3月の庭で | ナノ


 

【本文より抜粋】


「なんかお腹すいたねえ」
 とりあえず一通りの話し合いを終えて、榛葉が誰に言うともなくそんなことを言った。今日は話すことが多かったので、いつもより会議の時間が長引いていた。確かに夕刻だったし、榛葉の呟きには皆同意する。
「少し食べて帰ろうかなあ」
「オレも腹へった」
 安形は伸びをしながら、軽く食べるくらいなら夕飯に差支えないだろうと思った。バス停の近く、駅前には軽食のとれる飲食店が並んでいる。
 甘い物でもいいかな、といくつか候補を思い浮かべた。
「デージーちゃんとミモリンはどうする?行く?」
 たまには皆で寄り道をするのも悪くない。榛葉は帰り支度をしている浅雛と丹生に声を掛けた。
「いや、今日はミモリンと買い物に行くので失礼する」
「以前から約束していたんですの、すみません」
「ええー、残念!」
「またご一緒してくださいね」
 丹生が申し訳なさそうに言う。二人にあっさりと断られ、生徒会執行部全員で、という提案が無残にも崩れてしまった。
「あれ、椿ちゃんは?」
「椿ならさっき出てったぞ」
 椿はついさっきトイレに行ったようでこの場にいなかったが、きっと誘えば付いてくるだろう。
――付いてくるか?
(あれ?そういえばあいつと一緒にメシとか行ったことあったっけ?)
 安形は腕を組んで、記憶を思い起こしてみたが生憎一緒にどこかへ出かけたという思い出はなかった。普段も寄り道せずに真っ直ぐ家に帰っているに違いない。
「それではお先に失礼しますわ。椿くんにもよろしくお伝え下さい」
 丹生は柔らかな笑みを湛えて、浅雛は表情を変えず、揃って部屋を出て行ってしまった。
「じゃあね、バイバイ」
「気をつけてなー」
 二人を見送りながら結局男だけが残されてしまった部屋で、とりあえずさっきの話の続きでもするかと思ったところだった。今度は椿が帰って来た。浅雛と丹生が出て行ってからまだ数分も経っていない。
「浅雛と丹生は……」
 戻って来て早々、椿は二人がいないことに触れた。
「ん?ああ二人なら今日は買い物行くってさっさと帰ったよ。会わなかった?」
「そうなんですか……入れ違いでしたね。お二人はまだ残るんですか?」
「いや。デージーちゃんとミモリンにはみんなでどこか寄って帰ろうかってお誘い、断られちゃった」
 残念、と榛葉は大げさに嘆いたが、特にダメージはないのだろう。
「まったく女子らしいよな、買い物なんて」
 浅雛と丹生は仲が良いので、よく二人して出かけているらしかった。
「カワイイよねー」
「……はあ」
 あまり興味を持っていないのか、椿は自席についてまだ途中だった各部活動の新しいポスターの整理を始めた。いくつかある規格項目をチェックして、問題が無ければ承認印を押していく。とても手慣れたものだった。
「椿ちゃんは?どっちがタイプ?」
 そんな椿に、榛葉は身を乗り出す勢いで唐突に質問をしたのだから驚いた。安形はそんな高校生の男子らしい話題をしている椿を見たことが無い。男が集まれば、自然とそう言いった話題になるのもおかしくはない。
「タイプ??」
 意味があまりわかっていないようで、椿は首を傾げて悩んでいる。
 安形は内心わくわくとしていた。榛葉は別にやましい気持ちでそんなことを聞いたわけではないと思うが、あの堅物の椿がどう話すのか興味があった。
「そう、どっちが好きな感じ?二人とも可愛いじゃない」
 いきいきとした表情で榛葉はもう一度わかりやすく問いかける。
「好き?!」
 さっきから質問を質問で返す様な椿の受け答えに、若干苦笑いする。
 好き、とか、可愛いとかそんな言葉を椿の口から聞いたことがなかったし、とぼけているとは思えない。それくらいにいちいち反応がおかしかった。
「……ああ、それすっげー興味あんなァ」
「……会長まで!悪ふざけしないでください」
 意地悪くもうひと押ししてみるが、椿は本当にこういった話に疎いのか、はぐらかすように安形に怒ってみせた。
「だってよ、おめーあんまりそんな話しねーじゃんか」
「ボクは、その……」
「別にデージーちゃんとミモリンじゃなくてもいいよ。椿ちゃんだってタイプくらいあるでしょ」
 いつの間にか安形も自席から立ち上がり、椿の横まで移動していた。踏み込んだ話をしたこともなかったから、興味津津といったふうである。安形と榛葉に挟まれて、椿は心底困ったような顔でちらちらと二人を見ていた。
「ミチルには色恋沙汰っつうの?多いだろ。まあモテんのはわかっけど」
