禁断症状、と言えばしっくりくるかもしれない。そう頭のなかで今の状況にぴったりの言葉が見つかって一人で納得する。実際の禁断症状なんて単語の意味は、もっと深刻なものであるし、恋愛感情の表現に使うものでもないだろう。 それでも自分には、一旦ぴったりの言葉が見つかるとそう思えて仕方がなかった。しばらく会わなければ、会いたいという気持ちは膨らんで、嘘みたいに自分を支配してしまう。頭の中はそればかり。誰に会いたいのか、と問われれば、一方的に好いている相手に、だ。ここ数日はテスト期間であり定例会議もなかった。顔を合わせる機会がほとんどなく、寂しいを通り越して苛立つほどだった。 その相手は自分がこんなに恋焦がれていることを知らない。恋人でもなければ友人でもなく、微妙な上下関係で繋がっているだけだ。 だからテスト期間中に無理矢理会う約束をとりつけるなんて、そんな権利などないのだ。ただの生徒会の会長と副会長で、向こうもきっと同じようにしか思っていない。会長命令、と都合の良い言葉を知っているけれど、それを私欲に使えるくらいにはまだなれなかった。この試験が終わってからやっと、その魔法のような言葉が心置きなく使えるのだ。 ようやく、会える。それもほんの少しではなくて、長い時間二人きりでいられる。 (……またオレは恥ずかしいことを) 安形はそこまで一人きりの生徒会室で考えて、軽くかぶりを振った。 気がつくと最近はいつもそんなことを考えていて、不意に我に返って相当焦る。そのパターンの繰り返しだ。思考を切り替えて、安形は相手を待つことにする。 「あっ、会長。こんにちは」 しばらくして待ちわびていた相手――副会長である椿が生徒会室へやって来た。 顔をしっかりと見て、更に声を聞くのは本当に久しぶりで、瞬間喜びが顔に出そうになるのを堪える。 「……遅いぞ」 「す、すみません」 ホームルームが終わったら適当に来いと呼び出しただけで、時間の約束なんてしていなかった。遅い、と言ったのはただ単に自分が待ち侘びていただけなのだ。 椿はそんな安形の言葉に一瞬不思議そうな顔をして、肩に掛けていた鞄を机の上に置いた。 「それで、今日は何ですか?」 そこまで頻繁に呼び出しているつもりはなかったが、椿に言われて、これで何度目だろうか、と頭の中で思う。でも、絶対に拒絶することなく、自分の元へちゃんとやって来る。それがまた、真面目というか可愛いというか、見ていてちょっかいを出したくなるというか。 「んー……ちょっと、溜まってて」 「仕事ですか?ではボクが手伝います」 「おう、じゃあこれ、頼む」 手招いて、側に呼び寄せる。椿は何の迷いもなく、安形の元へ駆け寄った。仕事があるのは嘘ではなかったし、別にやましい気持ちがあるわけではない。――そう言い切れば嘘になるけれど。 書類の束を椿に手渡しながら、椿のその真面目な顔を見つめた。 「?……どうしたんですか」 机を挟んで、椿はまたびっくりしたように瞳をぱちぱちとさせている。 「……バーカ」 「う、わ……っ!?」 椿の白い頬に手をやって、ぐっと横に引っ張る。柔らかな肌が安形の指に摘まれ、不格好に伸びた。 悩んでいる自分を知らない彼に、小さな報復のつもり。本当はこんな意地悪じゃなくて、もっと他にしたいことがあるのに。例えばこの柔らかい頬に――。 痛いです、と聞き取れた言葉に思考を遮られ、そっと手を離してやる。あまり強く抓ったつもりはないが、頬はわずかに赤くなっていた。 椿の中では今のところ“スキンシップ過多”で済まされているのだろう。からかっているだけだ、自分にも言い聞かせて仕事に取り掛かることにする。 「もう……ひどいです」 涙目で呟いた椿の、その頬にもう一度触れようとして躊躇した。 「……悪ぃ、赤くなっちまったな」 本当はもっと。 自分の好きなものなのに、好きな食べ物や趣味とは、似ているようで全然違う。嫌われる心配をしなければならないなんて――恋愛なんてやっかい以外の何ものでもない。 2011.5.24 |