局長漢道A(完)


(ふー……調べるの大変だったな。まあでも、これで局長の好感度が上がって、姐さんが惚れてくれたらいいな。そう考えると安いもんか)

山崎は心の中でそんなことを呟きながら、一人縁側を歩いていた。この数日、話を聞いてからずっと動き回っていたから、ほとんど睡眠をとっていない。だがどうにもまだ安息はできなさそうだ。その会合は明後日にあり、情報が正しければ定期的に行われているものらしい。それまでに春日野がどれだけ妙に近づいているかも調べる必要がある。既に金を騙し取られていたのだとしたら、きちんと彼女や弟の新八にも話さねばならない。まあ、あの彼女のことだから、よほど心配はないと思うが。

(万が一のために刀の手入れと……やっぱり仮眠しとこうかなァ)

調べ始めた途端、運よく多くの情報が入ってきたのが救いだった。恐らくこれに一か月もかけていたら、手遅れだったに違いない。今回は全て近藤の手柄にしておいて、自分は裏方で静かにサポートに回ろう――そんなことを考えていたら、ふと右肩を軽く叩かれた。

「はい……あ」
「おーい山崎君? ちょっと詳しい話を聞かせてもらおうか」

振り返った瞬間に前髪を掴まれ、彼はその場から動けなくなった。その目の前に迫る鬼の形相に、彼は思わず身震いする。
土方と沖田。一番聞かれたくない相手にバレてしまった。更には、秘密裏に事を進めようとしていたことさえ。――ああ、怒られる。彼は心の中で大きなため息をついた。


あれから妙は、しばしば春日野と顔を合わせるようになっていた。顔も性格もよく、更には話が面白いということで、彼女は彼が来るのを悪く思っていないらしい。日がな一日、二人だけの空間が出来上がることが多くなっていた。
だが、彼女の家に住んでいるのは、もちろん彼女だけではない。彼女に残された唯一の弟、新八がそこにいる。昼間は万事屋の仕事のため家を空けているが、他の時間は姉弟で過ごすことがほとんどだった。だがその時間さえ、春日野に奪われてしまっている。新八は面白くないし、何よりその完璧さに嫉妬までもを覚えていた。

「……新八、おかしいアル」

彼が家に帰ったあと、万事屋で神楽はふと呟く。銀時は段々と薄暗くなっていく窓の外を眺めながら、彼女の言葉に軽い声で反応した。

「あいつは元々おかしいだろー?」
「違うヨ。新八、絶対気に食わないって顔してるネ」
「そうなの? 振る舞いはいつもと変わんなくね?」

そういった色恋沙汰には疎いのか、新八の変化にも気づいていなかったようだ。
彼は春日野が現れてから、見た目は普段と何も変わらなかった。初めはぶつくさと「ストーカーゴリラが消えたと思ったのに……」と文句を垂れていたが、今はいつも通りの日課を過ごしている。銀時はてっきり、その男のことを認めているものだと思っていた。だが、神楽は見抜いていた。その笑顔が精一杯作られた、偽物だということに。

「銀ちゃん、何か絶対怪しいアルよ。ね、調べてきてもいいアルか?」
「やめとけやめとけ。どーせ今回は、俺らの出る幕はなさそうだからな」
「え、何で?」
「……もう一人。そのバックに、何人ついてると思ってる?」


気に食わない。何がって、全てがだ。
運命的な出会い。見た目は完璧。性格もよく、紳士的。こんな完璧な男が、果たしてこの世にいたものだろうか。
それにしてはしつこい。そして馴れ馴れしい。ほぼ毎日のように家へ押しかけては、一日中ラブラブラブラブ……最近新八君と呼ばれて、ちょうど腹が立ったところだ。

(はあ……帰りたくなかった)

恒道館の門が見えて、彼は大きくため息をつく。どうせ今日も帰ったら楽しそうに話し込んでいるのだろう。二年後騒動の時の近藤夫婦より、居心地が悪い。もう結婚するならさっさとそうして出て行ってくれ。もしくは自分が先に万事屋に住み込んでやろうか――彼はそんなひねくれた思いばかりを心に浮かべ、それに比例して気分が悪くなっていくのを感じた。

(あーあ……面倒なことになった)

彼もまた、疲れ果てたようにため息をついた。隠密活動が全て暴かれ、その上力任せに顔面を殴られた。一応、希望通りに派手な動きはしてくれないらしい。こっそりと後をつけて、何かあれば動くということにおさまった。それでも予想以上の人数が動くことになるから、面倒っちゃ面倒だ。彼の意図は脆くも崩れ去り、これからは春日野の動向を報告しなければならない。

「ったく……イケメンが何で攘夷してんだよ、さっさと俳優に転身しろよ……」
「……それ、どういうことですか?」
「え゛っ」

振り返ればそこに、いつの間にか新八の姿があった。眼鏡の奥に輝く目は冷たく、彼らしくない緊張感を抱えている。

(やべ……俺もう密偵やめた方がいいのかな)