 聞かれてばかりでは話にくいだろうかと、安形はなんとなく榛葉に話をふってみる。榛葉が女生徒に人気があることはもちろん周知の事実なので、椿も参加しやすいと思ったのだ。
「失礼だな。オレは女の子に優しいよ」
「どうだか」
 実際に榛葉を好きだと言う生徒は多いし、安形もよく耳にしていた。生徒会のメンバーということで榛葉についてわざとらしく聞かれることもあった。ほとんど相手にしていなかったけれど。
「……少なくとも安形よりはね!」
 まさか自分に矛先が向くことにはるとは思っていなかった。ちょっとムッとしたのか、榛葉は語尾を強くしてそう言い放った。
 榛葉は安形に向かって怒りの表情を見せた後、椿に向きなおりにっこりと笑った。そうして耳打ちをするように口もとに手を当て、椿に告げ口をする。
「椿ちゃん聞いてよ、安形ってばひどいんだよ」
「な、何の話です?」
 また何を言い出すんだか。そそのかすようなマネはやめてくれよ。
 心の中で思いながら、安形はじっと二人の会話を聞いていた。
 せっかく椿のことについて聞き出そうと試みたのに、当の本人はいまいちよくわかっていないようで一人取り残されていた。
「女の子にはまあ普通に接してると思うけど、……お構いなしだからね」
「お構いなし、というのは」
「付き合ってもかなりほったらかしだってさ。相手が訴えても反応なし、改善もなし」
 榛葉は黙っている安形に容赦しなかった。言っていることについてはわからなくもない。ただその良い様ではあまりにも自分がひどい男みたいだ。さっき榛葉が、ひどい、と形容したがそれは異性に優しい彼だから、安形のことをそんなふうに受け取っているに違いないのだ。―そう思いたい。
「ミチル、そういうのどっから……」
「あ、知ってるよね?安形関係の相談は大体オレのとこにくるから」
 得意げに言いやがって!
 心中で悪態を吐きながら、安形の眉がぴくりと動く。安形関係の相談、と揶揄されたのはたぶん恋愛についてだろう。自分のそれについて心当たりがないわけではない。
 面倒なことになりそうなのでしらばっくれてしまいたかったが、いつの間にか椿は安形の方を見ていて、かち合った視線を逸らすことができなかった。純粋な瞳でこう見つめられては逃げるに逃げられない。
 単純に、何の話なのかわかっていないだけかもしれないが、椿は不思議そうに安形を見ている。
 今ので椿は誤解したのではないだろうか。尊敬している自分に幻滅しないだろうか。
 別にどう思われようと構わないと自分の評判は気にしてはいなかったが、自分のことを慕っている後輩に悪く思われるのは少し不愉快だ。
「なんのために付き合うわけ?」
 人付き合い、特に恋愛に関しては特に無頓着な安形だった。傍から見れば「付き合ってもほったらかし」かもしれない。普通の高校三年生だし、それなりの欲はある。ただその先にあんまり興味がないだけだ。
 淡々とした榛葉の質問に、針を刺されたみたいに心臓がちくりと痛む。
「だってもう、やることっつったらさ、……」
 良いか悪いかで問われれば、自分でもまあ、あまり良くないことかとは思う。でも別に同意の上だし、とっかえひっかえ……なんてことはない。ただ言われて付き合って、相手も「そういうこと」を期待するから事に及んで、その後の関係に執着しないだけだ。ひどい、と言われては心外だった。
(……いや、もしかしてひどいのか?……よくわかんなくなってきた)
 言葉を選ばすに言おとしたのがまずかったのか、榛葉は手のひらで安形の腕をぱしっと叩いた。
「いってぇな……」
「バカ安形!!」
 本気では無いので全然痛くはなかったが、安形は大げさに腕を押さえる。いつものじゃれあいだった。それでもバカとはひどいと思う。
「椿ちゃんいるんだから気つかってよ」
「?」
「あー……ハイハイ」
(……椿、ぜったいわかってねーだろ。きょとんとしちゃってんじゃん)
 どこまで箱入りなのだか。この手の話に疎いことは重々承知だったが、あまりにも鈍感過すぎて不安になる。何にも知りません、なんて可愛らしい顔して。でも所詮は思春期の男だ。男女のそういうことを、知らないことはないはずだ。
 先輩だから話さないのか?いや、やっぱり椿が友達とそんな話をしているところは想像つかない。
(つーか、そういうこと話せる友達いんのかよ……)
 色々とぐるぐる思考を巡らせて、口から出たのは「椿、好きな奴いねェの?」――そんな突拍子もない言葉だった。






2011.5.4発行予定



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -