに追い打ちをかけるように安形は容赦なく責め立て、椿の身体や思考はどんどん使いものにならなくなる。 身体のあちこちを甘く噛まれたり指で弄られたり、安形の好き勝手に愛撫されて、すでに椿の性器は熱を持って勃ちあがっている。はやく解放してほしいと、そんなことは伝えられずただされるがままになっていた。 「……?……あっ、あの……!?」 すると、安形が椿の身体から少し離れて、その愛撫が一時中断された。急に止められて椿が戸惑っていると、安形がくすりと笑った。そうして、腕を引っ張られ半身を起こされる。映画を見ていたときみたいに、ベッドの上に二人して座っている。そういえば、映画はどうなったのだろう。ちらりと横目で見てみるともうすでにエンドロールが流れていた。 「……会長?」 「……お前がされて気持ちいいとこ、舐めて」 潜めた声でそう言われて、椿は恥ずかしくて俯いてしまった。 「舐める、って……」 わかってるだろ、とまた意地悪に笑って頬に軽くキスをされた。触れた唇の熱が伝染したように、椿の頬も赤くなる。椿はゆっくりと、前を寛げられ下着から出された安形の性器に手をかける。自分のそれも同じようになっているからか、余計に恥ずかしくなった。 「ん……っ」 自分が気持ちいいところ、と椿は頭の中で繰り返して、とまどいながらも舌先で先をつつくように愛撫する。 こうされると、いつも――。 安形にそうされている時のことを思い出せば、背筋が粟立った。同時に自分の身体も快感を蘇らせてたまらなくなり、腰が砕けそうになる。先走りを舌先で丁寧にすくうように舐めてから、ゆっくりと口の中に沈めるようにして、性器全体を咥えこむ。 「……ん…っ む……」 そうすると、ぐ、と口の中で更に大きくなって、唇の端から唾液があふれた。咥えながら舌を動かすことがうまくできない。一度口から性器を出して、椿は唇で先端をちゅっと吸い上げた。 「……っ」 安形が吐息を荒くするのが嬉しかった。できるだけ安形の反応を逃さないように、丁寧に愛撫する。羞恥でどうにかなってしまいそうなのを、ぎりぎりのところで抑えて。 椿は再び口腔内に性器を含んで、じゅるじゅるとゆるく上下させた。咥えながら動かすと息が出来なくて苦しい。 「……いいよ、……くち、離して」 そう言われて、椿は安形の性器から唇を離す。唾液か先走りかわからない液体がだらしなく糸を引いて、頼りなく伝い落ちた。 「はぁっ……」 「ごめん、苦しかったか?」 安形が椿の唇の汚れを指で優しく拭う。 「っ、あ……いえ……!だいじょうぶ、です」 「そっか?……椿も下、脱ぐ?」 返事をする前に、また安形の身体が圧し掛かってきてベッドに押し倒されてしまった。そのままスウェットと下着をずらされて、窮屈だったそこが解放されたのを喜ぶのも束の間。内腿に手を差し込まれ、今度は脚を押し広げられる。その感覚に一気に現実に引き戻された。 安形の視線から逃れたくて、椿は顔を横に向けた。 「……なに、恥ずかしいの?可愛いなァ」 好きだとか可愛いとか、普通ならば異性に抱く感情を安形は簡単に言ってのける。 椿自身も、安形に嫌われたくないし、好きだとも思う。普通の恋人同士がするこういったことも、戸惑いはあるが嫌ではなかった。ただ、これが恋愛感情なのかと問われれば、また悩んでしまうだろう。現に悩んでいるのだ。嫌われたくない、好きでいて欲しいという気持ちだけで一緒にいる。 2011.8.21発行予定 |