隠密活動用の忍服を身にまとい、恒道館付近をうろちょろしていた山崎は、ふとそんなことを考えた。

山崎はそれから場所を移し、新八と公園のベンチに座って、これまでの経緯を簡単に述べた。近藤が弱みを握られていること、春日野が攘夷志士であり詐欺グループの一員であること――近藤に伝えたものよりは遥かに簡素だが、それでも中身は十分伝わったことだろう。新八の形相がどんどん変わっていったのがよく分かった。

「春日野さんが……犯罪者!?」
「そう。それもかなりの上級だ。本当は、全てが終わった時に話そうと思ってたんだけど……」
「どうしてそんなことを早く言ってくれなかったんですか! そうだったらすぐ追い出したのに……」
「そうしたらまた逃げられるだろう? 奴を捕まえて、それで被害を終わりにしたい。あと二日、少しだけ我慢しててくれ」

色んな意味も含めての言葉だったが、新八がそれで納得するわけがないことは、山崎は十分に理解していた。案の定、怒りに満ちた彼の次の言葉は、

「……会合は。会合はどこで、何時に行われるんですか」

といったものだった。問い詰めるように顔を近づけ、睨むように上目使いをする。その剣幕に流石に山崎も殺気を感じて、それは素直に吐くことにした。土方たちにバレてしまった以上、近藤一人で事を全て解決させるのは不可能だと感じていた。ならば必要最低限の人数で――なおかつ、恨みを十分に晴らせるようにしたい。あんなことを声に出してしまったのは、もしかしたら、無意識のうちに彼に気づいてもらいたかったからなのかもしれない。

「ありがとうございます」

それだけ聞くと、彼はそそくさとその場を去ってしまった。残された山崎は深くため息をつき、ベンチに身を投げ出すようにして寄りかかる。


どんよりと雲がかかり、星空はおろか月さえ拝めないこの夜。とある廃ビルの扉を叩く、編笠姿の青年がその下にいた。
辺りを警戒しながら、ゆっくり開かれた扉の隙間へ入り込む。音もなくそれが閉められたあとは、鳥さえさえずることのない無音の世界が広がっていた。

「尾行は?」
「一人他の派閥の奴がいましたが、斬り殺しました」
「ご苦労。通りで血に汚れている」

青年の袴には赤い点々が模様になって浮かび、暗がりではどす黒いシミに見えた。先程から漂っていた鉄のにおいも、恐らく彼のものだろう。
廃ビルの二階の一室に案内された青年。と言っても、何度かここへ足を運んだことはある。彼の所属する過激派攘夷グループ“非道党”の、現在のアジトとなっているからだ。彼はその中でも特に資金面や実績面で高く評価を受け、若いながらも幹部の一人を務めている。待っていた強面の男に対面するようにソファに腰掛け、そこで初めて編笠を外した。

「春日野、どうやらお前、うまいことやったらしいな」
「ええ。真選組の局長の弱みを握ることに成功しましたよ。これであいつらはうまく丸め込むことができるでしょう。それから、新しいカモが見つかったんでね。道場開いてるってんで、土地を売りさばけば相当な金になると思いますよ」

カメラをちらつかせ、青年は不敵に笑む。目の前の強面の男がにやりと笑い、周りにいた何人かの男たちも勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「そうか。流石攘夷志士一の色男だ」
「いやいや、桂小太郎には及びませんよ」

そうは言いつつ、内心では自分が誰よりも一番だと思っている。狂乱の貴公子と称される桂も、白夜叉も、高杉も、坂本も――聞く限り、自分と比べれば大したことはない。どうせ戦闘補正でもかかっていたのだろう。それか、その伝説を聞いた誰かが大袈裟に話を盛ったか――。

「しかし春日野、本当に尾行はされていないのだな?」
「ですから、されていませんって……」

その瞬間、下の階から派手な音が響き渡った。恐らくは扉が蹴破られた音、そして見張りの短い悲鳴。異変を察知した男たちは、一斉に腰に佩いていた刀へ手を伸ばした。青年は信じられないといった風に、唖然としたままソファに腰掛けている。突然のことで動くことができないのだろう。
間もなく、この部屋のドアが勢いよく開かれた。砂埃をまといながら、ドアを蹴り飛ばした格好のままでいる袴姿の男が一人。

「攘夷志士……非道党の奴らだな? 名に恥じぬくらい非道なことをやっているらしいじゃないか……」
「きっ、貴様は……!」

幾つもの刀を向けられてなお、笑みを浮かべるその男。

「真選組局長、近藤勲!」
「馬鹿な! おい春日野、これはどういうことだ!?」
「知りませんよ! 尾行に対して注意を払っていましたから!」

志士どもは焦りを隠しきれない様子で、春日野を責め立てる。だが、彼の言い分は間違っていなかった。なぜなら尾行していたのは近藤でも、そして今日でもない。数日前、山崎が独断で行っていたからだ。

「御用改めである。偶然を装った体で俺を嵌め、更にはお妙さんから金を巻き上げようとした――非道の塊であり人間以下のお前らは、この近藤勲が成敗してくれよう」

ゆっくり鞘から刀を抜き、空気を斬るように振り下ろす。
怯むことはないと、男たちは一斉に斬りかかった。だが近藤は扉の向こうにわざと立っているため、一人でないと攻撃が加えられない。だんだんと焦りを増していく男たちとは反対に、近藤は常に冷静に相手を見据え、着実に男たちを切り捨てていった。
だが、快進撃はそううまくはいかなかった。

「刀を下ろしな、幕府の犬。たった一人で何ができるってんだ?」

目を向けることはできないが、背後に感じる殺気。そして音から、後頭部に銃がつきつけられているということは理解した。どうやら別の見張りがいたらしく、近藤はそれを見落としていたようだ。双方の手が止まり、一瞬の沈黙が訪れる。だが次の瞬間、男たちは勝利を確信したように微笑んだ。既に幾つかの肉塊が転がる中、それでも人数的には圧倒的に有利な状況にあった。

(クソ……この状況、どうやって打破すりゃあ……!)
「一人じゃありませんよ」

再び背後から、今度は別の声が届いてきた。何かで強く殴りつけたような鈍い音が響き、銃を突き付けていた男の体が床に伏した。

「し……新八君……」
「姉上を簡単にだまくらかそうなんて思わないで下さい。そもそも僕、完璧すぎる人間は端から嫌いなんです。絶対認めませんよ」

わずかに後ろに目をやれば、そこには木刀を片手に普段通りの袴姿で立つ新八の姿があった。彼が来るなんて聞いていなかった近藤は、予想外の出来事にただ驚きを隠せずにいる。だが、同時に心強くもあった。子供だからという不安要素は全くない。彼となら一緒にこの攘夷志士を潰せる――!

「お、義弟よっ!!」
「誰が義弟ですか。悪いけど貴方も認めてませんから!」

新八は近藤のことを押しのけ、群がる男どもに飛び掛かった。たじろいでいた男たちは、木刀を見て心の中で小馬鹿にしたが、新八は彼らの考えごとその顔面をぶん殴る。見た目以上の強さを持つ彼の一振りは、一瞬で相手の意識をかっさらった。
負けじと近藤も部屋の中へ入り、勢いのまま刀を振るった。こちらは本物の刃を持っているので、意識どころか魂さえも奪っていく。それくらいの覚悟を決めて、彼は来たのだ。万死に値すると、比較的穏健な彼でさえ考えた。思い通りにすることに、何の抵抗もない。そもそも人を殺める恐怖など、とっくの昔に捨てていた。

「てッ、てめえら……ストーカーの証拠、バラまいてもいいのか!」

気づけば辺りは血の海で、残っているのは刀を握りしめ震えている春日野だけだった。懐にあるカメラを見せれば、それで大人しくなるとでも思ったのだろうか。だが彼が懐を探っても、そこには何も存在しなかった。

「あれ……あれっ!?」
「あっ、もしかしてこれ探してる?」

返り血を浴びた近藤が、馬鹿にするような満面の笑みを浮かべながら左手にあるものを見せる。薄暗くてよく分からないが、それは確かに春日野の持っていたカメラであった。
彼はそれを床に落とし、

「ゴメーン、証拠って何かなー?」

力任せに踏み潰しながら、にたりと憎たらしく笑った。

「お、おい、嘘だろ……? やめてくれよ、殺さないでくれ、やだ、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

命乞いをする春日野の脳天に、新八は木刀を振り下ろした。


あれから二日。過激派攘夷グループ“非道党”は、総勢十七名のうち十一名が死亡、残りは全て真選組の手で逮捕されることになった。恐らく数々の罪を重ねたから、もう外の空気を吸うことはないだろう。
妙には山崎の方から、全ての話を打ち明けた。彼女は心底驚いていたようだが、あまりにもしつこいのでちょっとうんざりしていたとも話していた。どうやら心配していたほど惚れてはいなかったようだ。近藤も新八も、その話を聞いてほっとする。
あの日活躍したのが近藤だけでなく、新八も加勢していたため、妙は弟のことを褒めちぎるばかりだった。それでも近藤にはちゃんと礼を言ったらしく、その嬉しそうなのろけ話を土方や沖田は聞かされた。

相変わらずストーカーは止むことはなく、また妙が近藤に惚れることも、新八が彼を認めることもなかった。何も変わらない、普段の日常が戻ってきただけだった。

それでも近藤は信じている。
この一件で、絶対お妙さんは俺に惚れた!

だから、ストーカー行為はちょっぴりエスカレートした。


(Fin)


[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -