局長漢道@


真昼の真選組屯所。若い男たちの活気に溢れ、今日も明るさを見せているそんな雰囲気の中で、近藤は先程から涙ながらに沖田に愚痴をこぼしていた。

「もうさァ、何なんだよ! ひどくない!!」

二人が囲むちゃぶ台に、彼はそう言って額を打ちつける。その後も握り拳をそこに振り下ろすものだから、何度も激しい音が響き渡った。もちろんその音に気づき様子を見に来た隊士が幾人かいたのだが、いつものことだと割り切ってすぐどこかへ去ってしまう。そんな中で唯一彼を見捨てなかったのは、今彼の前にいる沖田と――たった今そこを通りがかった、土方であった。

「どーした近藤さん。また女にフラれたのか」
「トシィィィ!! 聞いてくれよ! 俺もうお妙さんと結婚できないかもしれない!」
「安心しろ、もともと無理だから」

冷たく突き放しつつも、彼もまたちゃぶ台の前に腰を下ろした。こうやって三人が行動を共にするのはよく見る光景で、今日も何ら珍しいことではない。

「何があったんだ? それに今日は怪我してねーな」
「いやあ、実はですね土方さん。どうやら恋のライバルとやらが現れたらしいんでさァ」

そうなの、と鼻をすすりながら、近藤はぽつりぽつりと今日の出来事を語り始めた。


それは彼が、いつものように妙のことを尾行――もとい、ストーカーしていた時のことだ。

「お妙さァァァん!!」

彼がそう飛び掛かって、彼女に殴り飛ばされて終わるというのが日常であったが――今日は彼女がギラリと目を光らせ、振り向きざまに握り拳を顔面に叩き込んでやろうとしたところで、話の軸は大きくズレた。

「おい!」

爽やかな声が響いたかと思うと、突如彼の後頭部に鋭い痛みが走る。気づけば地面と激しいキスをしていて、ぶつけた鼻からは赤い液体がこぼれ出していた。
そんな痛みなどいつもに比べればマシであったから、彼は鼻血など気にせずすぐに立ち上がる。頑丈になったのか、擦り傷などもできていないようだ。傷の確認も程々に、彼はゆっくりと顔を上げた。自分の目の前に、妙ではない誰かが立っていることは気づいていた。そしてその、眩しすぎる顔を見て愕然とした。

「あんた、いい年してストーカー? この子が嫌がってるじゃないか!」
「え?」

デジタルカメラを構えた、顔立ちのよい今時の青年が、彼と妙の間に立ちふさがっていた。彼は怒り心頭といった表情で、左手は腰に添えてどっしりと仁王立ちしている。
そんな青年の言葉に、近藤はただ呆然とするしかなかった。ストーカーは認めているが、彼は決して彼女が嫌がっているとは思っていない。もはやその次元さえ超えていると感じている。いつもの調子ならこんなことはやすやすと言えたのだが、今はなぜかうまく言葉が出てこない。

「その刀、お役人さんか何かだよね? ……っていうか、あんたもしかして、真選組の局長じゃない?」

早口でまくしたてられ、完全に青年のペースに流される近藤。妙でさえ目を丸くして、その青年の背中を見つめているところだった。

「俺、このカメラにバッチリ証拠収めたんで。これが世間に知られれば、あんたも真選組の立場もなくなることでしょう」
「まっ、待ってくれ、それは……!」

つい、気弱な犯罪者のような言葉がこぼれる。彼だけならまだしも、真選組の立場――今でももちろん危ういが、土方たちから刀を奪ってしまったら……そんなことを考えると、その証拠写真は非常にマズいものだった。

「もう二度とストーカーをしないと誓うなら、俺はこれを出さずにおきます。どうしますか?」

彼は悩むことも迷うこともせず、ただ小さくはいと返事をした。


「お妙さんさァ、そのイケメンのこと照れながら見つめててさ! お食事まで誘ってんだぜ! もうイケメン死ねよ! 死んでくれよ!!」
「いや……あんたの日頃の行いのせいだろ。いい機会じゃねえか、これを機に女は諦めて……」

土方も沖田も、近藤には賛同しない。むしろスッパリ諦めて仕事に精を出してくれるのなら、それで構わないと考えている。率直な感想を述べれば述べるほど、彼の涙は大粒になり、すっかり服もちゃぶ台も畳もぐしょぐしょに濡れていた。

「にしてもタイミングが幾らなんでもよすぎやしやせんかい?」
「運が悪かったんだろ。悪いな近藤さん、俺仕事あるからもう行くな」
「ああ、俺もパトロール……面倒だな、サボっていいですかィ」
「ダメに決まってんだろ。行くぞオラ」

ふてくされる沖田の襟首を掴み、土方は何のためらいもなくその部屋から去っていく。残された近藤は、一人で延々と泣きじゃくるしかなかった。

「…………」

そんな会話を、陰から盗み聞きしていた男が一人。


それから数日後、相変わらず近藤の気分は沈んだままだった。それでも以前よりは真面目に公務をこなすようになったため、隊からの評判は少しずつ上がっている。万事屋との接触があまりないから、あれから妙と青年がどうなったかは知らない。写真が出回っていないのを見る限り、事は順調に進んでいるのだろう。もしかして青年は、初めから妙を狙っていたのではないか――土方はふとそう思いついたが、もう関係のないことだとその考えを消した。
近藤は一人、自室でぼうっと外を眺めていた。塀のおかげであまり見えないが、青空には雲と宇宙船が浮かんでいる。そんな空に妙の顔を浮かべそうになって、彼はため息をついた。

「局長」

ふとそう呼ばれて、彼は視線を元に戻した。いつの間にか縁側に山崎が座っていたが、いつもより声の調子が低いために、一瞬誰か分からなかった。それでも気持ちを切り替えて、「よう、ザキ。どうした?」と陽気な声で答えた。

「お話が。……実は、勝手ながら先日の話を聞かせてもらいました。そこで、少し引っかかったことがあったんです」
「先日の……って、お妙さんのか?」
「はい」

そう言って、山崎は懐から一枚の写真を取り出した。それを近藤の方へ向け、床を滑らせるように差し出す。それを目にした瞬間、彼は驚き目を見開いた。

「これは……」
「春日野悠馬(かすがのゆうま)。攘夷志士であると共に、幾多の詐欺などの嫌疑がかかっています。甘いマスクで女性を巧みに誘導し、散々貢がせた挙句捨てる……という非道な輩です。恐らく今回の事件も偶然ではありません。必然でしょう」

この数日で彼がどれだけ調べ上げたのか、その労力は計り知れない。彼は手元の資料も近藤へ渡し、改めて目を通してもらうよう頼む。
写真の男は、間違いなく正義感溢れる青年のものだった。茶髪で前髪を少し左に流し、それでいてサッパリしている髪型。くっきりとした二重の目に、日本人離れした高い鼻、細い唇。全てが理想的であって完璧で、攘夷志士と言われなければどこかのモデルか俳優とでも思っていただろう。
その顔に似合わず、まとめられただけでも犯罪の数はすさまじかった。幼い頃から万引きなどを繰り返し、何度か警察にも捕まっているようだが、最近は逃げ回っているという。何より詐欺のためか帯刀していないため、人ごみに紛れれば分からなくなってしまうかもしれない。背はさほど高くなかったのを近藤は覚えていた。

「奴はどこかで局長のストーカー行為について知り、一網打尽、一石二鳥を狙ったに違いありません。写真で脅して真選組を黙らせ、あわよくば姐さんから金を巻き上げようとした。仮に何らかのことがあったとしても、奴のことは世間が許してくれる。残念ながら世間はイケメンに優しいですからね」
「……このこと、トシや総悟には言ったのか?」
「いえ。副長に伝えれば、今すぐにでも奴らを潰しにかかるでしょう。ですがそれでは、“真選組全体”の手柄となってしまいます」

山崎の意図は、その最後の一言で読むことができた。近藤はしばらく悩むように押し黙ったが、山崎は返答を待つことなくポケットへ手を伸ばす。折りたたまれたそのメモ帳サイズの手ごろな紙を、彼は無言で差し出した。それを近藤が受け取って、開いたときに初めて沈黙は破られる。

「奴らのアジトと、推定の会合時間です。何かあれば俺も張り込みますんで」

結局近藤はそれから口を開くことなく、山崎との長いようで短い会話を終えた。


続く


[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -